第五十四話:正体
〜翌日〜
エミリー・パーカー打倒のため、日が沈むのと同時に作戦行動を開始した。外は普段と何も変わらず賑わっており、夜ということもあり、大人数で動いても怪しまれることはない。
指定の座標に向かうにつれ人々が少なくなっていく。黄金のように輝いていた市内も次第に光を失っていった。建物の壁には傷や汚れが目立ち始め、空気も重くなっていく。
「ここだ」
ルディア騎士長は建物の裏の小道にあるマンホールを見下ろす。
蓋を開けると、中は真っ暗だ。どこまで続いているのか、どれくらい深いのか、穴の中を見つめておると引きずり込まれそうな錯覚さえ覚える。
だがルディア騎士長は躊躇うことなくその闇の中へ飛び込む。他の騎士達もそれに続き一人一人闇の中へと消えていく。俺たち四人も覚悟を決めて、その穴の中へと降りていく。
錆びた手すりに足を順番に掛け、ゆっくりと降りていく。手すりを探す手がかりとなるのは頭上から漏れ出す外の光だけであり、降りるにつれ下水の匂いが強くなっていく。そして床に足がついた感触があった。その瞬間自分の足音がこの細長い空間全体に響いた。
「明かりをつけろ」
騎士長の指示に従い、ルビリスや一部の騎士は魔法で光源を作り出す。その小さな光が自分たちの足場を照らした。
「うぅ、くさぁい‥‥‥」
ルビリスは杖を持ったまま自分の鼻を両手で覆い隠す。
「見た限りは普通の下水道だな、本当にひどい匂いだ」
俺も鼻で呼吸をするのをやめていた。
大きな半円柱状の空間が迷路のように広がっており、中央には緑と茶色が混ざったような色の汚水が流れている。その汚水を挟むように両側にはひび割れた石製の道が沿うように続いている。この場所では外の賑やかな音も何も聞こえない。
「あ‥‥‥」
ルビリスが声を上げる。
「どうした?」
ニグラスはそれにいち早く反応した。
「向こうで魔力反応が‥‥‥しかもたくさん‥‥‥」
ルビリスの言葉を聞き、ルディア騎士長は部下の索敵担当騎士の方を見るが、それに気づいた騎士は顔を横に振る。
「凄まじい魔力探知能力だな、ではそこへ向かうとしよう、皆警戒しろ」
狭い道を二列で進んでいく。自分たちの靴の音だけがこの空間全体に響いていたが、異音が暗闇の奥から聞こえてくる。
騎士達は魔法で光球を音の方へと飛ばす。その光が、音の正体を照らし出した。
「あれは‥‥‥」
視界に映ったのは大量のボロボロの人形、いやスティッズだった。だが地上で徘徊しているブサイクながらも可愛らしい見た目とは正反対だった。雑に縫い付けられたボロ布に、欠損した目や手足、非対称な歪み、そして、どのスティッズにもその腕には剣やナイフ、斧が握られていた。
こちらがそれを認識した瞬間、廃棄された人形達は声すら上げず狂ったように襲いかかってくる。
「剣術・焔烈斬!」
先頭のルディア騎士長は大剣を腰から引き抜き、炎を纏った斬撃で先頭の人形達を薙ぎ払う。
だがそれに続くスティッズ達は狼狽えすらせず、速度を保ったまま突進してくる。
「迎え撃て!」
騎士長の掛け声と共に騎士やニグラス達も剣を抜く。
「双剣術・双龍閃!」
「マギアブレスト!」
斬撃や魔力の弾丸がスティッズ達の体を破壊する。
斬られた断面には骨や内臓のような物が見え、血が噴き出している。
ゼニウムは一人、後方で固まっていた。彼の頭の中であの女の言っていたことが浮かび上がった。呼吸が荒くなる。手が震え、足が震え、剣先が震える。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥!」
ゼニウムはこの人形達の元となったものを知っている。だが彼はそれを誰にも話していない。何故ならそれが最善策だと思ったからだ。それゆえに目の前で繰り広げられる戦いに吐き気を感じていた。
視界の端で一体の小さなスティッズが映った。小さなナイフを握っており、こちらが気づいた瞬間ゼニウムに向かって飛びかかってくる。
「う、うわぁ!」
彼は反射で剣を振るい、その人形の胴体を真っ二つにした。その刹那、彼の目がこの人形の胸元の名札を捕らえた。
『サンネ』
斬った感触とその名札に書かれた名前、ゼニウムは胃がひっくり返ったような感覚に襲われる。
「オエェェェェ!」
真っ二つになった人形へ吐瀉物をぶっかける。
「ゼニウム!?」
ニグラスが彼の元へと駆け寄ってくる。
足音だけでそれに気づいたゼニウムは、左手でその人形を薙ぎ払い、下水へ突き落とした。
「ゴホッゴホッ! オエ! はぁはぁ‥‥‥」
くそ! 何でなんだよ! 何でいつもこうなんだ! 俺は‥‥‥!
「おいどうした、まさか毒か!?」
二グラスは俺の背中に片手を置き、周りを警戒しながら俺を激戦地から少し遠ざける。
「いや、違う、大丈夫‥‥‥」
「大丈夫なわけねぇだろ、何があった? いや、何が見えた?」
言わないほうがいい、もし言ってしまえば俺みたいに判断を鈍らせることになってしまう。
「本当に、大したことじゃ、ない、ここの匂いがきつくて、気持ち悪くなっただけだから」
これが最善だ。
「おい」
ニグラスの声が重くなったのを感じた。それと同時に心臓が一回跳ね上がる。
「何年の付き合いだと思ってんだ? そんなんで騙されるわけねぇだろうが」
ニグラスは真っ直ぐと俺を見下ろしていた、いや見透かしていたと言ったほうが正しいかもしれない。
「お前は変な正義感に囚われすぎだ、どうせ俺たちのため思ってのことだろ?」
反論できなかった。ニグラスが指摘した言葉に自分の肉体が共感しているように感じだ。
「他人を守れる奴ってのはまず自分自身を守れる奴のことだ、だがお前はそれができてねぇ、何のために俺たちがいると思ってんだ」
「だけど‥‥‥」
「昨日の夜言ったよな? 仲間はずれにすんなよって、むしろこういう時にこそ親友を信じろ」
吐き気が引いていく、荒れていた心臓も次第に穏やかになっていった。
俺は息を大きく吸い込み、ニグラスの顔を真っ直ぐ見つめた。
「このスティッズ達は行方不明になった子供達だ、元人間なんだよ!」
「!?」