36・脳筋さんが何か悔しそうに言っていた
ようやく高山トレイルという苦行から解放されるという安ど感と相変わらずの絶壁歩きやフリークライミングを続け、ようやくまともに歩ける峰へと降り立ち、辺りを見回す余裕も出て来た。
「あれ?」
そこで何となく、タンペイレンがあるであろう方角の山脈から魔法らしき気配を感じ取った。と言っても、何かが行われているという程度の感覚で、その詳細を知るすべは無いんだけど。
「ほう、分かるか。どうやら討伐隊が居るらしいな」
という脳筋さん。詳しい内容までは分からないが、複数の魔法が放たれているという事だった。
「じゃあ、あっちにベヒモスってのが居るって事?」
という楠。そう言えばベヒモスがどんな奴なのか全く聞いていないし、いつもの事ながら説明などしようとしない。
「いや、居ないだろうな。池や湖の場所は分かるか?」
と、楠に聞く脳筋さん。そう言えば楠って水精霊の加護があるからそう言うの分かるんだろうか。
「湖か池ならこの先にあるみたい。結構大きな感じがするけど」
と、やはり分かるらしく、自信をもって進行方向を示す。
「ベヒモスはそこに居るはずだ。ケンタ。異常肥大した個体以外は討伐の必要はない」
脳筋さんはそれだけ言うとスタスタと歩きやすくなったガレ場を降りていく。その先には疎らな林が広がっているのが見て取れた。
しばらく進むと森林限界を超え、ようやく山の自然を眺めながらの登山へと風景が変わる。それに比例して高山地帯ではほとんど出会わなかった動物や魔獣の気配が復活してきている。
そんな林の中を進む事しばらく、それまでとは比較にならない魔獣の気配が多数感じられるようになってきた。
それに僕が気付いた途端、脳筋さんが足を止めた。
「また異常肥大化した個体が増えたのか?これは予想以上に多くなっているかもしれん」
立ち止まった脳筋さんはそんな事を言って前方の峰を睨んでいたが、なぜかチラッと僕を見て、前進を再開した。何だったんだろうか。
そして、ドンドン気配が強くなり、なるほど、10体くらいの大型魔獣が居そうな気配がしている。それを感じながら、これまでとは違い、木々を頼りに険しい急斜面を登り、稜線へとたどり着くと、そこから望む光景は、湖というには小さく、池というには大きな水面が広がっていた。
「なにあれ」
楠が驚くのも無理はない。その池というか湖を泳ぐ大きな獣は周りの木々から推察するととても大きいことが分かる。
「アレがベヒモスだ。異常肥大している個体の周りに居るのが、本来のベヒモスの成体だ」
という脳筋さんの説明を聞くと、その大きさが余計に際立って見える。
本来の個体で通学バスくらいというサイズ感がありそうで、異常肥大した個体の方は二階建ての家ほどには大きい。ほんと、「なにあれ」って言いたい。
「たしか、成体には普通の剣や槍、矢が通らないんでしょ?魔法も弾く場合があるんだっけ」
と、楠が確認する。
「そうだ。異常肥大した個体にはエルフの弓も効果が薄い。精霊の加護持ちでなければ、無理だろうな」
なるほど、人に会いたくないというのもあったけど、3人組を連れて来ても助っ人にならないんだ。それなら少数精鋭も頷けるか。
脳筋さんは早速弓を取り出し、異常肥大した個体を狙うらしい。それを見て僕も弓を手にして矢を番える。
当然、最強に設定して放った征矢が異常肥大した個体に突き刺さるが、一撃じゃ効果が薄いのかな?周りを警戒するように見回している。
「アイツは鱗ではなく分厚い皮だ。ヒュドラみたいな明確な弱点は思った以上に少ないぞ」
と、脳筋さんに指摘された。首の皮なら薄いかと思ったけど、そんな事は無いらしい。そう思って脳筋さんの射線を追うと、挑発するように鼻や耳を狙い、威嚇で口を開けたところへと一撃を見舞っていた。
それを見て僕も先ほどの個体へと2射目を放ち、すぐさま次を番えて待つ。そして、耳に刺さって大口を開けたところへと一撃を加えた。
そうやって何とか7体を2人で倒したのだが、どうやら僕らに気が付いたらしい。こちらへと向かって来ようと水面を移動している。
「任せて。水から上がる前に動きを止めればいいんでしょ!」
そう言って楠が斜面を駆け降り、開けた水辺へと陣取った。それを見つけたベヒモスたちの一団が楠めがけて殺到していく。
一体でも減らそうと水上を移動するベヒモスへと矢を射かけ、まずは集まった通常個体を減らしていく。どうやら脳筋さんも呼応してくれている。
通常個体は仲間がやられるにつれて少しずつ集団から離れて行き、水際まで迫ってきたのは4頭の異常肥大個体と6頭の通常個体だけだった。
「氷結!」
ベヒモスが間近に迫った時、楠が凍結魔法を使い、周りの水面を凍らせていく。速度の速かった異常肥大個体は止まる事も出来ずに魔法範囲へと突入し、そのまま体の大半を氷に閉じ込められてしまっている。
「よくやった!」
脳筋さんがそう叫んで追撃するように矢を浴びせかけて行く。僕もそれに倣って矢を浴びせている時、ふと脳筋さんの射線が見える事に気が付いた。
それを追って僕も合わせるように矢を放って行く。
「ほう、見えるようになったか」
脳筋さんは嬉しそうにそう言って、次々と矢を放ち、僕がそれに合わせて行く。
凍結させてから20射も射た頃には生きているベヒモスは居なくなっていた。
「終わったな。一番近い個体の皮を剥いで帰るぞ」
脳筋さんがそう言うと、氷の上を歩いていく。僕もそれに続き、楠と合流した。
「この皮、ホント硬い」
槍で突きながら楠がそんな事を愚痴っている。そんなに硬いのかと、僕もリリーサーから風竜の息吹を出現させて突き立ててみると、結構簡単に切れて行った。
「なんで!?」
楠が驚いているが、僕にも分からない。
「あの穴倉、やるな。風竜の牙をここまで武器に仕上げていたのか。サオリ、お前の槍も水竜の技が使えるんじゃないか?」
そう言う脳筋さんの話を聞いて、楠も何か思い当たる事があったらしい。
「ウォータジェット!」
超高圧水流の刃を出現させてベヒモスを切り裂いていった。
「あの穴倉、竜系素材の使い手として十分腕がある。ドワーフにしておくのがもったいないが、所詮は穴倉だから仕方が無いな」
と、脳筋さんが何か悔しそうに言っていた。




