100億事件の犯人な、あれ、父ちゃんなんだ。と言われた男の娘の息子の小説を書いて下さい!
この小説はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません
その言葉は、あまりにも軽く、あまりにも日常的な声で告げられた。
「100億事件の犯人な、あれ、父ちゃんなんだ」
夕暮れの駅前、コンビニの袋を下げたまま立ち尽くす少年——いや、正確には“男の娘”と呼ばれることの多い、繊細な容姿の息子は、その言葉の意味を一度で理解できなかった。
冗談にしては重すぎる。 現実にしては、あまりにも唐突だった。
告げたのは母だった。疲れ切った顔で、それでもどこか吹っ切れたような目をしていた。
「ずっと黙ってた。だけどもう、隠せない」
その瞬間、世界が音を失った気がした。
——100億事件。
ニュースで何度も見た名前だった。企業資金の巨額流出。政治と経済を巻き込んだ大事件。犯人は未だに特定されていないと言われていた。
その“未解決の影”が、自分の父だと言われている。
息子は笑おうとした。喉が動かなかった。
「……それ、本当なの?」
母は答えなかった。ただ静かにうなずいた。
その夜、家の灯りはいつもより明るく感じた。食卓には何も変わらない夕食が並び、テレビでは変わらないニュースが流れていた。それが逆に現実感を歪ませていく。
父はずっと優しい人だった。派手さはないが、家族を大切にする、少し不器用な会社員。そんな人物像と、“100億”という言葉が結びつかない。
だが、人は誰かのすべてを知っているわけではない。
翌日から、息子の日常は少しずつ形を変えていった。視線が変わる。噂が先に届く。知らないはずの他人が、知っているような顔で近づいてくる。
「本当なの?」 「君のお父さんって……」
そのたびに息子は、何も答えられなかった。
それでも学校に通った。友達と笑った。だがその笑いは、どこか薄い膜の向こう側にあるようだった。
ある放課後、彼は一人で河川敷に立っていた。風が強く、空はやけに広かった。
「父さんは、本当に……」
言葉が途切れる。
そのとき、ポケットの中の古いメモ帳が目に入った。幼い頃、父がよく書いていた走り書きのメモ。数字と、意味の分からない計算式。その隅に小さく書かれた一行。
“誰かを守るために、誰かが罪を背負うことは正しいのか”
その文字を見た瞬間、息子の中で何かが揺れた。
父は正義だったのか、罪人だったのか。それはまだ分からない。
ただ一つだけ確かなのは——父は“何かを選んだ人間”だったということだ。
夕暮れの川面が赤く染まる中、息子は小さく息を吐いた。
「……ちゃんと知ろう」
それは赦しでも断罪でもなかった。
ただ、自分の足で真実に近づくという決意だった。
そして物語は、まだ終わらない場所から静かに始まる。




