崩れゆく日常
結論から言えば、白鷺美鶴は変人だった。
というか、人間というより、機械か何かだという方が納得できるほど無表情で、吐き出す言葉に起伏が存在しない。必要最低限の言葉でしか、答えない。転校初日だというのに、クラスメイトに話しかけられるまで、カバーのかかった文庫本を読んでいるという、恐ろしいほどのマイペースぶり。
その変人さは、クラスメイトとの応答で充分、わかってもらえると思う。
「ねぇねぇ、白鷺さん! 白鷺さんって、どこから転校してきたの!?」
「北」
「この学校に転校してきたのは、何か理由があったりするのか?」
「親の都合」
「白鷺さんって綺麗だね。彼氏とかいたりするの?」
「別に」
「あ、白鷺さんって読書好きなの? さっきからずっと、文庫本から目を離さないけど」
「わりと」
「えーっと、何読んでるのかな?」
「TRPGのリプレイ」
「…………TRPGって何?」
「テーブルトークRPGの略称。テーブルトークRPGとは、コンピュータなどを使わず、紙や鉛筆、サイコロなどを使用し、人間同士の会話とルールブックと呼ばれる本に従って遊ぶゲームである。発祥の地とされているアメリカでは、割とTRPGの存在を知っている人が多いのだが、この日本ではマイナーな遊びに分類され、一部の人間によって愛され続けているゲームで――――」
「急に饒舌になった!?」
と、まぁ、こんな感じである。
今のところ、白鷺さんに対するクラスの評価は、『残念な美少女』でとりあえず落ち着いた。本来、転校生なら早くクラスになじめるように、クラスメイトなどへ積極的に話しかけていかなきゃいけないと思うんだけど……白鷺さんは、休み時間はずっと本を読んでいて、誰かに話しかけられなければ、口を開くことすらしない。
うーん、大丈夫かなぁ? 白鷺さん。いくら美少女だからって、そんな態度を取っていると、すぐに孤立しちゃうよ。
――――数日後、僕の予想は的中した。それはもう、的のど真ん中を、ずぱんっ、と良い音を立てて射抜いたぐらいに。
「…………」
白鷺さんは転校初日と変わらず、ずっと手元の文庫本へ視線を落としていた。そして、そこから少し離れた場所で、クラスメイトたちはいつもと変わらない談笑を繰り広げている。
まるで、白鷺さんの存在を丸ごと無視するように。
当初、その美しさから人を惹き付けてやまなかった白鷺さんは、現在、居ない物として扱われていた。
無理もないと思う。
クラスメイトの度重なる質問に、無表情に、無感情な声を出して答えてくるのだ。それも、短く、切り捨てるように。誰だって、そんな真似をされたら不快に思うし、近寄りがたく思ってしまう。
だから陰口で、変人だと、お高く留まったお嬢様だと、機械人間など言われるのだ。
これはきっと彼女の自業自得の結末。
他者を拒否したから、その分、他者に拒否されただけのこと。
まぁ、彼女はそのことを『へ』とも思っていないようだけれど。
「……でも、クラス内の空気が悪くなるのは、ちょっとねー」
最悪の場合、いじめとか、そういうものに発展する可能性もあるし。仕方ない、ここは僕がどうにかしてみますか。クラスの平和のために!
……美少女とお近づきになりたい、という下心も少しはあったりするけど。
「あー、白鷺さん。ちょっといいかな?」
「……何?」
はい、来ました、無表情なカウンター! できる限り愛想よく言ったのに、すっごくそっけないよー。
ともあれ、これっくらいは覚悟していたので話を進めよう。
「そろそろこの学校には慣れた?」
「慣れた。既に学校内の構造は把握済み」
えーっと、もう、学校の中は全部回って、全部覚えたってことかな? 意外だなぁ、本意外のことはまったく興味なさそうなのに。
「そう? なら、よかった。実はさ、白鷺さんって、あんまり話さないタイプの人でしょ? うまく学校やクラスになじめているか、心配していたんだ」
「心配は不要。貴方には関係の無いこと」
「かもなー。でもさ、一応クラスメイトだからね。それなりに関係はあると思うよ?」
白鷺さんは、銀色の目で、じっと僕を眺め、小首を傾げる。
「貴方の言うことには一理ある。けど、なんで私に構うの?」
「んーっと、それはだね…………」
さて、どうしようかな? 「君に興味があったからだよ」なんて、キザな台詞は絶対言えないし、かといって「クラスの空気が悪くなりそうだったから、仕方なく君に話しかけて、懐柔しようとしているんだよー、はっはっはー」とはもっと言えないしなぁ。
とりあえず、僕はその場を誤魔化すために、適当に白鷺さんが反応しそうな話題を出すことにした。
「白鷺さんが読んでいる、その、TRPGのリプレイって奴に興味が出てね。実は、そのことについて色々教えてもらいたくて――――」
「うん、わかった。喜んで教える。すぐに教える」
早ぁっ!? むしろ食い気味に返事してきたよ!?
「まさか、こんなところで同志とめぐり合えるなんて……」
無表情だったはずの白鷺さんの顔に、ほんの少し笑みが浮かんだ。
てっきり、感情とかが無い人間だと思っていただけに、その威力は絶大。どきゅん、という効果音が頭の中に響いて、僕は思わず胸を抑えてのた打ち回りそうになる。
「それじゃ、まずは簡単なルールから教えるね。あ、使うルールブックは、この『マテリアルワールド』っていうファンタジー系の奴で…………」
そして、僕が悶絶している間に、しっかりと僕の腕は白鷺さんに掴まれていた。その力たるや、まるで、獲物を逃がさないように押さえつけている肉食獣の如し。
こうして、僕は白鷺さんからTRPGについて、みっちりとご指導していただけるようになりましたとさ。
こんな感じで、僕の日常は少しずつ崩れていった。