第三章 手品師?いや、マジシャンさ…
もう分かってると思いますがこの小説のタイトルって…
「くそッ、あの役立たず共が…!!」
建設会社、『エルダール・カンパニー』の通路で中年の男が悪態をついていた。彼はこの会社の社長である『ザック・エルダール』。エルダール氏は先程から口を開くたびに罵詈雑言が飛び出し、身近な物を手当たり次第にぶん殴っていた…。
「どいつもこいつも何で思い通りにならん!!」
ことの始まりは数年前に現れた同業者『スカイレオ建設会社』、奴らがこの街に来てからは今までの収益を上げることが難しくなった。今までは、他の同業者を買収するなり賄賂を渡すなりして飼いならすことにより収益を伸ばしてきたが、奴の会社だけは賄賂にも脅しにも屈せず真面目に業績を伸ばしていったのだ…。
気がついたら自分の傘下に置いてある子会社の収益を全て合わせても、スカイレオ社に勝てる見込みが無かくなっている…。
「そして極めつけはあの馬鹿共か…!!」
再度壁を殴りながら怒鳴り散らすエルダール氏。最終手段として、金で雇ったゴロツキにスカイレオ社の社長の娘を誘拐して脅しをかける予定だったのだが、あろうことか娘を取り逃がして警察に保護されたときたもんである…。
その上、何故か警察からやたら電話が来るのだ。これはもう自分が黒幕であることが発覚したと思っていいだろう…。
「とにかく警察が来る前に証拠を消さねば…」
社長室に集めておいたこの計画の不安要素や証拠の数々、それさえ処分してしまえばどうにでもなる。うまく警察の追及をかわせば全て元通りだ…。
---大丈夫、自分は捕まらない…
そう思うことでエルダール氏は段々と落ち着きを取り戻していった。自分の社長室の前に立った彼は改めて身なりを整え、今後のことに思いを馳せた…。
「それにしても何が悪名高い『蒼風一味』だ、雑な仕事をしおって!!この厄介ごとが片付いたらすぐに落とし前をつけてくれる!!」
巷を騒がす無法集団の噂を聞きつけ、どうにかコンタクトを取って交渉し、高い前金を払って雇ってみたらこの様である。しかも、聞いた話によると一番の馬鹿を電話でやらかした本人はその前金を一人で持ち逃げして何処かに行方をくらませたらしい…。
「…もう誘拐なんぞ生ぬるい方法では駄目だな。いっそ娘を殺してから脅してやった方が効果的かもしれんなぁ、くっくっく……ッ!?」
そして自分の扉を開いて中に入った瞬間、彼は思わず固まった。豪華な装飾品で飾られた自分の社長室…それが見事なまでに荒らされていたのだ…。
---散らばる書類の数々…
---粉砕された装飾品…
---こじ開けられた金庫…
そして何より…
「やぁ、こんばんわ…」
自分の社長机に、黒いスーツを身に纏った黒髪の男…アストが書類片手に座っていたのだ。予想外の光景にエルダールは心臓が止まりかけたが、彼の手にしている書類が何なのか分かった瞬間にそれどころでは無くなった。
「き、貴様!!それはっ!!」
「脱税、賄賂、横流し、裏取引…誘拐犯の雇用代まで書いてあるなんて、几帳面だねぇ」
エルダール氏は見る見るうちに顔を青くしていった。目の前の若造は全てを知った上でここにいるのだ…。つい反射的に踵を返し、部屋から逃げようとしたエルダールだったが…
---バタン!!
「なっ!?」
誰も触れていないにも関わらず、目の前で扉が勝手に閉ざされた…。取っ手に手をやりガチャガチャと捻りながら扉を押せども引けどもビクともしない。
(鍵は開いているのに何故!?)
「まぁまぁ少し落ち着いて、僕の『マジックショー』でも見ていきなよ…」
本来なら優しげに聞こえるその声音も、今この場で聴かされると背筋が凍ってしょうがなかった…。アストが何かをズルズルと引きずりながら近寄ってくる気配を感じ、エルダールは即座に懐へと手を突っ込み、黒い塊を取り出す。
そしてそれを振り向き様に背後のアストへと突きつけた…。その時には既に2人の距離は1メートルも無く、彼は再び心臓が止まりそうになったが必死に取り出した護身用の銃をアストに向ける。
「それ以上近寄るな!!近寄ったら撃つぞ!!」
「……クククッ」
「ッ!?」
至近距離で銃を向けられたにも関わらず、アストは平然としていた。それどころかゾッとするような笑みさえ浮かべ始めた…。口角はどんどんつり上がっていくが、彼の黄色い瞳は依然として冷たい視線を放っていることが恐怖に拍車をかける…。
「何が可笑しい!?」
「いやぁ?撃ってもいいけど、"水で人を撃ち殺せるのかい"?」
「何を言って……なッ!?」
言われてエルダールは気づく、自分が手にしている鉛弾満載の拳銃が異様に軽くなったことに…。
「な…なんだ…これは……?」
---取り出すまでは確かに本物だった彼の拳銃は、水鉄砲に変化していた…
試しに引き金を引くと、鉛弾どころか火薬の破裂音さえ出てこずに水だけ出てきた。目の前にアストが居るにも関わらず、エルダールは呆然としながらその手に握る水鉄砲を凝視した…。
「さぁ、ほら。君の部屋なんだからゆっくりして行きなって…」
---ジャラジャラジャラジャラ!!
「んなッ!?」
ふと視線を上げた彼は恐怖した。どこから現れたのだろう…アストの周囲に無数の鎖がまるで生き物のように動き回り、重力を無視しながらその鎌首をこちらへともたげているところだった…。
「【縛れ、鉄蛇】」
---ジャラララララララララララララ!!
「や、やめ…うわあああああああああああ!?」
金属が擦れる音を大量に発しながら、一斉にエルダールに向かって鎖が襲い掛かってきた。彼は為す術も無く鎖に絡みとられ、アストが引きずってきた何かに縛り付けられた…。
よく見ればそれは自分の愛用している社長机とセットの椅子だった。自分はそれに先ほどの鎖によって縛り付けられ、一切身動きが取れなくなった…。
「僕もね、本当はこの証拠を手に入れ次第さっさと帰るつもりだったんだよ?」
そう言って身動きの取れないエルダールにヒラヒラと証拠の書類を見せるアスト。しかし、エルダール氏は自分の常識が次々と崩れていくこの状況に混乱しており、ほとんど耳に入ってなかった…。
「君、部屋に入る直前に何て言ってたっけ?…あぁ、そうだ『いっそ娘を殺してから脅してやった方が効果的かもしれんなぁ』だったねぇ!!あはははは、君って奴は本当に……」
---ぶっ殺されたいのかな?
「ひぃっ!?」
素人でも感じてしまう程の膨大な殺気がアストから発せられた。エルダールは自分の股が生暖かい何かで湿っていくのを感じた…。最早まともに声を出せなくなり、震えが止まらない。笑顔のまま殺気を溢れさせながら近づいて来るアストに命乞いすらできない…。
「そんな君には、特別に大サービスをしてあげようか♪」
発している空気とは裏腹に、楽しげな表情と口調でアストは自分のトランクを手に取りながらエルダールの前に立った。
そして、芝居がかった一礼をしながら言葉を紡ぎ始める…。
「さぁ深夜限定、タネも仕掛けも無い本当のマジックショーの始まり始まり~♪」
彼がそう言った途端トランクがひとりでに開き、中から何かが出てきた…。
「さて今夜お見せする大魔術は、このか弱き子猫ちゃんを使ったものでございます。」
彼の腕にはとても小さな子猫が抱えられていた。ところが彼はすぐに抱えた子猫を床に降ろし、両手を掲げて何かをブツブツと呟き始めた…。
---【嗚呼 麗しき 精霊達よ…】
依然として混乱中のエルダールの耳に、アストの言葉が届くことは無かった…。
---【我に宿りし 光の名の元に…】
子猫の足元に"光る文字"や"円陣"が現れ始めたことに気づかなかった…。
---【我が銘に 応えよ…】
本来の正常な状態であれば、この国の人間である限りアストが唱え始めたものと子猫を包む光の正体を察することができたろう…。
---【我が願いを 叶えよ…】
しかし、いずれにしても激しく混乱することになったろう。科学主義国家であるこの国に、何故彼のような人間が…。
「【我が夢想を現実に変えよ】!!」
何故この国のかつての戦争相手である魔法主義国家の人間が…
「あ…あぁ、あ……」
「喜んで頂けました?光と共に子猫が…」
『グオルルルルルルルッ…』
「…虎に変身する魔法は?」
---『魔法使い』がここに居る理由を、ただの小悪党が理解できる筈も無いだろうが…。
「お…おま、お前は一体……?」
ショート寸前の脳みそで辛うじて言葉を発するエルダール。この場でそう訊かれても、彼が返す言葉はいつも通りだった…。
「ただの『しがない魔法使い』ですよ♪」
「…はは……そうか手品師か…これは手品なんだ、幻覚なんだ、夢なんだ、夢なんだ夢なんだ夢なんだ夢なんだ夢なんだ夢なんだ…!!」
「お生憎様、魔法で夢を現実にするのが魔法使いってものでね…」
そう言ってアストは、魔法で虎に変身した元子猫にポンッと手を置いて一言…。
「…お食べ」
『ガウ』
「夢なんだ夢なんだ夢なんだ夢なんだ夢なんだ夢なんだ……だからお願いだ、早く覚めてくれぇ!!…あ、あぁ来るな、来るな…来ないでくれぇ!!……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!?…………」
『…それでは次のニュースです。今朝方未明、ミロクボンド市の建設会社『エルダール・カンパニー』の社長である『ザック・エルダール』氏が市内の病院前で簀巻きにされて転がっているところを発見され、保護されました。保護された同氏は『猫が、猫があぁ!!』と意味不明な言葉を繰り返しており、軽いトラウマを抱え込んでいる模様です。病院は引き続き保護と治療を継続する予定ですが、現在『エルダール・カンパニー』には様々な容疑が浮かんであり、警察は同氏の治療が済み次第速やかに…』
「…ちょっとやり過ぎじゃない?」
「いいんじゃないかな?あいつには良い薬になったろうし…」
昨日の騒動から一夜明け早くも真昼間…。心地よい日光を浴びながら、マジックショーのために足を運ぶ公園でアストとフィノーラの2人はベンチに座りながらラジオでニュースを聴いていた。
結局エルダールを散々脅かして気絶させた後、彼を身動きが取れないようにグルグル巻きにして病院に捨ててきたのだった。忘れずに証拠の書類はカザキリに渡したので、警察も本格的に動いている。
「別に小悪党の末路なんていいの。そうじゃなくて、そんなにホイホイ魔法を使っちゃって故郷の人間に目を付けられたりしないの?」
「ホイホイって…言っとくけど、昨日みたいな時しか殆ど魔法は使ってないからね?」
彼はこの公園で行うショーで魔法を使った事は殆ど無い。彼は魔法使いであることに誇りを持っているが、同時に手品師であることに誇りを持っているのだ。
「僕の故郷とこの国は大陸の両端同士で世界の裏側同士、しかも冷戦状態が現在も継続中。それに、『猫に呪われた男の子』のことなんて、もう誰も覚えてないだろうさ…」
「……そう、ならいいんだけど…」
互いに今言った言葉を改めて考えてみると、2人は思わず同時に空を見上げてしまった。なんで自分達はこの目の前の人に惚れ、同じ街で同じ家に住んでいるのか本当に不思議に思う時がある…。
この蒼い空と昔の肩書き以外に接点が無かった2人は、本当に人生とは分からないものだと感じずにはいられなかった…。
「…まぁ、嬉しいけどね?」
「そうね…」
「あ!!アストお兄ちゃんにフィノーラお姉ちゃん!!」
2人が声のした方に視線を向けるとリリアンヌが友達を大勢連れて駆け寄ってくるのが見えた。昨夜のうちに色々と解決したので、知り合って早々に別れることになった。しかし、割と近所に住んでいることが分かったので、アストが『いつも公園に居る』と言ったら『絶対に行く!!』と宣言していたのだが…。
「やぁ、リリア。本当に来てくれたんだね」
「当たり前だよ、だって私アストお兄ちゃんのマジック見たいんだもん!!」
とは言っても、彼女に見せたマジックはアレしか無いのだが…
「お兄ちゃん、もう一度お耳見せて!!」
「ははは、やっぱりそうなるよね…?」
隣でフィノーラが呆れた様に頭を抑えてため息を吐いていた。どうやら彼女には、自分が何を見せたのか分かったらしい……ついでに、それがどんだけ危ないことなのかも分かっている…。
「ごめんねリリア、今日はちょっと別のマジックを見て欲しいんだ…」
「えぇ~…」
すごく残念そうにするリリアンヌにちょっと罪悪感に駆られたアストだったが、諸事情によりこればっかりはどうしても無理だった…。
---だからこそ、今日はいつも以上に準備をしてきたわけであるが…。
トランクからマントを引っ張り出し、意味ありげにヒラヒラさせるアスト。リリアンヌと彼女の友人達は何が起きるのか思い、それに注目する…。
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでよ。何もお耳芸だけが僕の特技じゃ無い、よっと!!」
---バサッ!!
「「「「「!!」」」」」」
「お~」
バサリとマントをひるがえすと、そこには…
「わぁ!!」
「ケーキだ!!」
「凄く大きいや!!」
巨大なデコレーションケーキがテーブルと食器ごと現れた。甘いものに目が無い子供達は、さっきまで落ち込んでいたリリアンヌを含めて大はしゃぎである…。
「朝から台所が騒がしいと思ったらコレ作ってたのね?」
「いやぁ、久々だったから苦労したよ手料理…」
「…魔法は?」
「………使いました…」
「…ホイホイ使わないんじゃ無かったの?」
「ドンマイってことで…」
フィノーラに思いっきり頭をはたかれたアストだった…。
「アストお兄ちゃん、これ食べていいの!?」
「痛てて…あぁ、勿論いいよ。ほら皆も遠慮なくどうぞ♪」
「わ~い、ありがとう!!」
彼がそう言った途端に全員ケーキに突撃していった。かくも恐ろしき子供のパワーである…。
けれども、それを見た彼の表情はどことなく嬉しそうであった。何せ自分の作ったケーキを食べてくれた子供が全員笑顔なのだ、喜ばない理由は無い。
---何せ彼は…
「さてと、そろそろ始めようかな…」
---彼は子供の笑顔が大好きである…
「は~い、皆さん御注目!!」
---だからこそ、今の自分に誇りを持っている…
「この『しがないマジシャン』による、タネも仕掛けも満載なマジックショーが始まるよ~!!」
---子供に笑顔を配る手品師の自分に…
「…って、フィノ!!子供からケーキ獲るな!!」
「え、だって思ったより美味しかったから…」
---子供の笑顔を守る魔法使いの自分に…
「まったく、今度また作ってあげるから返してあげなっての…!!」
「は~い…」
---だから今日も彼は…
「それでは気を取り直して…『しがないマジシャン』によるマジック・ショーの始まり始まり~♪」
---魔法使いで手品師の彼は、今日もお得意のマジックで人々を笑顔にするのだった…。
---もっとも、ただでさえ忙しい彼の日常は…
「ふふふ、ついに見つけたぞフランデレン卿…。」
「いかがなさいますか御嬢様?」
「機会が巡り次第に接触!!後に拘束して即座に帰国するぞ!!」
「御意!!」
---草むらに潜みながら彼を覗き見る、2人の人物によって加速するのであった…
「…フィノ、あの2人誰だろう?」
「あなたのファンクラブじゃないの…?」
---あながち間違ってない…。
駄洒落です…




