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逃亡聖女と不死の騎士は、神なき世界で生きると誓う  作者: 八坂 葵


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第2話 英雄の過去と、揺れる心

「わっ、何するんですか」


 私は手を慌てて引っ込める。

 手の甲とは言え、男の人から口づけなんて。

 聖女として――

 ……そうだ。もう、捨てたんだった。


「むっ? すまん。貴方へ剣を捧げるという意味合いなのだが、今はそういった習慣はなくなったのか?」


 その言葉で思い出した。

 王城の騎士が女王への忠誠を誓う時にこれをやっていた。

 口はつけずに、唇を寄せるだけ。

 ジークフリード様はそれと同じことをしただけだ。


「すいません、私がそういう場に出たことがなかったので」


「いや、構わん。私も三百年ぶりの世の中で、何がどう変わったか、エリアナの話以外のことは何も分からんのだ」


「あのー、もしかして今までの私の話って全部聞こえてたってことですか?」


 ジークフリード様は顔を明後日の方向に向けて、頬を掻きながら、


「ん……聞く気はなかったのだが、意識はあるし耳は塞げんしで、致し方なかったのだ。許せ」


 そう言って私に向き直り頭を下げてきた。

 あぁ、かなり恥ずかしい泣き言や文句をたくさん言ってた気がする。

 頬がとても熱くなってきて、手をパタパタさせて風を送り、熱を冷まそうとするが簡単に収まりそうにない。


「い、いえ。お耳汚し、失礼いたしました」


 そう言うのが精一杯だった。


 ◇◆◇


 私たちは教会の食堂へ移動した。


 食事をとるためだが、干し肉でいいと言うジークフリード様に対して、三百年ぶりの食事なのだから胃に優しいものをと、私がパン粥を作ることを強引に納得させたのだ。


 薄味のパン粥に渋い顔を見せるジークフリード様を見ていると、とても英雄になんか見えない。


 年齢こそ私よりも上みたいだけど、まるで子どもを見ているようだ。

 そんな安心感からか、私はふと気になったことを聞いてみた。


「それで、ジークフリード様は何故このようなところで石像に? ここが龍との決戦の場だったのですか?」


「エリアナ、ジークでよい。最早私は一介の騎士ですらないのだからな」


「そう……でしたね。私同様、王国から狙われていたのでした」


 私の言葉に彼は驚きの表情を浮かべる。

 そして私の目をまっすぐに見てこう聞いてきた。


「エリアナは国の中枢を担っていたのか?」


「えっ!? そんなわけありません。私はただ、知ってはいけない秘密を聞いてしまっただけで……」


「秘密?」


「はい。父と殿下が話していたんです。もし英雄が復活したら、『自分たちが英雄を騙し討ちにした事実』が露見するから、なんとしても食い止めろと」


 私の言葉に、ジーク様はハッとしたように目を見開いた。


「……そうか。奴らは、荒れ果てた国をまとめるために『英雄の名誉』だけが欲しかったのか」


「え?」


「私は『破滅の龍』の血を取り込み不老不死になっていた。殺そうにも殺せなかったのだろう。だから……」


 ジーク様の拳が、ギリリと握りしめられる。


「教会と手を組み、龍の血を媒介に石化の呪いをかけ、私を『生きたまま』封印したのだな。……邪魔な私を消し去り、都合の良い伝説だけを残すために」


 それを聞いた私の両頬をつぅと涙が伝う。

 いったいこの人が何をしたというのだ。

 国を救った英雄に、名誉が欲しいというだけで、そこまで非道な行いが出来るなんて……。


「しかし、貴女が来てからの五日間は光に満ち溢れた世界のように感じられた。貴女は私の身体だけではない、心も救ってくれた。まさしく『聖女』の名にふさわしい。心から感謝する」


 感謝しているだけのはずなのに、その言葉を向けられると胸が少し苦しくなった。


 ジーク様は椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。

 どうしてこの人はここまで人に優しくいられるんだろう?

 世の中すべてを恨んでも仕方ないほどの扱いをされているのに。


「……怒りは残らないのですか?」


「最初はあったさ。しかし当人は亡くなっている。その子孫に当たったところで、この思いは決して晴れることはないだろう」


「それと、エリアナの話を聞くうちに、不条理なことをするような恥ずべき『騎士』にはなりたくない、そう思うようになったのだ。……私自身が、恥ずべき存在になりかけていたからな」


 その笑顔に至るまで、どのくらいの悩める夜を過ごしたのだろう。

 私の話が彼の、英雄の心の救済に繋がったのならば、とても嬉しく思った。


「それで、貴女はこれからどうするつもりだ?」


「えっ、え、ええと。王国から追っ手を出されてますし、一緒にいてはジーク様に迷惑がかかるので、どこかにまた身を隠そうかと」


 そう言うと大きなため息をつかれた。


「私の話を聞いていなかったのか? 私の命は君のために使う。そう言っただろう」


「そ、そんなことをしてもらうのは申し訳なさ過ぎて……」


「私の呪いはなくなったわけではない。貴女の力で抑えられているだけだ。その証拠に、今は魔法が使えなくなっているはずだ」


 まさかっ!

 確かに全部あげるとは言ったけど、魔力がなくなるなんてことはないはず。


 そう思って立ち上がり、小さい結界を張ろうとすると、練り上げた魔力が全て彼の身体に吸い込まれていく。


 まるで片足がなくなったかのような衝撃を覚え、力なく私は椅子に座り込む。

 魔力が……魔法が使えない。

 こんな日がくるとは思いもしなかった。


「だから守ると言ったのだ。あともう一つ、これは今の貴女にはとても頼みづらいことなのだが……」


「何でしょうか?」


「破滅の龍が復活する」


 …………


 いきなりの言葉に言葉を失う。

 国を崩壊寸前まで追い込んだ、三百年前の悪夢がまた蘇る?

 私が身を抱えると同時に、体の奥から止めようのない震えが走る。


「そ、それは……確かですか?」


「奴の血がまだ体内に残っている。おかげで不老不死なのだともいえるが、この血に含まれる魔力が日に日に強さを増しているのだ。おそらくヤツと繋がっているのだろう」


 そう言うとお腹の辺りを手で押さえる。

 それを見る視線はとても暗く、同時に怒りに燃えた目をしている。


「今度こそヤツを滅し、この呪いから脱却したい。その為の旅に……貴女の、聖女の力、知恵を貸してくれないだろうか。頼むっ! もはや頼めるものが他にはいないのだ」


 床に土下座の状態で頭をこすりつけ、彼はギュッと目を閉じて真剣に願ってきた。


 こんな時の願いが届かない絶望は、私が何度も味わってきたので一番よく知っている。

 裏切られても世を呪うことなく、ただ自らの騎士道に向き合おうとする彼。


 龍と戦うとか考えられない。

 逃げたい。怖い。正直、全部放り出したい。


 だけど――ここで逃げたら奇跡を返さない神と同じ存在に成り下がる。

 これが正しい判断かは分からない。

 けれど、せめて彼の前では胸を張って応えられる『人』でいたい。そう思う。


「分かりました。魔力のない私がどこまで力になれるか分かりませんが、あなたが必要とするなら共にまいりましょう」


 そう言って、土下座をする彼の肩に手を置く。


「だからもう頭を上げてください。騎士様がそのような姿を軽々しく人に見せるものではありませんよ」


「ふふっ、さすが聖女様の言葉には力があるな。思わず顔を上げさせられたよ」


 顔を上げ、笑顔を見せた彼の表情は一瞬少年のような純粋さも見える。

 その表情を見た瞬間、胸の奥がトクンと跳ねた。

 理由は分からない。

 ただ、見てはいけないものを見た気がした。


(ちょ、ちょっとビックリしただけ。そう、別に変な意味はないよね)


 何故か自分に言い訳をしながら、私も微笑み返す。


「貴女と共に旅が出来れば……不思議だが、辛い旅でも耐えられる気がする」


 その時、教会の入り口の方で複数の人達の話し声が聞こえてきた。

 魔物から逃げてきた人たちが頼ってきたのかもしれない。

 私とジーク様は急いで部屋を出て入り口へと向かった。


 ◇◆◇


 入口には完全武装をした騎士が五人。

 軽装の従者が十人と、そこそこの人数が集まっていた。

 詳しく見るまでもない。

 王国の騎士たちだ。


「エリアナ・クルス。王族への不敬、教会への反逆、そして死罪からの度重なる逃避。もはや容赦はできん。ここで処刑してくれる!」


 彼の、ジーク様の呪いを解くという約束。

 さっきしたばかりの約束に私はまだ何も関われていない。

 こんなところで死んでたまるものか!


 そう思いながらも、あのギリギリの逃避行を思い出し、身体が震えるのは止めようがなかった。


「おい、そこの男。貴様は何者だ? 女を匿うなら同罪だぞ」


 騎士の一人が、邪魔そうにジーク様を睨みつける。


 そうか、彼らは知らないのだ。

 目の前にいるのが、騎士学校で必ず習うはずの『伝説の英雄』本人だということを。

 錆びついた鎧も、ボロボロのマントも、今の彼らにとってはただの薄汚い浮浪者にしか見えないのだろう。


「どけ! 邪魔だ!」


 先頭の騎士が、ジーク様の胸倉を掴もうと手を伸ばす。

 その手が届くより早く――


「その命令、撤回してもらおうか」


 ドォン!

 石の床が、彼の一歩だけで蜘蛛の巣状にひび割れた。

 踏み込みの衝撃だけで、礼拝堂全体が揺れる。


「ひっ……!?」


 手を伸ばした騎士が、腰を抜かして後退る。

 ジーク様は剣に手すら掛けていない。

 彼は私を庇うように、半歩だけ前に出た。


「俺の聖女に触れるな」


 静かなその一言は圧倒的な闘気をまとい、この場の空気を固めたかのような錯覚を覚えさせた。


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