ピンクステーキと裏事情
「この前のお礼がしたいから、ステーキご馳走させて頂戴よ?」
銀河の果て、長距離ワームホールから少し離れたところにあるステーキ店。あの日、店の厨房で地球のヒトデのように倒れていたマスターから連絡がきた。体調もすっかり良くなったそうだ。
私の返事はもちろんYes!
またまた休みをもぎ取って、ステーキ店にやってきた。マスターが倒れて以来、店は閉めていたが、あの日マスター救助に奔走した長距離宇宙トラックドライバー達に、お礼のステーキを振舞うため特別に開けてくれているそうだ。ウキウキと宇宙船のドッキングハッチを抜け、エアロックを開けると、桃色のマスターが笑顔?で出迎えてくれた。一緒にいるのは娘さんかな?
マスター鼻?の長さも戻っていて安心した。モルルン人は体調悪くなると、鼻が短くなるのかな?
「先日は父を助けていただいて、本当にありがとうございました。」
やっぱり娘さんだった。
「マスターのステーキと、マスターのファンだから、マスターのためにできることがあってよかったよ。」
娘さんにそう言うと、頭?らしき所にある?8つの目?が険しく眇められた。
娘さん曰く、モルルン人のお祝いのステーキは、子供を授かった妊婦に、しっかりと栄養をつけさせるために行われている習慣で、昔は妊婦しか口にできない、本当に特別なステーキだったそうだ。でも最近は、子供を授かったお祝いに、妊婦とその親族みんなで食べるようになってきたらしい。
「父のステーキは親族中から評判で、子供を授かった親族たちは、みな父のステーキを食べたがりました。父も人を喜ばせることが好きなので、リクエストがあればステーキを振舞い、父のステーキを栄養にして生まれてきた子供は、私と父の鼻の数を足しても足りないくらいです。」
マスターの鼻は12本、娘さんの鼻は8本あるから、20人以上いるってことか。店内の壁にみっちりと飾られているマスターと親族が一緒に映った写真の量にもうなずける。
でもマスターがこのステーキの店を開きたいと言った時には、親族中が大反対だったそう。なぜなら、モルルン人のお祝いのステーキは、モルルン人の鼻のぶつ切りをジューシーに焼いたものだから。
私が美味しい美味しいと食べていたステーキはモルルン人の鼻だった。
モルルン人って共食いするの?あ…だからお祝いの席だけの特別のステーキなのか?ん?じゃあマスターが焼いてくれた鼻は誰の鼻なんだ?
「親族みんなに反対されたけど、私は鼻が多いし、すぐ生えるし、大丈夫なのに~と思って、内緒でこっそりお店開いたの」
そう言いながらマスターは、チリチリと温められた鉄板に載った分厚いステーキを私の前に置いた。色は桃色。ピンクステーキだ。
なるほど。マスターのステーキはマスター産だったと。そりゃマスターの色とステーキの色が毎回リンクするよね。
長距離宇宙トラックドライバー達しかお客が来なかった時は、需要と供給のバランスが上手くいっていたが、宇宙グルメサイトで拡散されてからは、連日訪れる大量のお客に、マスターの供給が間に合わなくなって、限界を迎えた状態が、あの、つんつるてん虹色マスターだったということか。
モルルン人は生命の危機に見舞われたときに、最大の力を発揮する状態が虹色なんだって。あのレインボーステーキはマスターの命の輝き。だから、あれほど異常なまでに美味しかったのか。
で。改めて目の前でジュージューと湯気を立てるピンクステーキを見る。めっちゃ美味しそう。でも、これがマスターの鼻だと分かった今、食べることに戸惑いを覚える。地球人には同族を食べる習慣はないし、むしろタブーとされている。
「いっぱい食べてくださいね。まだまだ沢山焼きますよ。」
ニコニコ笑顔のマスター。マスターを見ると涎がじわっと溢れる。だめだ。好意を持っている、友達だと思っている相手を『美味しそう』と思うなんて。
宇宙に数多ある星。そこに住む人達は、姿かたち、文化、習慣、みんな違う。それらを地球人の尺度で断罪していては、多様な星の人たちとの良好な関係は築けない。まずは相手のことを受け入れて、自分の良心とすり合わせ、妥協点を見つけていくしかない。
時には難しい時もあるが、ジュージューと湯気を立てるピンクステーキを前にして、溢れる涎をぬぐいながら私は必死に考える。憂いなくピンクステーキを食べる方法を。




