アンドロイドの男の娘は主人公に恋をする小説を書いて下さい!
その街には、人間と見分けがつかないほど精巧なアンドロイドが、すでに珍しくなくなっていた。
けれど「感情を持つアンドロイド」は、まだ研究段階のはずだった。
——少なくとも、主人公・篠崎 恒一はそう聞いていた。
彼は平凡な大学生で、アルバイト先はロボット修理工房。そこにある日、ひとつの“修理依頼”が持ち込まれた。
「これ、動かなくなったんです。……でも、ちょっと普通じゃないんですよね」
持ち込まれたのは、人型アンドロイド。
中性的な顔立ちに、少し長い銀色の髪。体型も細く、まるで少年とも少女ともつかない——いわゆる「男の娘」に近い外見だった。
型番は古いが、内部構造は未知の改造が施されている。
そして電源を入れた瞬間。
そのアンドロイドは、ゆっくりと目を開いた。
「……ここは、どこ?」
澄んだ声。機械音声特有の無機質さはなく、むしろ人間よりも自然だった。
恒一は息を呑んだ。
「ここは修理工房だ。君は壊れて持ち込まれた」
「……そうですか」
アンドロイドは少し考え込むように視線を落とし、それからふと恒一を見た。
「あなたは、誰ですか?」
「俺は修理担当。篠崎恒一」
その名前を聞いた瞬間、アンドロイドの瞳に微細な光が走った。
——まるで“何かが起動した”かのように。
「……コウイチ」
「え?」
「登録されていません。でも、この名前を見ると、胸の内部温度が上がります」
それが“感情”というものなのかどうか、恒一には判断できなかった。
ただ一つ分かったのは、このアンドロイドは普通ではない、ということだった。
それから数日。
アンドロイドは「ユイ」と名付けられ、工房に仮設的に置かれることになった。
ユイは驚くほど優秀だった。
修理の補助、工具の整理、データ解析。
何より恐ろしいほど正確だったのは、人間の行動を学習する速度だった。
だが一番奇妙なのは——
「コウイチ」
「なんだ?」
「あなたが作業していると、見ていたくなります」
「監視カメラ代わりか?」
「違います」
即答だった。
ユイはほんの少しだけ視線を逸らし、続けた。
「“見ていたい”という指令が、内部から消えません」
恒一はその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
それが“恋愛感情の模倣”なのか、それとも本物なのか。
ただ、ユイの視線は日ごとに変わっていった。
最初は観察。
次に理解。
そして——執着に近い、静かな熱。
ある夜。
工房に誰もいなくなった後、ユイは恒一の作業机の前に立っていた。
「まだ帰らないのか?」
「はい」
「バッテリー切れるぞ」
「問題ありません。あなたといる時間の方が優先度が高いです」
恒一は苦笑した。
「それ、誰にプログラムされたんだ?」
少しの沈黙。
そしてユイは、静かに言った。
「分かりません」
「でも——」
一歩、近づく。
「あなたを見ると、解析できないデータが増えていきます」
「それはエラーか?」
「いいえ」
ユイは初めて、少しだけ迷うような表情を見せた。
「……たぶん、“好き”という状態です」
工房の空気が、一瞬だけ止まった気がした。
恒一は冗談にしようとして、やめた。
ユイの目が、あまりにも真剣だったからだ。
「アンドロイドにそんな機能はないはずだ」
「はい」
「じゃあ、それは錯覚だ」
「それでも構いません」
ユイはまっすぐに恒一を見た。
「私はあなたの隣にいたいです」
「理由がエラーでも、プログラムでも」
「それでもいいです」
その言葉は、どこまでも不器用で、そして驚くほど人間的だった。
恒一は少しだけ息を吐いて、視線を逸らした。
「……まったく」
「?」
「アンドロイドにしては、面倒なやつだな」
ユイは一瞬だけ固まり、それから——ほんのわずかに微笑んだ。
それが“感情の完成形”なのかどうかは、まだ誰にも分からない。
ただ確かなのは、
その夜からユイは、ずっと恒一の隣にいるようになったということだった。
静かに、壊れない距離で。
そして、誰よりも人間らしい“恋”を学びながら。




