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いつも心にBGMを  作者: 六助
異能者
11/45

予想外な出来事

 やばい。

 やばいやばいやばいやばいやばい!

 頭の中の警鐘が鳴り止まない。

 呼吸が荒い。

 目の前がぐにゃりと、ゆがみそうだ。

「ごっほ!?」

 生臭い匂いが肺に入り、思わず咳き込む。

 そこで、長髪の少女がこちらに気づく。

「きゃはははは――――あはっ。新しい生贄が見つかりました、魔王様!」

 長すぎる前髪に隠れているが、その顔は満面の笑みに染まっていた。

 狂気の色に、染まっていた。

「あ、あぁ……」

 やばいやばい、ていうかなんで殺して? 殺人? この制服ってことは同じ学校? いや、どっきり? そうだ、こんなの、あるはずがな――――――正気を保て! 佐々木幹二!!

「ひぃはっ!」

 横薙ぎに振るわれるナイフを、僕は間一髪、屈んで避ける。

「お?」

「っだらぁ!」

 そして、よろけたところに渾身の前蹴りを入れる。女の子だからって関係ない、容赦なく腹部にぶち込んだ。

 唸り声を上げて、その場にうずくまる長髪の少女。

 僕はその隙に、全力でその場から離脱。ひたすら足を動かし、腕を振り、一刻も早くここから逃げようとする。

 しかし、逃げ出した僕の目の前には、いつの間にか、長髪の少女が。

 とっくに置き去りにしたはずの殺人者が、なぜか、僕の前に。

「魔王様より賜りし、【空間跳躍】の力。あなたみたいな生贄が、凡愚が、拝めることを幸運に思いなさい!」

 ずるり。

 そんな音がしたかと思うと、長髪の少女が何も無いはずの空間に入り込む。

 空気しか存在しないはずなのに、まるで紙を破いたような境目に入り込み、同じ、ずるりと長髪の少女が目の前の空間から這い出てくる。

「死ね!」

 あまりにも直接的な言葉。

 ボブギャラリーの無さに呆れつつも、首筋に迫るナイフに目を剝き――――

「死にません。というか、とても痛い」

 反射的に左手が庇い、切りつけられた。

 他人に傷つけられるという経験が余り無い僕は、傷よりも、『傷つけられた』事実に動揺しそうになるけれど、そこは根性で捻じ伏せる。

 そして、素早く後ずさり、威嚇するように睨みつけた。

 内心はとても焦っていて、軽く泣きそうだけど、表面上は余裕ぶって取り繕う。確か、こういう状況下にこそ、外面が大切だとなんかの漫画で書いてあった気がするし。

 いきなりで動揺したけれど、冷静に対処すれば、きっと何とか逃げられるはず。【空間跳躍】とか、わけの分からないことを言っていたけど、とりあえず、相手の視界に入らない場所に逃げ込んでみよう。どんな仕掛けか分からないけど、あの女子が消えてからまた出現するまでにタイムラグがあったことは確かだ。なら最悪、止まらず、ひたすら逃げ続ければ良い。

 そんな風に、必死に左手の痛みに耐えながら頭を回転させていると、

「佐々木君?」

 熱した鉄の棒で頭を突き刺されたかのような、衝撃が奔った。

 この、声はっ! なんで、ここにっ!?

「どうして、佐々木君が?」

 僕が睨みつける長髪の少女の先、十メートルほどの廊下。

 そこには、白鷺さんが小首を傾げてこちらを眺めていた。その様子を見るに、とてもこの状況を理解しているとは思えない。

 恐らく、いつまで経っても戻ってこない僕を心配して、僕の後を追ってきてくれたのだろう。冷たそうに見えるが、白鷺さんは意外に優しい人なのだ。

 だけど、今はその優しさが致命的だった。

「あははっ、新しい生贄だー。しかも極上! うん、魔王様も凡愚より、美少女がいいはず」

 恐ろしい勢いで白鷺さんの方を向いた長髪の少女は、僕には目もくれず、哄笑を上げながら叫ぶ。

「きゃははっ! 魔王様ぁ! 今すぐ生贄お届けしますぅ!」

 今度こそ、僕はちゃんと見た。

 長髪の少女が銀のナイフを振るい、空間を切り裂き、その狭間へ入っていくのを。

 白鷺さんの前に訪れるのは、ほんの数瞬後。

 その数瞬が、僕にはなぜかとても長く感じられた。

 極限状況下、加速された思考で僕は考える。

 今、白鷺さんを見捨てて逃げれば、僕はきっと助かるだろう。【空間跳躍】とかほざいていたあれも、僕がどこに居るか分からない状況が、意味を為さない。幾ら瞬間移動できたとしても、場所が知られなければ巻くのは簡単だろう。

 僕は凡人だ、ヒーローじゃない。

 僕はモブだ、主人公じゃない。

 どうせ、僕が見捨てたとしても、主人公が颯爽に登場して、白鷺さんを救ってくれるんじゃないかな? んでもって、そこからラブコメ混じりの学園異能バトルが始まったり。

 …………仕方ない、仕方ないんだ。

 僕は死にたくない。

 命が惜しい。

 綺麗ごとなんて、知るか! そんなもん、知るか!

 生きたい、とにかく生きたい。

 ヒーローや、主人公みたいな真似なんて、できるかよ。

 僕は凡庸で、平凡で、どうでもいいそこら辺に居るモブキャラだから。

「ああ……」

 だから、これはきっと何かの間違いなんだと思う。

「う、うぁあああああああああああああああああああああああっ!!」

 こんな雄たけびを上げて、必死になって、白鷺さんの元へ走る僕。

 空間を切り裂いて現れる長髪の少女。

 振るわれるナイフ。

 間一髪で白鷺さんの目の前に飛び出せた僕。

 目を見開く白鷺さんの表情が、一瞬だけど、確かに目の端で見えた。

 そして、振るわれたナイフはそのまま僕の胸元に――――――

「かっけぇな、惚れるぜ、旦那」

 きぃん、という何かが弾かれた音。

 聞き覚えのある声の、聞きなれない口調。

 二つの不可解が重なって、僕の頭をがんじがらめにしていく。

 ただ、これだけは確かだろう。

「安心しな、旦那。ここからは、おれっちたちのターンだ」

 どうやら僕は、なんとか生き延びているらしい。

 僕の命を救ったのは、疾風の如く現れた一匹の狼だった。

 黒い毛皮に、白銀の瞳を輝かせた、『しゃべる』狼。それが、僕を狙ったナイフを弾き飛ばし、命を救ってくれた。

 そして、その狼は、なぜか白鷺さんの声をしていて、

「……ケリー。あの狂った人を楽にしてあげて」

「いいんかい? マスター。一応、旦那の前だぜ?」

「いいの。いずれは、こうなることになっていたはずだから」

 本来の声の主である白鷺さんと、ごく普通に会話している。なんというか、狼が普通にしゃべっているというよりは、狼の喉から白鷺さんの声が漏れ出ている感じだ。なので、どちらかといえば、会話というよりも、一人で白鷺さんの独り舞台のようだった。

「何をごちゃごちゃ話しているの! 生贄風情が!」

 自分を無視されて苛立ったのか、長髪の少女は白鷺さんの首を絞め殺さんばかりの勢いで、掴みかかる。

 その行動は、おおよそ喧嘩や戦いの素人である僕でも、短慮であることが分かった。

「哀れだぜぃ。己の弱さを魔法に憑かれて、この様か」

「え?」

 気づいたときにはもう遅い。

 長髪の少女はあっという間に狼に組み伏せられ、その牙を喉元へ突きつけられている。

 そう、気づくべきだったのだ。

 猟銃を持たない人間は、狼という獣より、圧倒的に弱い存在なのだと。

「やれ、ケリー」

「あいよ、マスター」

 冷たい声で命令を送る白鷺さん。

 ケリーと呼ばれた狼は、白鷺さんの命令に従ったのだろう。その鋭い牙を、長髪の少女の喉を、どすりと、貫いた。

「――――――」

 長髪の少女は、急所を貫かれたため、断末魔さえ上げることなく死んだ。

 あれほど怖く、理不尽で死をもたらすような存在だった長髪の少女は、クラスメイトの一言によって、あっさりと死んだ。

 僕の友達の声をした、狼が殺した。

「……【空想友達イマジナリーフレンド】解除」

 白鷺さんが何かを呟くと、しゃべる狼はその場でふっと掻き消えた。まるで、最初から存在していなかったかのように。

 僕は、呆然と死体を眺めてから、白鷺さんへ視線を移す。

「…………残念よ、佐々木君」

 白鷺さんは無表情だった。

 何の感情も浮かんでいない顔だった。

「貴方とは、もう少しだけ友達で居たかった」

 感情とは無縁の、起伏の少ない声で白鷺さんは僕に告げる。

 無機質な、まるでロボットのように動いて、僕に背を向ける。

「さようなら」

 感情の無い、言葉。

 ―――――――――――――――――――――――本当に?

「はい、ストップ」

「ふぇ?」

 気づくと、僕はこの場から立ち去ろうとする白鷺さんを引き止めていた。しかも、おもいっきり、彼女の手を握って。

 僕の行動が予想外だったのか、白鷺さんは今まで見たことの無い顔で、驚いていた。

「いろいろ言いたいことがあるけどさぁ……とりあえず、白鷺さん」

 つーか、それ以上に僕が驚いていた。

 おいおい、僕は何を言おうとしているんだよ? やめるなら今だぞ。つか、そんな事言っても、後々後悔するぞ? とか、そんな制止の言葉が脳内を巡っているが、あいにく、僕の口は滑りやすいので、今更止まれない。


「勝手に友達やめないでくれるかな?」


「う、あ」

 今日は本当に色々予想外なことがたくさんあった。

 けど、一番予想外だったのは、

「ありがとう、佐々木君」

 微笑を浮かべて振り返る白鷺さんの瞳から、一筋の透明な雫がこぼれていたことだった。


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