第二章 不穏な気配
まさかの3分割…
「うごぉ、まだ気持ち悪い…」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ごめん、本当にごめん…!!」
腹を押さえながら覚束ない足取りで歩く黒髪黒スーツな青年。自称『しがないマジシャン』である『アスト・フランデレン』は、自分にひたすら謝り続ける赤いライダースーツを身にまとった居候先の少女にジト目を送る…。
「確かに似たようなことは何度かあったさ…けれど、いきなり本気でアレは酷くない?」
「う…」
アストと同年代の茶髪の少女…『フィノーラ・ヴェルシア』は彼にそう言われて落ち込んだ。彼女の強烈な一撃を叩き込まれた彼は10メートル以上吹っ飛ばされ、しばらく動けなくなる程だった…。
因みに似たようなこととは、フィノーラが仕事で人探しの依頼を受けた際にターゲットである人物がアストのマジックショーに夢中で帰りが遅くなったとか、彼のファンゆえ時間を忘れて話し込んでいた等…この街での人探しで苦労した場合、大抵彼が原因だったりするのだ。
「でも僕って別に悪くないよね?『返り血の紅探偵』さん?」
「うぅ、その異名で呼ばないで…」
彼女の職業は探偵である。小説や漫画みたいに難事件を解決したりするわけでもなく、スパイのように表立って調べれないようなことや探し物の依頼を受ける本格的なものである。彼女が探偵を始める前に就いていた職業柄この仕事はうってつけであり、街では知る人ぞ知る人物になっている。
もっとも、彼女が有名な理由の半分は仕事の障害になる人物をことごとく薙倒していく様子に付けられた先の異名が原因だったりするが…。
「でも、仕方ないじゃない…。折角この依頼の報酬で久しぶりにアストの月収に勝てると思って苦労したら、よりによってその子と本人が一緒にいるんだもん……」
色々と複雑な事情があって彼女の家に居候しているアスト。だがしかし、決して彼は紐にあらず。むしろマジックショーによる稼ぎが安定した最近は、収入が不安定な彼女を逆に養っている形になりつつある……あぁ、そういえば1つだけ訂正しよう…。
「まだ気にしてたの…?」
「だって…私がアストを無理やり家に縛り付けたようなものだし……」
「いつも気にしなくていいって言ってるだろう?僕は"好きで君と"一緒にいるんだから…」
「……アスト…」
---居候というか最早、本格的な同棲である。そして、こいつらは…。
「おっと、間違えた…」
「え…?」
「僕は"君が好きで"一緒にいるんだよ…」
「……///」
---俗に言う、相思相愛のリア充である…
「…お兄ちゃん、何だか私甘くないもの飲んでみたくなった。」
「ん?じゃあ、コーヒー飲んでみる?」
「いきなりブラックはキツイからカフェオレから始めたら?」
---駄目だコイツら…。
「さて、いい加減に話を訊かせてもらおうか?」
「あ、ごめん忘れてた…」
フィノーラの乱入により滅茶苦茶になってしまったが、これでようやく迷子(?)の幼女…『リリアンヌ』から事情を聞ける。そう思った矢先だった…。
「おい、そこの三人…」
彼らの後から聞こえてきた野太い声…。振り向けば黒スーツを着た人相の悪い男が立っていた。しかも一人ではなく、男の背後には同じような格好をした者がこれでもかと言うほど並んでいる…。
この異様な光景にアストとフィノーラはともかく、リリアンヌは完全に怯えてしまった。そのことを少しも気にせず、男は口を開いた…。
「その子を此方に引き渡してもらおうか?」
「理由は?」
「彼女を迎えに来ただけだ…。」
そう言われてアストはリリアンヌに視線を向ける。すると、彼女は男たちに対して完全に怯えきっていた…。
「…どう見ても、あなた達がこの子のパパやママに見えないんだけどねぇ?」
「知ったことでは無い。我々は頼まれた仕事をするだけだ…」
そう言って男は一歩前に足を進める。それを確認したアストは即座にリリアンヌをフィノーラに預け、同じように前へ足を進める。
互いに距離を縮めた2人は至近距離で睨み合う…。
「公園の手品師風情が、痛い目に遭いたいのか…?」
「どうだろうねぇ?それと、僕はマジシャンだ…」
さらに続く睨み合い。人通りの少ない路地裏ゆえ、この緊迫した空気は誰かが介入者を呼ばない限り終わることは無さそうである……そう、呼ばなければ…。
「取りあえず、君たちに引き渡して平気かどうか確かめさせて貰おうか?」
「何…?」
そう言ってアストは、ゆっくりとした動作で握り拳を前に出す。それを開くと、その手には携帯電話が現れた。そして慣れた手つきで携帯のボタンに手をやり…
「あ、警察ですか?黒いスーツ着た大勢のおっさんが路地裏で幼女を襲ってます、早く助けに来てください。」
「「「「「ッ!?」」」」」
「テメッ、ふざけんな!!」
あろうことか、空気を読まず警察に電話したアスト。予想外の行動に思わず男共は動揺する…。やはり彼らは真っ当な人間たちでは無かったようである…。
「はっはっはっ、ここら辺はただでさえ人通りが少なくて物騒だから定期的に警官が巡回しているんだ。通報すればすぐに…」
「本部、こちらレスター巡査です!!通報の内容に該当する集団を確認しました!!本当に大人数です、至急応援を!!」
『了解した、ただちに増援を向かわせる!!』
少し離れた所から聞こえた会話にアストは薄っすらと笑みを浮かべ、男たちは顔を真っ青にした…。
「このロリコン共がぁ!!全員豚箱に送り込んでくれるっ!!」
「違っ、俺たちはロリコンじゃ……えぇい、覚えてろよ!?」
捨て台詞を吐きながら慌てて走り去る男たち。それを確認したアストは、フィノーラとリリアンヌ野元に歩み寄る。
フィノーラの足にしがみ付き、未だに怯えて小さな体を震わすリリアンヌ。依然として詳しい事情は聞けてないが、やはり禄でも無いことに巻き込まれているようだ…。
「大丈夫かい?」
「…怖かった」
目に涙を浮かべながら呟く彼女を見て、先ほどの黒スーツの男たちに憤りを覚えるアスト…。人々を笑顔にすることが仕事の彼にとっては余計に許せないものがあった。
「まぁ、ひとまずこのまま警察署にでも行ってゆっくりと…」
「ねぇアスト…さっき、なんて通報した?」
「…さっき?」
フィノーラに言われて数分前の記憶を掘り返すアスト…。
---『あ、警察ですか?"黒いスーツ"着た大勢のおっさんが路地裏で幼女を襲ってます、早く助けに来てください』
そして、今の自分の姿を見る。黒いシルクハット、黒いトランク、黒い髪、そして何より…
---僕も着てるじゃん、黒いスーツ…
「逮捕だ!!このロリコン野郎!!」
「待って、僕は違うよ!?」
「詳しい言い訳は署で聞いてやる。おとなしくついて来い!!」
---結局、抵抗は無意味に終わった…
「あははははははははははははははははははは!!腹痛えぇっ!!」
「笑い事じゃないよ!!」
この街の警察署に存在する一室で、アストとフィノーラは一人の男と向き合っていた。彼らから事情を聞いた部屋の主は、自室の執務机についたまま腹を抱えて爆笑しているが…。
結局警察署に連れて行かれるまで容疑者と勘違いされ、リリアンヌとフィノーラが誤解を解いてくれなかったらそのまま牢屋に叩き込まれるところだった…。
しばらくしてリリアンヌはここの警官達に正式に保護され、しばらくしたら親御さんの元に送ってあげるそうだ。ところがその後、急に態度を改めた警官達がこの部屋に2人を案内したのだ。当然といえば当然である、アストとフィノーラはこの警察署でそれなりの地位を所持しているこのグレーの髪の男と顔見知りなのだから…。
「そりゃ笑うわ、通報した内容の変質者の格好と自分の格好がほとんど同じだなんてな…ははは!!」
「…いい加減にしないとそろそろ怒るよ?……『ショウ・カザキリ』警部?」
「よせやい、そんな呼び方…昔通り呼び捨てで構わないぞ?」
彼の名前は『ショウ・カザキリ』。表向き一警官である彼だが、その人望と手腕により実質この警察署のトップとさえ目されている。ここの署長でさえ彼に正面きって意見できないとさえ言われており、上層部に縛られない自由奔放なやり方でこの街の治安維持に貢献している。
現在も先ほどのような輩がかなり多いが、カザキリが本格的にこの街に赴任するまでは今の3倍以上は治安が悪かったとさえ言われ、この街の警官は全員彼を尊敬し、尚且つ忠誠を誓っているのだ。
「しかし、俺としては警官を見てフィノーラが逃げなかったことの方が驚きだ…」
「…どういう意味よ?」
「この暴力探偵、お前の巻き沿いくって何人の部下が怪我したと思ってやがる?お前が昔の後輩じゃあ無かったら、とっくに公務執行妨害でしょっ引いてるぞ?」
「さて、なんのことかしら…?」
「目ぇ逸らすな小娘…」
そんな彼とアスト達に何故面識があるのかというと、彼らの昔の経歴や職業が深く関わってくるのだが、それはまたの機会に語るとしよう…。
そして、いつまで経っても進まないこの状況に痺れを切らしたアストが最初に本題に入った…。
「で、大分話が逸れたけど結局リリアンヌは何者なんだい?」
ただでさえ人通りの少ない路地裏に泣きながら一人ぼっち、さらには明らかに堅気では無い裏の人間達…。これだけでも彼女が何かに巻き込まれていること察するには充分である。
なのにこの行動派である男にしては珍しく、さっきから禄な動きを見せる気配さえ無い…。
「正直に言うとだな、俺もお前があの子をここに連れて来なかったら事件を知ることはなかった…」
「なに?」
「ぶっちゃけフィノーラの方が詳しい話を知っているんじゃないのか?」
そう言われてフィノーラの方に視線を向けるアスト。話を振られた彼女は、懐からメモ帳を取り出してペラペラとめくり始めた。あれはフィノーラの仕事道具の1つであり、依頼の内容や背景がびっしり書いてあるのだ…。
「さっきから中々説明できなかったけど、私が受けた依頼は『迷子になった娘』を探せってやつなの……表向きはね…」
「で、実際は?」
「今日の昼頃に依頼主に対して電話が掛かってきたんだって…『娘を無事に返してほしければ、お前の経営している会社を今日中に売れ』ってね」
「…誘拐による脅迫か」
さらに詳しい話を聞くところによると、彼女の依頼主は最近業績を伸ばしまくっている事業家であり、それまで似たような仕事を請け負っていた同業者の客を根こそぎ奪う形になってたようで恨みを買っていたらしい…。
念のため調べたが依頼主は至極真面目な経営方法を取っており、後ろめたくなるような仕事はしていなかったので逆恨みの可能性がでかいが…。
「しかもその電話で『警察に通報したら娘を殺す…』って釘を刺されたらしいわよ?」
「だから屁理屈染みた理由で探偵の君に依頼を?」
「そういうこと。一応、警察に内通者がいるのを警戒したってのもあるんじゃない?」
この御時勢、誘拐犯の言う通りに金を払って人質が帰ってきた例はない。そのことを彼女の依頼主はよく分かっていたらしい…。
「ところがリリアンヌ嬢は運よく誘拐犯から逃れ、その後お前らに保護されてここに来たわけだ。身元を確認して親御さんに電話したら詳しい事情を教えてくれてな、今さっき事件を知ったわけだ…」
娘の心配をする必要が無くなったリリアンヌの両親はこの機を逃さず全てを話した。ようやく事の成り行きを知ったカザキリは彼女に護衛を付けて家族の元に送り帰し、即座に事件の捜査に乗り出す予定だった…。
「で、なんで君は未だにここにいるんだい?いつもならとっくに現場に向かって…」
「実はな、誘拐犯は電話で脅迫する際に調子乗って馬鹿なことを言ったらしい」
「は?」
「奴らは電話で会社を売れと言った後…」
---『貴様の会社を売る時は『エルダール・カンパニー』にしろ。いいか?絶対に他の奴に売るなよ?間違えるなよ?分かったな!?』
フィノーラのメモ帳に書いてあった会話の内容を聞いたアストは完全に呆れていた…。
「…ねぇ、彼らって馬鹿なの?」
「操作の撹乱のために適当なことを言った可能性もあったが、調べれば調べるほど黒くなっていったよこの会社…。しかも、さっき部下から『エルダール・カンパニー』に黒スーツの集団がゾロゾロ入っていったところを確認したって報告が来た……もう、確定だろ…」
あとは問い詰めて捕まえるだけらしい。しかし、それでもカザキリが動かず、自分達をここに呼んだということはつまり…。
「……僕に行けと…?」
「絶対に俺達が動くより早いからな、頼むよ」
確かにカザキリの言うとおり彼らが全力で行動を起こすよりも早く、自分はこの事件を解決する自信がある。本来ならば、あまり無闇やたらに厄介ごとに首を突っ込みたくはない…。
---だが、今回は話が別だ…。
「…分かった。ちょっと行って来るよ、フィノ」
「言うと思った…早く終わらせてきてよね?」
「珍しいな、お前が進んで協力なんて…」
すぐに承諾したアストにどこか納得したような態度を見せたフィノーラとは対照的に、若干驚く表情を見せたカザキリ…。
「別に今更だろう?」
それを無視するようにアストはカザキリに背中を向け、この部屋に置いてあるクローゼットにツカツカと歩み寄っていった。そしてクローゼットを開き、一言呟いた。
「それに僕は、子供から笑顔を奪う大人が一番嫌いなんだよ…」
そう言うや否や、彼はカザキリのクローゼットに入り込んでバタン!!と戸を閉めた。しばしの沈黙の後、どうなっているのか予想はついていたが、あえてフィノーラはクローゼットの戸を開く…。
そして、中を見て微笑を浮かべた…。
「いってらっしゃい、私の『マジシャン』さん…」
---開かれたクローゼットの中に、自称『しがないマジシャン』の姿は無かった…。
今日中にもう一話更新するぞおおおお!!