表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第七魔王戦記 ~少女魔王は戦場にて微笑む~  作者: 猫じゃらし
第2部  調停者の戦場 第1章 廃墟から城砦へ
63/103

第63話 城壁が立つ

 ガリンが「今日で終わる」と言ったのは、朝食の最中だった。


 隣の若いドワーフが「本当ですか」と聞くと、「当たり前だ」と短く言って立ち上がった。パンを手に持ったまま外へ出ていった。


 ナナはその背中を見ていた。


(予定より2週間早い)


 ガリンたちが来て、城壁修復の進み方が変わった。積み方が変わり、固定が変わり、毎朝日が昇る前から作業が始まるようになった。ヴォルクが指揮を取り、30名がガリンの手順を繰り返した。最初は戸惑っていた者も、今は迷わず動いていた。


 食堂でオズが帳簿を開いていた。


「今日で第一区画が完成する見込みです」


「はい」


「完成すれば城壁南側の防御が安定します。農地の拡張も進められます」


「分かりました」


 オズが帳簿を閉じた。それからもう一つ付け加えた。


「ヴェルナー公爵からの返答は、今週末か来週初めかと思われます。完成の報告が届いてから公爵が判断するでしょうから」


「そうですね」


 オズが食堂を出た。ナナはしばらく、空になった自分のパン皿を見ていた。


(城壁が立つ。次は居住区の拡張、農地の開墾、食料の自立——順番に来る。ヴェルナーとの協定が動けば資金の柱がもう一本立つ)


(計算通りだ。ヴァルが聞いたら何と言うだろう)


 その考えが来た瞬間、止めた。返事はないと分かっている。



 昼前になると、城壁からガリンの声が一際大きくなった。


「そこだ。最後の石を入れろ」


 ヴォルクが指示を飛ばした。カルが石を持ち上げた。ダリオが横から支えた。ゆっくりと、隙間に収まっていった。


 石が収まった瞬間、ガリンが「よし」とだけ言った。


 静かな声だったが、城壁の上にいた全員が止まった。


 それから誰かが笑った。それが広がった。声になった。


 ナナは中庭から見ていた。城壁の上で、30名とガリンたちドワーフが混ざって立っていた。汗をかいていた。顔が光っていた。誰かの肩を誰かが叩いた。


(立った)


 それだけだった。それ以上の言葉が来なかった。



「全員上がれ」


 ガリンが言った。


 城壁の上に全員が集まった。30名とドワーフ職人、ナナ、グリム、リーゼ、オズ、ヴォルク、カル、ダリオ。リシュアも端の方に立っていた。リーファが精霊族2人を連れてきた。


 城壁の上から見える景色が変わっていた。


 南の平野が広がっていた。農地が見えた。開墾が進んでいた。ターニが指示を出しているのが小さく見えた。畝が整然と並んでいた。


 居住区が見えた。ガリンの設計図通りに家が並び始めていた。道が通っていた。まだ骨格だけの家もあったが、それでも区画の形が見えた。


 市場の屋根が見えた。今日も商人が来ていた。人が集まっていた。


 ガリンが腕を組んで南を見ていた。ひげを少し動かした。


「——まあ、ドワーフの仕事はこういうものだ」


 誰かが笑った。ガリンが「何がおかしい」と言った。また笑いが広がった。


 ヴォルクが静かに城壁の縁に手を置いた。農地を見ていた。


「あそこで開墾している者の半分以上は、2ヶ月前に南から来た難民です」


 隣にいたカルが農地の方向を見た。


「俺たちも、あそこで鍬を振ったことがある」


「はい」


 カルが少し間を置いた。それから続けた。


「略奪してた頃は、こういうものを作るとは思ってなかった。壊す方が早いと思ってた」


 ヴォルクが答えなかった。しばらく農地を見てから、静かに言った。


「作る方が、時間がかかります。ただし——崩れにくい」


 カルがその言葉を聞いていた。返事はしなかったが、頷いた。


 ナナはその会話を少し離れたところで聞いていた。


(ヴォルクもカルも、来た時は別々だった。今は同じ城壁の上にいる)


(廃墟から来て、今ここに立っている)



 夜になった。


 夕食が終わり、人が散らばった後、グリムが城壁に上がった。


 ナナが後から来た。


 グリムは南を見ていた。松明の明かりが農地にいくつかあった。ターニが夜の見回りをしていた。居住区の窓に灯が点いていた。市場は閉まっていたが、その輪郭が中庭に残っていた。


 グリムが腕を組んだまま、長い間動かなかった。


 ナナも黙って城壁の縁に立った。2人で南を見ていた。


 風が来た。農地の方から土の匂いがした。


 グリムが口を開いた。


「……立ってきたな」


「はい」


 また沈黙があった。グリムが農地を見ていた。居住区を見ていた。


「お前が見ていたものは、これか?」


 ナナは少し間を置いた。


「これだけではありません」


「そうか」


「まだあります」


 グリムが少し動いた。ナナの方へ角度を変えて、確認するように見た。


「何がある?」


 ナナが南を見たまま答えた。


「食料が安定します。居住区が整います。ギルドの窓口が機能します。クレモア様との交渉が動きます。ヴェルナー公爵との協定が資金を安定させます。その先に——」


「その先は?」


「今は言えません」


 グリムが短く笑った。声には出さなかったが、肩が少し動いた。


「……お前は昔から、全部は言わないな」


「言えるようになったら言います」


「そうか」


 グリムが再び南を向いた。農地の松明が揺れていた。ターニが方向を変えたのか、明かりが少し移動した。


(グリムが「立ってきたな」と言った。ヴァルが消えた時、ここには城壁も農地も市場もなかった。30名もいなかった)


(今は全部ある)


 それが嬉しいのか、重いのか、ナナ自身には分からなかった。ただ——城壁が立っていて、農地に明かりがあって、グリムが隣にいた。それだけのことが、今夜は十分だった。


「グリム」


「なんだ」


「ありがとうございます」


 グリムが少し間を置いた。


「俺に礼を言うな」


「なぜですか?」


「俺もここで戦っている。礼を言う相手が違う」


 ナナは少し考えた。


「では——一緒にここにいてくれて、ありがとうございます」


 グリムが答えなかった。長い沈黙があった。城壁の下で誰かが水を汲む音がした。ターニの松明が農地を一周して、やがて居住区の方へ消えた。


 グリムが先に降りた。


 ナナは少しの間、一人で城壁の上に残った。


 グリムは最後まで「そうか」とも言わなかった。それがなぜか、ナナには分かる気がした。


(これだけではない。まだある)


 南の農地は暗くなっていた。それでも、ターニが歩いた跡がどこかに残っているような気がした。


 ナナは城壁を降りた。



 3日後、ファルクが来た。


 ヴェルナー公爵の使者として前に来た時と同じ黒い外套だったが、馬から降りた後の歩き方が違った。城壁を見上げた。農地を見た。市場を見た。前回は観察していたが、今回は——確かめているような目だった。


「公爵閣下からのご返答です」


 文書を渡した。ナナが受け取り、封蝋を確認してから開いた。


 ヴェルナー公爵の署名があった。条件の承諾が記されていた。食料供給・情報共有・互いの領域への不干渉、3つの項目すべてに公爵の確認が入っていた。


(承諾した。協定が動く)


「食料の第一便は明後日に届きます。麦と干し肉を中心に。公爵閣下から、以降は月ごとに届けると」


「ありがとうございます」


 ファルクが少し間を置いた。それから付け加えた。


「公爵閣下は——あなたのことを、かなり真剣に見ています。警戒ではなく、関心として」


「分かりました」


「それだけです」


 ファルクが一礼して、馬へ向かった。


 オズがすぐ傍に来た。帳簿を開きながら歩いてきた。


「食料供給が月単位で確定しました。現在の3割自給と合わせれば、来月から食料の不安がほぼなくなります」


「分かりました」


「ストーンフォールへの石材輸送費の精算も来月で終わります。黒字転換は再来月を見込んでいます」


「収支が安定してきますね」


「はい。ただし金貨の温存は続けてください」


「分かっています」


 オズが帳簿を閉じた。それから城壁の方を見た。


「……良い3日間でしたね」


 ナナは少し間を置いた。


「はい」


 オズが頷いて、食堂の方へ戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ