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魔法殺し  作者: 駄文職人
青年と透明人間
24/35

父の真意

 リビングを出て行ったカイは、頼まれた物を手にしてすぐに戻って来た。


 幅広で背の低い、板を組んだだけの木箱だった。

 装飾もそこそこのそれを、ウェルフは他の四人に見えるようにゆっくり両手で開ける。


 あっとハイルが声を上げた。


 中に入っていたのは、手の平に入る大きさの薄汚れた麻のお守り袋。

 重ねた時を表わすように黒ずみ、繊維のほつれも見える。


「グロウディア君。私は、君を救える言葉を何一つかけてやれない」


 お守りを手に取ると中の鈴が錆ついた不協和音を鳴らした。


「しかし、君の勘違いを正すことはできると思う。

 君はそれを望まないかもしれないが、君が私に向けてくれた誠意に、私は応えたい」


 口元を押さえ目を見開く彼女に、お守りと共に木箱に入っていた、消印入りの封筒を差し出す。


「これは……」

「君の父上が、私に宛てた手紙だ。そこに全て書いてある」

「!」


 手紙が手から落ちた。また指が透けたのだ。

 代わりにハイルが手紙を拾い、便箋を抜き出して顔をしかめた。


「ひどい字だ」


 父の字はくせがある。

 文字の大きさはばらばらで、乱暴に紙面をあちこちに走り回っている。


 しかし、そこに書かれていた内容は娘を案じる気持ちであふれていた。


 分厚い手紙には、イェニとローの兄妹のことから始まり、十年前の事故、イェニの身に起きた異変、親子の間のぎくしゃくした関係について触れ、自分を兄だと思い込んでいる娘にどう接するべきかという父の苦悩、娘はどうなってしまうのかという不安、仕事のせいとはいえなぜ苦しんでいる娘のそばいてやれなかったのかという後悔、そして、どうか娘を救ってやってほしいという切実な願いがあらゆる言葉を尽くして記されていた。


 それをハイルに手伝ってもらいながら一文ずつ指で辿って読んだ。

 彼女の目に、またみるみる涙がたまっていく。それでも指は止まることなく、そこに込められた想いをちゃんと受けとろうと必死で読み進めていった。


 最後の一文まで終えた時、とうとう彼女は顔を手で覆った。

 ずっと消えたり現れたりを繰り返していた彼女はもうすっかり輪郭を取り戻していた。


「その手紙が届いた後に、ちょうど船がこの近くへ寄港したらしくてね、君の父上は直接私のもとへ訪ねてきた。

 ……本当はね、最初断ったのだよ。

 君の現状を聞いた時、正直私の手に余ると思った。何より君自身が、誰かに助けてもらうことを望んでいないのではないかと感じた」


 根は優しい子なんです、と父は言った。

 他人に優しいがゆえに、他人を傷付けまいと自分を責める。

 イェニの一番の不幸は、誰より人の痛みを理解してしまうことだ、と。


「『魔法』を解くことは必ずしもその人のためにはならない。君の『魔法』を解くことで、逆に君の心を壊してしまうかもしれない。それでもいいならお預かりしよう、と答えた。

 それで諦めるかと思ったのだがね。君の父上は、君にローとしてではなくイェニとして生きてほしいのだと言ったよ。

 たとえそれで君が傷付いても、どれほど泣いても、最後にはちゃんと前を向いて生きてほしいと」


 真実から目を背けるのではなく、未来に胸を張って生きてほしい。


「ローの代わりなどではない。イェニはこの世でたった一人、自分の娘だから、と」

「父さん……」


 便箋を胸に抱きしめた。


 知らなかった。

 父がイェニのことをそんなふうに思っていたなんて。


「ごめんなさい……」


 嫌われてもいい。恨まれてもいい。

 ただ、娘に自分の道を歩んでほしい。

 だから施設に放り込もうとしたのだ。だからこんなに遠くの田舎へ、たった一人送り出したのだ。


 全てはイェニのため。

 愛する娘のため。


「ごめんなさい……」


 そんなことにも気が付かないで、自分は心のどこかで父を嫌っていた。

 姿が消えてしまうような異常な子どもなど、父は要らないのだと。

 自分でそれを望んでおきながら、身勝手な甘えを期待し、そして裏切られたと思っていただけだ。


 そんなことはなかった。

 父はいつだって、イェニのことを考えてくれていたのに。


 ボロボロになったお守りこそがその証拠だ。家を離れて海の上にいる時も、父は大事にお守りを持ってくれていた。

 ローとイェニのことを忘れてなどいないという証。


「ごめんなさい……」


 ぼくは、馬鹿だ。


 しゃりん、と金属音がした。

 顔を上げると、金色の懐中時計が目の前にあった。

 彼女はゆっくりと、真っ赤に腫れた目でウェルフへ視線を移す。


「君には酷な選択かも知れん」


 ウェルフは確かめるように言った。


「おそらく、我々のエゴでしかあるまい。

 君は自分の滅びを望んだ。君の心の傷の深さなど一切理解できない私が、君の望みを否定することなど間違っていると思っていた。

 しかし、これだけは覚えていておいてくれ」


 そこにローはいなかった。

 ただ兄を忘れたくないと願い、両親を案じてたった一人苦しみ続けた一人の少女がいるだけだ。

 ウェルフは彼女のためだけに、その言葉を送った。


「ロトトアで知り合った君の友人たちは、誰一人君の死を望んではいないのだよ」


 ばちん、と懐中時計の蓋が開く。


【解呪】




 この日、ロー・グロウディアという名の人間は名実ともにこの世を去った。


 ただし、ローがいた証だけは消えることはない。


 彼の双子の妹が生き続ける、その間は。

次回は7日の23時に投稿します。

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