こんなにも世界は
しばらく白鷺さんと過ごしてみて、印象が大分変わった。
まず一つ、白鷺さんは意外と感情豊かだ。
「佐々木君、つまりTRPGはね、私たちの思考が続く限り無限のストーリーを作ることができる、最高のボードゲームなの。義務教育の中にも取り入れれば……いや、違う。TRPGは遊びだから楽しい。それを強制した時点で、既に楽しみは失われている。ゆえに、私たちは、貴方のような同志が門を叩いてくれるのを待つしかできない……」
「白鷺さん、分かったから。もう八回ぐらい同じ話を聞いたから。というか、もう下校時刻はとっくに過ぎているというか、ほら、もう日が沈んで空が暗くなってきて――――」
「うん、ごめん。実際にやらないとTRPGはやはり楽しみがわからない。つまり、そろそろ実際に遊んでみたい、と」
「違うからね、むしろ早く家に帰りたいからね? だいたい、昨日の今日で、いきなりやろう、といっても準備とか、そういう物があるはずでしょ?」
「初心者向けTRPG『マテリアルワールド』のルールブック。鉛筆。六面サイコロ。キャラクターシート。シナリオ。うん、忘れ物は無し」
「準備万端!? いや、そんなことより、そろそろ帰らないと親にしかられるし。警備員さんが見回りにくるし」
「全部、手回し済み。約束する、貴方に不利益な事実は与えない」
「うわぁい、何者だよ、あんたー」
表面こそ、無表情に近いけれど、良く見ると感情の揺れ動きが分かる。
特に、TRPGが絡んでいると、それはもう、おもちゃを前にした子供みたいに目を輝かせるもんだから、ついつい白鷺さんの付き合い、夜の教室でセッションしてしまったり。あ、ちなみにセッションというのは、TRPGを遊ぶことの呼び名だ。まぁ、カードゲームで戦うことを『デュエル』と呼ぶのと似たような感じ。
ようするに、白鷺さんは感情を表に出すのが苦手なだけで、僕らと同じように笑ったり、泣いたりする当たり前の心を持っているのだ。
二つ目、白鷺さんは意外と照れ屋。
「白鷺さんって、凄い瞳が綺麗だよねー」
「そう」
「白鷺さんの肌、凄くもちもちしてるー」
「うん」
「白鷺さんって、男子から告白されたときとかあるー?」
「ない」
と、転校初日で切り捨てるような発言をしていた白鷺さんだったけれど、後で直接そのことを白鷺さんに訊いてみたところ、「だって、学校とか初めてだったから。恥ずかしくて」とぼそぼそと答えてくれた。
なるほど、相変わらず表には出てないけれど、『顔を真っ赤にしてあわあわと慌てている』くらいの心理状況だったみたい。
と、こんな風に、誤解されやすくはあるけれど、というか、誤解しても仕方ないけれど、僕が二週間ぐらい白鷺さんと放課後、TRPGに付き合い続けた上の結論。
「白鷺さんって、意外と普通の女の子だよね?」
「まさか普通代表みたいな佐々木君に言われるとは」
モブだってことは否定しないよ。
さて、こんな感じで僕と白鷺さんの交流は二週間ほど続き、無事、クラスの雰囲気を軟化させることができた。クラスという集団は、集団の中で孤立している存在があると、どうしてもそっちを意識してしまい、結果、雰囲気や空気が悪くなってしまうのだ。
なので、僕と白鷺さんが放課後一緒に遊ぶような中になれば、自然と空気が戻っていくのは当然である。加えて、白鷺さんも転校初日よりは大分クラスに慣れたらしく、少なくとも、一言目で相手の言葉を断ち切るようなことはしなくなった。良い傾向だと思う。このまま、僕以外のクラスメイトとも交流を持てるようになって欲しい。
まぁ、問題があるとしたら一つだけ。
「佐々木君、今日は一緒に帰ろう。そして、付き合って欲しい」
「あー、うん。TRPGのルールブックを買うのに、ね。うん、大丈夫、誤解はしてないよ」
こうやって僕と白鷺さんは、いつも行動を共にしているわけで。
つまり、客観的に見れば、僕はいつも美少女の白鷺さんと一緒に居るわけで。
それを毎日眺めているクラスメイトがどう思うかというと、
「佐々木の奴、うまくやったよな」
「ああ、転校したばっかりで、クラスに馴染めず、孤立していたところにふと見せる優しさ攻撃とか、さすがだぜ」
「無駄に善人だからな、あいつ。意外と女子の評判もいいし」
「ただ、まさかあの佐々木が彼女を作るとはなー。なんだ? 妬めばいいのか?」
「やめろよ、みっともない。あいつは俺たちがやらなかったことをやってあげただけだ。何もしなかった俺たちがとやかく言う資格はねぇよ」
「そっか、そうだよな」
「ああ、俺たちにできるのは、あいつと白鷺さんを祝福してやることだ」
「だよな。んじゃ、お決まりの奴、いくか?」
「よし、行こうぜ。せーの、で一斉に言うからな」
「声揃えろよー」
クラスの男子どもが一斉にこちらを向く。
うん、その生温かい視線は何かな?
「せーのっ」
そして、にやにや笑顔でこちらを指差しながら、一言。
『末永く爆発しろ!』
ありがとう、そしてくたばれ、バカども。
「佐々木君、さっきのはどういう意味?」
「……あのバカどもが、僕らを恋人か何かだと勘違いしているってことだよ」
無表情に首を傾げる白鷺さんに、僕はため息混じりに答えた。
まったく、僕はモブキャラだというのに。そう、例えるなら、ヒロインの友達とか、そんなんんで、後から出てきた主人公を励ましたり、もしくは当て馬扱いされるような。だってほら、僕って所詮、その程度の存在ですし?
「え?」
だというのに、何故か白鷺さんの口から出たのは疑問の言葉。
「え? 『え?』って、何? 白鷺さん」
「恋人、じゃないの? 私たち」
…………………………ホワイ?
いや、おかしい。おかしいって、絶対。だって、フラグとかいつ立ったのさ? それ以前に、僕はモブであって、主人公でも攻略キャラでも無くてですねー、白鷺さん。
「ふふっ」
と、僕が困惑していると、白鷺さんが珍しく吹き出した。
顔自体は無表情だが、小刻みに体が震えているところを見ると、どうやら笑っているらしい。
「さっきの発言は冗談。ねぇ、驚いた?」
「心臓がブレイクダンスを踊るくらいには、ね」
「うん、さっきの佐々木君の顔、とても面白かった」
そりゃー、よかったですねぇ。
まさか白鷺さんがそんな冗談言うとは思わなくて、目が回りそうだったよ。
僕が「へふぅー」と情けなく息を漏らしていると、白鷺さんは思い出したように言葉を付け加えた。
「でも、私と佐々木君は友達…………でしょ?」
どこか不安げに訊く白鷺さん。
一見すると無表情なんだけど、良く見ると、うっすら無表情の中に、不安の色が見られるのだ。と、こんな感じに白鷺さんの表情が分かるようになったし、毎日放課後一緒に遊んでいるしね。
「当たり前じゃん」
これくらい、気取って言っても良いと思うんだ。
正直、僕はちょっと浮かれていた。
美少女転校生である白鷺さんと友達になって、毎日、TRPGをやったりしながら遊んで、それなりに仲良くなって。
うん、ちょっとどころじゃないね、かなり浮かれていたよ、僕。
平々凡々だった日常が終わって、これから僕の青春が始まるんじゃないかな? とか、そんな風に思い上がっていた。
ずっと続くと思っていた平穏と平凡が、やっと破られたのかと、歓喜していた。
だから、なのかもしれないね。
「っと、忘れ物しちゃった。ごめん、ちょっと白鷺さん、先行ってていいよ」
「大丈夫、待ってる」
「あー、ごめんね。すぐ戻ってくるから!」
普段だったら嗅ぎ取れた、『不穏』な匂いに、気づけなかったのは。
僕は走る。
教室に忘れた、なんてことはない、ケータイを取ってくるために。あの、牛だか鬼だか分からない不細工な三頭身キャラのストラップが付いている、ケータイだ。
僕は実にいまどきの中学生なので、正直、ケータイを常に装備していないと落ち着かないという、軽い依存症を患っている。
まぁ、そんなことはどうだっていい。
今、肝心なのは――――
「きゃはははっ! きゃはははっ! きゃはははっはははははっはははっはあはははははははははははははっ!!!!」
狂ったように笑う、髪の長い少女が、廊下で座り込んでいることだ。
座り込んで、ざっくざっくと何かを切り刻んでいることだ。
銀色のナイフを、思うが侭に振り回して、切り刻んでいることだ。
その肉は、生気を失った短髪の少女の腹の肉だということだ。
そう――――目の前に、イカレた殺人者が居るってことだ。
僕は、この時初めて思い知らされたんだ。
変わりようが無いと思っていた、僕の平穏で平凡な日常は、まるで子供が作った砂の城のように、あっけなく崩れ去ってしまうものだと。
こんなにも世界は、簡単に変わってしまうんだと。




