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第十一章 マジシャンの一日 前編

分割



 まだお日様が顔を半分しか出していない時間帯。ヴェルシア探偵事務所にある寝室のひとつに、布団にくるまって丸くなっている物体が居た。それはおもむろにモゾモゾと動きだし、やがて布団を被ったまま伸びをしながら起き上がる。



「くあぁ……よく寝た…」 



 よく寝てなくても必ず言うこの一言と共に朝を迎え、アストは起床した。


 彼の朝は早い方である。同居人であり恋人であるフィノーラが全くもって家事ができないため、基本的に家のことは彼がやるのだ。けれども先に洗面所へと直行する。まずはそれからである。















「さて、やりますか…」


 

 洗顔を済ませ、昨晩洗えなかった衣服を洗濯機にぶち込んで次はキッチンだ。どこの家にもあるリビングと半ば繋がった状態のこのキッチンに、アストはしっかりとエプロンを着用しながら入っていった。


 魔衛騎時代もそれなりに自炊はできていたがフィノーラの元に来てからというもの、本職のミレイナには及ばないがかなりの腕になったと自負している。


―――多少なり魔法を使うけど…

 


「さぁ動け、動け」 



 指を軽く振るう。するとやや小ぢんまりしたキッチンの中に置いてあったフライパン、ボール、皿などの調理器具が独りでに動きだし、それぞれの持ち場へと飛んでいく…。


 その光景を一瞥もせずに、アストは冷蔵庫の中から使えそうな食材を引っ張り出す。その間にも独りでに定位置へと向かったフライパンには、これまた独りでに宙に浮いているボトルから油が注がれてコンロに火が点けられた。また別の所では、二枚の食パンがトースターの元へと飛んでいき、綺麗にスッポリと収まって焼かれ始める。


 

「ハムエッグでいいかな?…ん、サラダも追加かな……」



 卵とハム、そして数種類の生野菜を取り出して冷蔵庫の扉を閉める。それを見越したかのようにアストの目の前にボールが飛んできて宙に浮きながら制止した。彼はそのボールに取り出した野菜を投入する。



「ざく切り、適度に」



 指をパチンと鳴らす。すると、ボールに投じられた野菜は何の前触れもなく全て適度なサイズへとスライスされた状態になった。彼はその結果を見て満足そうに頷く。



「上出来、上出来。我ながらまた腕を上げたなぁ…」 



 因みに今自分が使っているのは『魔術式』であり、これは魔力を自分の手足のような感覚で使うことを基本としている。そのため『呪術式』や『魔導式』よりも感覚的なものが分からないと使いこなすのは難しい。


 昔、加減を間違えて食材を″キッチンごと″切ったのは良い思い出だ…。イメージをそのまま実現する『呪術式』は魔力スタミナをやたら持ってかれるから食事の意味ないし、結局『魔術式』か『魔導式』でやるしかないんだよなぁ…。


 食材を切る感覚を覚えるためにひたすら野菜を切り続けたこともある。その時はガチの野菜生活が続いたので随分と健康的だったかも…。



「…と、そろそろかな……?」



 おもむろにキッチンからリビングの方へと顔を向けると、寝ぼけ眼をこすりながらフィノーラが入ってきたところだった。昨夜は自分より早く寝ていた筈なのに何故か眠たそうだが…。



「おはよう、フィノ」


「……おはよう…」



 いつも以上に覇気が無い。本当にどうしたのだろうか…?



「……あまり気にしないで…」


「フィノがそう言うなら…」



 とりあえず彼女がそう言うのなら放っておいて欲しいということなのだろう。いつだか似たようなことがあって問い詰めた時、寝不足の原因はただの読書による寝不足の時があったし…。


 因みにその時フィノーラが頑なに理由を話さなかった訳は、読んでた本が恋愛モノの少女マンガだったからであり、自分らしく無いと思って少し恥ずかしがっていたというものだった…。



「別に年相応で可愛いと思うのに…」


「…そう?」


「うん。とにかく、もうすぐ朝ご飯できるから早く顔洗っておいで」

  

「…分かった」

 


 そう言って彼女はパタパタと小走りで洗面所へと向かっていった。さて、あとはメインのおかずだけだからサクッと作り上げてしまおうか…。

 
















「今日は仕事かい?」


「うん。今日は夜まで帰らないかも…」



 リビングにあるテーブルで朝食を食べながら今日の日程を二人で考える。今日は探偵業の仕事が入ったらしく、彼女は帰りが遅くなるそうだ…。



「分かった。今日は夕飯作りながら待ってるよ」


「ありがと♪因みに今日のアストの予定は?」


「僕?…う~ん、いつも通りかな……」



 とは言っても、最近はトラブル続きだったせいでその『いつも通り』は凄く久しぶりに感じるよ…。



「ま、何にせよ今日も頑張ろ?」


「そうね。あ、コーヒー頂戴」


「ん」

 


 最近は生活で魔法を使うことを自重していたけど、それは王国の人間に見つからないようにするため。自分を連れ戻すためにやって来た筈のアイカは何故か隣に引っ越してきたものの、特にその気は無いようだ。なので最近は街の一般人に見つからない程度で魔法の行使を解禁している。


 だから魔法でポッドを浮かせ、彼女の目の前で空になったカップにコーヒーを注いでも問題無い。何だかんだ言って、やっぱり戦闘や非常時以外の魔法の方が好きなんだよねぇ…。

















「じゃ、いってきま~す」


「いってらっしゃ~い」



 空飛ぶ雑巾を引き連れて掃除機片手にフィノーラを見送った後は自宅兼事務所の掃除である。いつもは掃除機だけでやっているが、今日は少し汚れてきた窓も掃除しようかと思う。



「それにしても、掃除とかに関してはアイカが羨ましい…」


「呼びました?」


「うおっ!?」



 呟いた途端に事務所の窓(ここ、二階なんだけど…)が開かれ、深緑色のポニーテールが顔を覘かす。王国からアストを連れ戻しに来たのか違うのか未だにハッキリしない隣人、アイカ・クラリーネである。


 彼女の何が羨ましいのかというと、彼女が得意とする魔法が『呪術式』であることが理由だ。呪術式は自分のイメージしたことを直接実現する力があり、『家を綺麗にしろ』と念じればピカピカになるし『猫を虎に変えろ』と念じればその通りになる。便利であるが異常に難しい魔法陣や手順を踏んだりするし、尚且つ魔力を尋常じゃないくらいに持って行かれる。


―――なのにアイカは呪術式をバンバン発動する。自分がやったら即座に餓死するんじゃないかと思うくらいにジャンジャン使う。にも関わらず彼女はピンピンしている…。


 難易度の高い魔法陣や手順を正確に行使しているのはアイカ自身の努力だろうが、魔力の総量もしくは燃費の良さに関しては彼女の才能や体質なんだろうなぁ…。



「だいたい何で君は『大食らい』と言われる呪術式をあんな大量に使えるのさ?燃費重視の魔術式と大差無いってどんな反則だよ…」


「その呪術式に勝てる先輩の魔術式も充分に出鱈目かと…」



 失敬な…魔術式で生み出した攻撃を魔導式と魔術式で強化すれば誰でもできる。因みに、もしも魔術式で剣を″造った″場合、魔導式で同レベルの物を″創った″時の十分の一程度の魔力消費で済む。



「訂正します。出鱈目なのは先輩自身でした…」


「あ、そう。ところで何か用かい…?」


「特に無いです。では、御機嫌よう」


 言葉と共に窓を閉め、そのまま本当に何処かへと行ってしまった。マジで何しに来たんだ…?



「…まぁ、いいか。丁度掃除も終わったし、そろそろ時間かな?」



 時計の針を見れば、ちょうど10時を過ぎた頃であった。12時にはいつもの場所に行きたいのでそろそろ仕事の支度を始めるとしよう…。



「ふふん、今日のタネと仕掛けはどうしようかな~♪」



---表情を魔法使いから手品師としてのそれに変え、鼻歌混じりに呟いた。



















「ご機嫌麗しゅう、時間を持て余した紳士淑女の皆様方!!このしがないマジシャンによるタネも仕掛けも満載なマジックショーが始まりますよ~!!」



 いつもの格好、いつもの公園、いつもの口上。街の名物となりつつある今では、たったこれだけのことで人がワラワラと集まってくる。そして案の定、今日も自分の目の前には期待と羨望の眼差しでこちらを見つめてくる人々でいっぱいだ。



「それでは本日最初に披露するのは…こちら!!」



 トランクケースから何かを取り出す。観客達の注目がそれを持った左手に集まるが、予想通りだ…。



「おっと失礼、昼食がまだなものでして…」



 取り出したの一つのサンドイッチ(玉子)、しかも食べかけ…。出てきたものとアストの台詞により、ショーを初めて見る者は彼のうっかりミスと思い込み苦笑いを浮かべ、彼のやり方を知っている者は期待の眼差しを向けた…。



「あむ……ん、美味い…」



 サンドイッチを一口かじり、それをいつの間にか右手に取り出した大皿に乗っける。そして懐から一枚の布を取り出し、大皿ごとサンドイッチに覆い被せた…。



「ところで皆さん、時間的に昼食を済ませた方は多いと思いますが少しお付き合い願います…はい、そこのあなた!!」


「え?」


「此方へどうぞ♪」



 見た感じ学生っぽい女の子を指名して招きよせる。少し戸惑っている様子を見るに、今日初めて見に来てくれた人のようだ。やり甲斐がある…。



「お嬢さん、可愛いものはお好きで?」


「え、えぇ…好きですけど……」


「それは好都合♪では、この布をとっちゃって下さい」


「あ、はい…」



 アストの言われるがままに布へ手をやり、それを皿から取り外す。するとそこには…。



「…あれ?」



---食べかけの玉子サンドがあった筈の大皿には、同じく食べかけの『ゆで卵』が代わりにポツンと置いてあった…。



「あ、あれぇ?いつの間に…?」


「さぁ、いつでしょうねぇ?」



 ひたすらに不思議そうな反応を示す目の前の女の子。けれども、まだ始まったばかりなんだよね…。



「ところでお嬢さん、その手に持ってる布をもう一度大皿の上に戻してくれませんか?」


「あれ?あれ?本当にどこ行ったの…?」


「お嬢さ~ん?」


「はっ!!すいません!!」



 そんなに気になったのか?食べかけのサンドイッチの行方が…。若干慌しくも布を戻してもらい、とにかく続きを始めよう…。



「それではもう一度だけ布を取り外して下さい」


「はい…て、あら?」



---今度は『ゆで卵』が『生卵』になっていた…



「ほ、本当にどうなってるの…?」


「さぁ、どうなってるんでしょうねぇ♪」



 ふふふ、この人の反応は楽しいなぁ。驚いてくれる人の反応も好きだけど、素直に不思議がってくれるのも中々楽しいものだ…。



「では、最後にもう一度だけ戻してください」


「は、はい!!」



 やや緊張した雰囲気に包まれる公園の広場…。流れ的に、大半の人が次に出てくるものの予想を立てているだろうが……それを逆手に取らせて貰おうか、ふふふ…。



「それでは取り外して下さい♪」


「出て来いヒヨコちゃん!!とりゃ!!」



 ありゃ、ヒヨコ好きなのかこの子?…でもゴメンね。みんなの予想を裏切りたかったから、その布の下でスタンバイしてるのは…。















『あほー、あほー、あほー、あほー、あほー、あほー、あほー、あほー、あほー、あほー…』





「何でアホウドリなのよ!?」


「あれが鶏卵とは一言も言ってませ~ん♪」



 拍手と爆笑のために少女は犠牲になったのだった、まる……ていうのは色々と不味いので、最後にアホウドリをヒヨコのぬいぐるみに変えてプレゼントしたら機嫌は直してくれました。




~つづく~


次回、午後~夕方編です

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