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魔法殺し  作者: 駄文職人
魔法遣いと秘密屋
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夢の残滓

魔法遣い編です。

 沼に落ちる。

 とても深い沼だ。

 暗闇に閉ざされたそこで、自分はただもがいている。

 口の中に泥が入る。しかし味はしない。ただ闇を食むだけだ。

 腕が取られる。足にまとわりつく。

 少しずつ体の自由を奪われていく感覚に叫びそうになる。叫ぼうと口を開けばまた闇が流れ込む。

 なぜ自分はここにいるのか。

 分からない。

 分からないままに、抗う気力すらも奪われていく。

 いやだ。

 いやだ、誰か助けてくれ。

 ここから出してくれ。

 誰でもいい。

 誰か…。


「怖い?」


 暗がりに問いかけられた。

 闇の中にそれだけが浮かんでいた。

 誰の声かも思い出せない。

 いや、しかし自分はこの声を知っている。

 必死にそれにしがみつく。


 怖い。

 だってこんなにここは暗い。

 闇に飲まれていくさなかで、怖くないなんてある訳がない。


「じゃあ迷ってる?」


 また新たな問いかけ。

 まるで導くように眼前に浮かび上がる。


 迷ってる?

 ああ、そうだ。

 だから自分は、ここにいるのだ。

 迷っているから足をとられた。逃げることも否定することもできなくて、闇につけ込まれた。


 本当は分かっている。


 この闇が、自分自身の弱さそのものであることを。


「分かってんじゃん」


 そうだ。

 分かっていた。


 自分の不甲斐なさも。

 自分の甘えも。


『大丈夫ですよ。自分の心を見つけたんでしょう?』


 ふいに、差し伸べられる手。


 光が、差した。




 目を開けると、白い天井が見えた。

 医務室のベッドの上だ。もう何度目かも分からない目覚めにうんざりとして身を起こした。

「よっ。起きた?」

「…………」

 当然のように脇の椅子に腰かけてくつろいでいた少年が手を挙げてあいさつをくれる。


 彼の名はニコル。

 クラスメイトにして、先日の事件の恩人にして、そして自分、ハイル・シュトハーン・アール=ミケーレにとっての仇敵である。

 ニコルは憎々しげに見やるハイルの視線など気にも留めず、さもくつろいだように伸びをした。


「今回は長かったぞー。もう午後の授業終わったもん」

「なっ」

「三時間ぐらいじゃね?起こすのもためらうぐらいぐっすりだったぞ」


 昼休みの記憶はある。

 午後の授業が移動教室だったため、教科書を持って廊下に出て、そして……。


「……廊下で倒れたのか、このぼくが」

「おう。ちょっとした騒ぎなった」


 まだ教室にいたニコルが、倒れたハイルに気が付き医務室へと運んだのだ、と教えてくれた。

 野次馬の生徒や慌てる先生をなだめるのは骨が折れたぞー、とニコルはからからと笑った。


「最近、収まってきたと思ったんだけどな。どうしたよ、また眠れねぇの?」

「……放っておけ」

「そういう訳にはいかねぇよ」


 ふとニコルは真面目な顔になる。


「ドクターと丘の上の若旦那からおたくのことを任されてる。変調がありゃ引きずってでもおたくを連れて来いってな。全然診察に行ってないんだろ」

「……」

「若旦那はともかく、医者のいう事はちゃんと聞いとけって。あの人、あんなでも腕はいいから」


 そう、ハイルがこうして倒れるのは、一度や二度ではない。

 一応、診断では睡眠障害ということになっている。突然猛烈な眠気に襲われて、意識を失うのだ。そして夢を見る。


 簡単に覚めることのできない、長い長い夢を。


 当然、学校側もハイルの睡眠障害については知っていた。そして彼の主治医であるカイ・ノスカーからも口酸っぱく教師を通して定期的に診療所に来るよう注意されている。

 だが、ハイルの足は進まなかった。


「馬鹿にするな。このぼくも貴族の端くれだ。夢見が悪いだけで医者にかかれるか」


 ミケーレの威信に傷を付けるわけにはいかない。

 息子の自分が病人などと世間に知られたら、父と母にどれほど迷惑がかかるか分からない。それだけは何としてでも避けなければならなかった。

 学校にも家へ報告しないよう口止めしている。ただ夜中に勉強をし過ぎて、寝不足になっているだけだと。


 ハイルの硬い表情をニコルは眺め、ふーん、と興味なさげに頷いた。


「親ってのはさ。子どもが体調崩したら、心配するもんじゃないの?」


 きっとハイルはニコルを睨み付ける。

 ニコルはぱちりと目を瞬かせ、何かを思い出したように


「あー」


 と天井を仰いだ。


「悪い。おれが偉そうに言える立場でもなかったな」

「……なに?」

「いや。親死んだのずいぶん前だからさ。もうどんなだったか忘れちまったよ」


 今度はハイルが目を丸くする番だった。


「貴様、孤児なのか」

「あれ?知らなかったっけ。おれ、実は天涯孤独よ?」


 ニコルはあっけらかんと言ったが、ハイルは笑えなかった。


「『魔法』のせいか」


 そう言うと、ニコルは一瞬目を伏せた。

 が、すぐに苦笑に変わる。


「もうずいぶん前の話だよ。感傷に浸る気分にもならねーわ」


 やっぱり、とハイルは思った。


『魔法』とは、災害だ。

 人知を超える力によって、人の願いが叶ってしまうという自然現象。

 その強い力は理屈や秩序を捻じ曲げ、時に術者の人生をも狂わせる。


 ハイルもかつて『魔法』に巻き込まれた被害者の1人だ。


 ハイルの現実逃避の願いが、『魔法』によってハイルの夢の中に世界を作り彼を閉じ込めたのである。

 結果的に、その場にいたニコルを始めとする『魔法』関係者達によってハイルは救われ、大事に至ることなく終息した。


 しかしながら、今なお『魔法』の残滓はハイルを夢へと取り込もうと、睡眠障害という形でむしばみ続けている。


『魔法』は願いを叶えるが、決して救いを与えはしない。


 そして『魔法』の影響下にあるのはハイルだけに限った話ではなかった。

 ニコル・ロスキーもまた、『魔法』を発現させた一人なのだ。


「貴様は何ともないのか」

「何が?」

「あれだけ『魔法』を振るっておいて、何の代償もない訳がないだろう」

「バイトで鍛えてるんで」

「ふざけるな」

「ふざけてねーよ。しょっちゅう若旦那に呼び出されて『魔法』使ってるからな。あれぐらいなら慣らしたもんなんだ」


 ひらひら手を振って何でもないとアピールする。

 そんな様子が、ハイルは気に食わない。


「なんで……」

「んあ?」

「くそっ。何でもない、この劣等生!」

「いってぇ!?」


 苛立ちまぎれに投げた枕がニコルの顔面を直撃した。

 額をさすりながら、ニコルは口を尖らせた。


「もーなんだよ、急に怒り出すんだからおたくは」

「誰のせいだと思っている!?だいたい貴様はなぜここにいるんだ!?授業が終わったのならさっさと帰ればいいだろうが!」

「それがそういう訳にもいかなくてさぁ。おたく、確かヴィクタ・リクタの出身だったろ?」


 ハイルが眉をひそめる。


「だからどうした」

「いやね、昨日また若旦那から呼び出されてさ。ちょっとハン・デリーに用事ができたんだよ。おたく、付き合ってくんね?」

「なぜこのぼくが貴様の用事に付き合わねばならない!」

「イェニを迎えに行くんだけど」

「…………」

「あの子、シルフォンまで船で来るつもりだったのが、海が荒れておまけに船に不具合が出たから出航できなかったんだと。

 しゃーなし、陸路でぐるっと迂回してこっちまで向かってるらしい」

「なぜハン・デリーなんだ。シルフォンよりずいぶん西ではないか」

「んー、なんか行商の馬車をヒッチハイクしてる内に別の交易路に乗っちまったんだとよ」

「……たくましいな」

「な。なんであいつ『魔法』使えるんだろうな」

「まったくだ」


 ここらでは幽霊屋敷と名高いウェルフ邸で平然と寝泊まりするなど、案外イェニは肝が据わっているところがある。


「ハン・デリーからこっちに来るにゃ、一度南に戻ってヴィクタ・リクタから大陸横断鉄道に乗らなきゃならないだろ。どうせそこまで来てるんなら、こっちから馬車出して迎えに行った方が早い。で、そっち方面の地理ならおたくの方が詳しいかなと」

「それは同意するが、エンテルにも使用人がいるのだろう。なぜ貴様が駆り出される」

「収穫の時期終わったばっかだろ。今あそこデスマーチ状態よ?」


 あー、とハイルはこめかみを押さえた。

 この辺りでは、冬の初めに各畑の収穫量と見込みの売れ高を計算してその年の税金を計算するのが通例だ。

 つまりどういうことかというと、この地域の畑全ての税金の計算をこの時期一度にしなければならないということ。

 誰がするのか?

 当然、領主だ。

 実務の大半をすでに現領主から引き継いでいるウェルフは、今頃書斎で缶詰にされていることだろう。


「昨日若旦那に会ったけどマジで不機嫌だったぞ。本邸からもお手伝いに何人か来てたけどよ、ほぼ全員ゾンビ」


 とりあえずざまぁって言って帰ってきた、とニコルは晴れ晴れとした様子だ。

 普段色々と雑用を押し付けられている分、若旦那が働かされている姿を見て胸がすく思いなのだろう。


「で、馬車だけは借りつけてきたからさ。ハイルんち金持ちだから御者できる人ぐらいいるだろ?」

「このぼくの家をなんだと思っている。まあ、いないことはないが」


 ハイルの住んでいるのはミケーレ旧伯の所有する別荘だ。本来は避暑地として活用しているそこを、社交界から離れて勉強するためという名目で借り受けている状態である。

 当然、ハイルの世話係として何人かの使用人たちが共に暮らしている。

 ハイルはため息をついた。


「仕方がない。付き合ってやる」

「マジで!?」

「貴様のことなどどうでもいいが、イェニには借りがあるからな」


 あっさり了承されるとは思っていなかったのか、ニコルは両手を上げて喜んだ。

 それに、とハイルは内心で呟く。

 ニコルがしばらく学校を離れるのならば、ハイルがまた『魔法』で眠りについても起こしてくれる者がいなくなる。

 認めたくはないが、ハイルが今まで通りの生活ができているのは、他ならぬニコルがいるおかげなのだ。

 今日もニコルが夢に干渉してこなければ、自分はいつ起きることができたか。


「じゃあ、頼むわ! 明日の三回目の鐘の時間な!」


 屈託なく笑ってみせるニコルに、ハイルは苦々しい顔を作った。

 まったく、このお調子者が。

次回は11月6日23時に投稿します。

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