37・それって、秘密の共有になるのかな?
僕の風竜の息吹と楠の水竜の刃によって綺麗にベヒモスの皮がはがされていく。皮を剝ぐのは以前やっているので、大きさは違えど要領は分かっている。脳筋さんは何か調べているのか、ベヒモスをあれこれ触ったりしている。
氷の上に出ている部分の皮を剥ぎ終える頃には、脳筋さんは別のベヒモスの調査まで行っていた。
「終わりましたよ」
僕が声を掛けると脳筋さんも調査を止めてこちらへとやって来て、しげしげと皮を見る。
「これだけ皮があればあの穴倉も喜ぶだろう。しばらく顔を会わさずに済みそうだ」
などと言っている。この、カバと恐竜を掛け合わせたような魔獣の皮が一体何に使えるのかとも思ったが、その強度から様々な使い道があるらしく、最高品質の革鎧が作れるのはもちろん、耐久性の高さから家具にもなり、装飾品にまで仕上げることがあるらしい。用途は多く、剥いだ皮の多さを考えると、二桁単位の革製防具や装飾品が作れるのは間違いない。
そして、脳筋さんが行っていた調査の結果、当初教会で予測されていた以上の異常肥大が起きていたらしいが、山を下りるまでにはもう少し余裕があったというだろう予測が出来たらしい。
「こいつらは図体の割に周りの食害も少ない。ベヒモスの異常発生が起きたのではなく、肥大化だけが多く発生したんだろう。放っておいても我々が動くほどの被害は出なかったかも知れん」
との事だった。
それって、やっぱりドワーフ製の弓が使ってみたくてここまでやって来たって事なんじゃ?
ちょっと呆れたような目で脳筋さんを見ていると、複数の気配が近付いている事に気が付いた。
「ん?どうやら何か向かってきているらしいな。サオリ、氷を溶かして隠れるぞ」
脳筋さんがそう言うと、楠は一瞬で氷を溶かし、3人で近くに身を隠した。
しばらくすると対岸に複数の人間が現れる。僕は彼らに気付かれない程度に風向きを調整し、会話に聞き耳を立てることにした。
「おかしいな。強大な魔力を感じたんだが」
そんな声が聞こえた。その声は赤石だったような。
「赤石さん、ベヒモスだよ。ちょっと試してみても良いかな?」
うん、そうらしい。そして、一緒にいるって事は、何て言ったっけ?梶の知り合いだ。
「ああ、良いだろう。本多の実力がどれ程か見せて見ろ」
そうそう、本多だった。
「ねえ、なんだか風から魔力を感じない?」
という女の声。たしか、あのグループに居たな。名前までは憶えていない。
「ベヒモスがこれだけいるんだ。魔力くらい感じるさ。近藤は神経質すぎるんだ」
という本多の声。そんな名前だったかな。
「ファイア・ランス!」
本多がそう呪文を唱えると、浮かんでいた皮をはぎ取ったベヒモスへと火の矢が飛んできた。命中した火の矢は燃え上がり、ベヒモスの肉を炭へと変える。
「これは加護持ちに匹敵する威力じゃないか?」
という赤石の喜んだ声が聞こえる。
「やはり、自分の全力であればあの巨大ベヒモスすらをも倒せる!」
「あれ、すでに死んで浮かんでただけにも見えたけど。防御力が高くて弱点の無い相手だから、威力は確かよね?たぶん・・・・・・」
本多は納得し、近藤は少々不審がりながらも、威力自体は認めている。
「大型は他に居ないらしい。雑魚が町へ降りて来てもアイツらだけで処理できるだろう。こんなところで時間を無駄にしている場合じゃない」
という赤石。
「確かに。赤石さんや自分たちは帰還しなければ!」
「そうそう。他の奴らなんてさっさと魔法陣の生贄にしちゃおうよ。バカなヤンキーも良いけど、さっさと陰キャとあのハーレム潰せば、私たち還れるんじゃない?」
「そう焦るな。加護持ちは教会だけでなく、白石たちのパーティにも居ると聞いた。生贄は多い方が良いはずだ。彼らも我々の為になるんだから、喜んでくれるはずだ」
「そうだ。自分も赤石さんが言う通りだと思う。それに、還ればこれだけのハンディを与えてなお、自分らに敵わない特進連中の悔しそうな顔を見るのが待ち遠しい」
という話をしている3人。何言ってんだろう?
そんな話をしながら彼らはこの場を後にして去っていく。
「ふむ。アイツらはバカなのか?」
僕と共に彼らの話を聞いていた脳筋さんがその様に尋ねてくる。
「たぶん、僕より賢いはずですよ」
と答えると、脳筋さんは首を傾げた。
「その、賢いというのはどういうことだ?世の中には穴倉の様なオカシイ奴もいる。アイツも鍛冶や細工の腕は王を名乗るほどに優れているが、『賢い』には程遠いぞ。教会には賢者という魔法研究者も居るが、アイツにしても魔力の流れや魔法の発動状態を見る力と操る力はあるが、考え方が酷く歪だ」
と、ある意味核心を突いて来る。たしかに、親が政治家、弁護士、医師というあの3人。法学部や医学部へ進むという意味での学力は特進すら凌駕しているだろう。しかし、白石たちに言わせると、あの3人や仲間たちは「悪賢い奴ら」になるらしい。確かに悪いうわさも聞くし、校則や法律の抜け穴や隙間を縫う様な「悪い事」をしていて、教師の中でも良い印象は無いらしい。
「鍛冶王や賢者よりも、貴族とか商人に近いんじゃない?」
と、楠が僕より先に答える。
「なるほど、そうか。それは残念だ。たしかに、貴族や商人ならば、煽て賺しで還送魔法陣を信じるかもしれんな。チンゼー以来の研究で、未だ魔法陣の理論証明さえできていない代物を」
僕は驚きの目で脳筋さんを見た。
「何だ?我らエルフには常識だ。チンゼーの子孫である我らは、ゲンケとかいうケンタの国にある貴族を継ぐ資格があるはずだからな。一時期、チンゼーを追いやったゲンケの地位を我らが取り戻すという考えも存在した。その為に研究を始めたのが還送魔法陣だ。サブローも興味を示して協力したそうだが、千年実現しない魔法だ。タンペイレンに開発できるほど簡単ではない」
そう言って、僕の顎に手を置く。
「ケンタだから話すのだ。我が伴侶。ケンタの一族に連なるサオリも知る資格はあるだろう」
それって、秘密の共有になるのかな?神聖国は既に無理という結論に至っているけれど、エルフは気長に研究してたんだ。その事にも驚いた。




