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魔王インヘリテンス  作者: Moscow mule
エピローグ
20/20

エピローグ 【魔王の部屋】

 これで終わりです。


 魔王城には唯一、魔王にしか入れない場所がある。

 歴代魔王が代々使用しているその部屋は、魔王の玉座のある魔王城東の塔の最上階にある。


 もっともガゼルがその部屋を訪れたのは、自身が魔王となってから数年ほど時間がたってからだ。

 魔王就任のいざこざを済ませ、ガゼルが眠っていた間に色々とたまっていた執務――人間達と休戦してしまったがために職にあぶれた軍人の再雇用案件や、新種の農作物の実用化。

 新たな魔王に顔見せに来た大魔境各地の上級貴族に、席の空いた四天魔将へと自分の力をアピールする者たちとの面会。

 更にはドワーフやエルフとの貿易協定に、しまいに現れた東の山の黒龍の被害。


 新任の魔王の業務としては苛烈を極めただろう。


 周囲からは世継ぎの誕生などが望まれたが、正直子作りにいそしんでいる暇などない。

 ただでさえ魔人は寿命が長い代わりに受胎率が低いのだ。

 家庭を大事にしてほしいならばもう少しガゼルの仕事を減らしてほしいものである。

 ヴォルザードが無数に側室を持てる立場にありながらどうして結局ティア一人しか子供をなし得なかったのか、ガゼルにはここ数年でよくわかった。


 執務をミサに押し付け、軍人を農夫と警備隊に割り振り、面会者を軽くあしらい、先日ようやく黒龍討伐から帰還した。

 例の如く《光の太刀》でなんとか討伐できたが、なんとも魔王としては頼りない戦闘力であるな、とガゼルは自身を戒める。


 もっともそのガゼルよりも強い者が今の大魔境には存在しないことも事実だ。

 戦神ボレアスはガゼル自身で倒し、ゼラはスレイマンに撃たれ、スレイマンは片腕を失った。

 ディースはいまだ五体満足だが、一対一の単体性能としてはガゼルと並ぶか、少し劣る程度だろう。

 必然的に黒龍討伐はガゼルの仕事となってしまった。


 帰還したガゼルを待っていたのは、ミサからの大量の執務の押し付けに、かまってちゃんの妹レイア、スレイマンの剣の稽古の申し出に、ティアの夜の誘い。


 なんとか全てこなし疲れ果てたガゼルは魔王として調べなければならないことがある、といって休暇をとり、この魔王の私室を訪れることにしたのだ。


 よくヴォルザードと面会をした玉座の裏手に、その私室はある。


 階段をのぼり、大きなホールにたどり着く。

 上座にあるのが金が散りばめられた豪華かつ、いかにも威厳のある玉座。

 今現在ここに座ることが許されるのはガゼルただ一人だが、ガゼルがこの玉座に座り面会をすることはほとんどない。

 そもそもヴォルザードがこの玉座を使っていたのも、魔王の私室から近いからという理由だ。

 それは、ガゼルが魔王となった今も変わらず、東の塔中腹にある小さな私室を使っているガゼルからすれば、わざわざ階段を上ってまで玉座を使うメリットは薄い。


 そんな見慣れつつも、座りなれない玉座を素通りし、裏手の廊下に出る。

 魔王の私室はわかりやすく、真正面に見つかった。

 周りには清掃用のメイドがいるが、彼女たちも魔王の私室にだけは入ることはできない。これは代々決められたルールのようだ。

 そしてこの部屋にカギはついていない。

 魔王に仇名す者などいない―――あってはならないという信念が込められているらしいが、ガゼルとしては流石につけた方がいいと考えている。


 特に間を置くこともなく、ガゼルはドアノブに手をかけた。

 やはりカギなど無いようで、軽い音がして、扉は開いた。


 中はなんの変哲もないただの個室だった。

 サイズが少し大きめなだけの質素な個室だ。

 普通の木製の机と椅子。

 本棚とベッドのみが置かれた私室だ。


 ―――拍子抜けだな。


 何かを期待していたわけではないが、代々魔王しか入れない、というからには何かがあると思ったのだ。


 ため息をつきながらガゼルは書斎の椅子に座る。


「―――!?」


 ――瞬間、景色が変わった。


 先ほどまで薄紫色の壁に覆われた質素な部屋にいたはずのガゼルは、一面が森に囲われた森の中にいた。

 椅子だと思っていたものは丸太に変わり、ベッドがあった位置は小さな池になっている。


「――どういうことだ?」


 左右何処を見渡しても同じような木が立つばかりで、一体何が起きたのか判断材料に乏しい。

 考えられるとしたら転移か幻術か。

 いずれにせよ武器・・・相棒の赤龍剣を持ってきていて良かったと思う。


 注意深く回りをみると、池の方からほんの少し小道が続いているのが見えた。

 ガゼルは慎重にその小道を進むことにした。


 小道の先は開けており、ガゼルの目に飛び込んできたのは小さな丘と、その上にポツンと立つ小さな家だった。

 その木造と思われる小さな家に近づくほど、ガゼルの鼓動は早くなっていた。


 ―――いる。


 その家の中に感じるのはかつてないほど強大な存在感、プレッシャーだ。


 しかし、ガゼルはその歩みをやめない。

 圧倒的強者がいると思われるその小屋に向かって、むしろ駆け足気味に歩み寄る。


 間違えるはずもない。

 強大で、尊大で、何よりも憧れ、何よりも多くのことをガゼルに教えた男だ。

 ガゼルは家の扉を開けた。


「――――やっぱり、生きてたんですね」


 そしてそう呟いた。





 可愛らしい木造の小さな家に、いかにもそれが似合わないような男が二人、席を共にしていた。


 片方は灰色の髪に浅黒い肌。

 鋭い眼光が魅力的な若い青年だ。


 もう一人は、燃えるような赤髪に、すらりとした体躯。

 青年と同じく鋭い眼光ではあるが、青年と違い初老を感じさせる男性。


 青年――ガゼルは驚きつつも、どこか納得したような心境だった。


 そもそも初めからおかしかったのだ。

 史上最強とまで言われた大魔王が、団子をのどに詰まらせただけで死亡するなど。


 ―――そう、ガゼルの目の前にいる赤髪の男こそ、ティアの父にして《魔王》ヴォルザード・サイアー・ハドリアヌスである。


「それにしても―――思っていたよりも早かったよ。向こう十年は忙しいと思っていたからね」


「無理やり休暇を貰ったので」


「ははは、そうか」


 困惑するガゼルをよそ眼にヴォルザードは話し始めた。


「ここは・・・魔王として認められた者が、魔王室の椅子に座ると転移する場所だ」


「―――転移、というとここは魔王城とはどこか別の場所ということですか?」


 聞きたいことは山ほどあったが、おそらく全てを話してくれるのだろう。

 ガゼルはヴォルザードの話に耳を傾ける。


「そうだ。魔王城から遠く西の果て―――人間領でも奥地と言われる未開の大森林の土地だ」


「何故魔王城からこんなところに転移を?」


「――さあ」


 ヴォルザードにもこんな仕組みがある理由はよくわからないらしい。


「ただ、魔王というのは死ぬと、はるか西に魂が召されると聞いたことがある」


 もしかしたらそれがここなのかもしれないな、とヴォルザードはにやつきながらいう。


「これを作った3代目様は変わり者だったらしいからな。何故かなど私にはわからんよ」


「そうですか・・・」


 ヴォルザードは手元にあるカップを手に取り、紅茶を注ぐ。


「さて、聞きたいことも多いだろうが、何から話そうか・・・」


 やはりヴォルザードは聞きたいことを教えてくれるようだ。

 ガゼルは黙って聞くことにした。


 ヴォルザードは数秒の思案の末、話し出した。


「―――私はね、今まで家族を顧みることがなかった」


「家族?」


「そうだ。そのせいで妻も死なせてしまったようなものだ」


 ヴォルザードの表情からはその心情を読み取ることはできない。


「そして残された娘に対して、私はどう接していいかわからなかった。厳しくすればいいのか、甘やかせばいいのか。・・・距離を置いてしまっては意味がなかったのだがね」


 今度はすこし寂しそうな表情を読み取ることができる。


「結果娘はひねくれて育ってしまったようだ」


 確かに・・・出会った少女はひねくれたいたずらっ子だった。

 ガゼルも印象に残っている。

 あの時のいたずらっ子がまさか後に妻になるとは夢にも思っていなかった。


「私は何とか娘のためになるようなことがしたかった。――勿論その方法などわからなかったがね。仕事を理由にして逃げ続けた情けない父親さ」


 ヴォルザードはそういいながら紅茶をすする。

 ガゼルも紅茶を自分のカップに注いだ。

 とても香りの良い高級品だ。


「――丁度君を拾った頃だったかな。娘が変わりだした。執事もメイドも驚くほどの変貌ぶりだ。私も、話してみて驚いた。そんじょそこらの上級貴族などよりも優れた器量を持っていたのだ。親バカかもしれないが、私は彼女を仕事に関らせることにした」


 その時分はガゼルにとっても懐かしい。

 淑女として成長していくティアにはガゼルも驚かされてばかりだった。


「しかし決して親子として良好な関係だったかというとそうではない。どちらかと言えば上司と部下。とてもではないが特別なことはしてやれなかったと思う」


「だからって・・・・」


 ガゼルは薄々話の流れを理解したような気がした。


「そんなもどかしく過ごしていたとき、私は娘に想い人がいることを知った。奇遇にもそれは私が拾い育ててきた部下――まるで息子のようにね」


「・・・・・・」


 ガゼルは黙ったままだ。


「私は決意した。娘の想いが報われるためならば何でもしよう、とね。最高の舞台で最高の結末を終えて、娘が一番幸せになれるように、私は計画を実行に移した」


「――やはりあの時、ボレアスは躓いたのではなかったのですね」


 ヴォルザードが仕組んだ計画だということを聞いて、ガゼルは真っ先にボレアスとの一騎打ちの決定的な瞬間を思い出した。

 最後――まさにガゼルにトドメを刺そうとしたあのとき、ボレアスは何もない空間に躓いた。

 結果的にそれが光を太刀を打ち込む隙を生んだ決定的な瞬間だ。


 ほかにも、死体の偽造に、遺書にかけられた魔法。

 ヴォルザードが仕掛けたとしても不思議はない。


「はは、やはりばれていたか。流石にあの時はひやひやしたよ」


 軽く笑うヴォルザード。

 ヴォルザードならば姿を隠した状態で試合に干渉するなど朝飯前だろう。


「ふ、あなたのおかげで実際よりも明らかに過度な戦闘力を期待されるようになりましたよ」


 ガゼルもやるせなく微笑む。


「そんなことはないさ。確かに精神的には以前よりは脆弱だったかもしれないが、君らの予想のようにボレアスの戦闘力は弱体化などしてなかったからね」


「!?」


 流石にガゼルは目を丸くして驚く。

 ボレアスが弱体化していなかったのだとしたらなぜガゼルがあそこまで切迫した一騎打ちを繰り広げることができたのか。


「そもそもボレアスに呪術をかけたのは私だ。ゼラ程度の能力で戦神の加護を突破することは不可能なのでな」


「―――まさかそんな――」


 ヴォルザードの発言にさらなる驚きを隠せないガゼル。 


「その私が言うのだから間違いない。あの呪術にそのような効果は存在しないのだ。弱体化のような効果を得るには呪術での洗脳ではなく、本人の自己暗示が必要になる」


「ではだとしたら何故―――」


「簡単だよ」


 ガゼルの問いを待たずにヴォルザードは答える。


「もともと、君とボレアスの実力は拮抗していたのだよ」


 どこかティアに似ている表情をしながらヴォルザードは自信気に言う。


「――宰相になった時点で、君の戦闘力は少なくとも一騎打ちにおいて他の四天魔将に後れをとるようなものではなかった。まあ私が君を前線に送らない上、文官の仕事ばかりさせるのだから誰も気づかないのは仕方がないことだ。なにせぱっと見の魔力量自体はそこら辺の上級魔人にも劣る君だ」


 ヴォルザードの言によると、《光の太刀》というのは魔族にとってそれほどの脅威であるということだ。

 ヴォルザードですら扱えないその技をガゼルが扱えるというのは、ガゼルが生まれつき聖属性への耐性が強いからだという。


「勇者王の光の太刀を耐えるなど、私でも恐らく不可能だ」


 ヴォルザードは苦笑する。


 驚きの事実の中、ガゼルはそれでも一つの可能性に思い当たる。

 ガゼルが宰相になる前・・・・もしかしたら出会う前からヴォルザードがこの計画を立てていたとしたら・・・・・。


「―――一体いつから、計画を開始していたのですか?」


 少し冷たい顔をしていただろうか、ガゼルは低い声で問う。

 ヴォルザードは察した様にすぐに答えた。


「勘違いはしないでくれ。いくら私でもそこまではしない。君の妹がゼラのもとにいたのは完全なる偶然だよ。確かにそういう事実は知ってはいたが、教えるわけにはいかなかった。私が死ぬ前に内戦となるのは避けなければならないからね」


 そもそもレイアがさらわれる時点でヴォルザードの計画が始まっていたとしたら―――とガゼルは考えたのだ。

 不可能に思えるが、この目の前の男は未来も過去もなんでも見通すような怪物だ。

 もしもヴォルザードが否定しなければ、ガゼルはこの場でヴォルザードに切りかかっていたに違いない。


「――さて、話が逸れたが・・・別にこれ以上話すこともないか」


「そうですね。大方完全にあなたのシナリオ通りに計画は終わったのでしょう?」


「まあ、概ねそうだな。君が一騎打ちの後寝込んでしまうのは予想外だったがね。起こすのが大変だったよ」


 起こす―――ということはやはりあの時夢の中で響いた声はヴォルザードのものだったということか。


「そうだ、私が起きることを、皆に知らせてくれたのも貴方でしょう? ありがとうございます」


「いいさ。もう私にできることは少ないからね」


 ヴォルザードはそう、寂しそうに言う。


「・・・・これからどうするつもりですか?」


「旅に出る。人間の地へね。もう大魔境に戻ることはあるまい」


 君に任せたのだから、と軽く添えるヴォルザード。 


「人間の地―――ですか」


 ガゼルも、遠い目をするヴォルザードに一抹の寂しさを感じながら聞き返す。


「ああ、何故我々が人間と長く戦い続けているのか、そもそも本当に戦うべき相手なのか、自分の目で見極めてみたいと思ってね」


 予想通りというか予想外というかヴォルザードの思考はやはり単なる魔族の域には収まらないのだろう。


「―――ティアには言いますか?」


 ヴォルザード―――父は生きているということをティアに教えるべきだろうか。

 きっと・・・生きていることを知ればティアは喜ぶだろう。


「無論駄目だ。私は過去の人だ。もう乗り越えた者に私の存在は不要だろう。もしもばらしたら、君に呪いをかける」


「どのような呪いを?」


「一生自分の子供に嫌われる呪いだ」


「それは勘弁してもらいたいですね」


「だろう?」


 二人は顔を見合わせ、お互いに苦笑する。

 こんな他愛もない会話をしている二人が、世界の半分を手にする魔族の王だとは、一目見ただけでは想像できないだろう。


「さて、ではそろそろ行くとしよう」


 ヴォルザードは立ち上がり、扉の方へとゆっくりと歩く。

 その姿は優雅そのもの。

 ガゼルは黙って見送る。


「ガゼル」


「はい」


 扉の前に立ち、ヴォルザードは振り向かずにガゼルの名を呼ぶ。


「家族を大切にするように。決して私のようになるな」


 ヴォルザードの声は低く、しかし優しい声だ。


「――――ティアをよろしく頼む」


 ガゼルが返事をしようとした瞬間、ガチャリと扉が開く音とともに、突風がガゼルの顔をかすめた。

 風はすぐに収まったが、空いたままの扉の先に、すでにヴォルザードはいなかった。

 外に出ると、残り香のように暖かい風が、美しい庭に吹いていた。


「相変わらずお早いことで」


 そう言いながら、ガゼルは歩を進める。

 もうここに来ることもないだろう。

 地位を捨て、自由となったヴォルザードと違って、ガゼルが背負うものはいまだ多い。


「さあ帰ろう」


 大魔境とは違い、透き通るように真っ青な大空を見上げながら、ガゼルは呟く。

 ふと振り返ると、先ほどまでいた可愛らしい小屋は、相変わらずなだらかな丘の上にちょこんと建っている。

 この可愛らしい小屋を、《魔王》が建てたと考えると、いささかそのギャップに笑みがこぼれる。

 しかしガゼルの目の端に、小さなオブジェクトが目に入った。


 少し歩みを止めて注視してみると、それは遊具だった。


 なだらかな丘の下腹部に設置されたいくつかの遊具は、明らかに小さな子供が遊ぶためのものだ。


 魔王が作った空間に遊具が置かれている――その事実からはいささか想像できないが、もしかしたら、歴代の魔王たちはここに子供を連れてきて遊ばせたのかもしれない。

 魔王職という忙しい業務から逃げるため、誰も入っては行けない魔王部屋の中に、家族と心を安らぐことができる場所を設けたのではないか―――。


「なんてな。考えすぎか」


 そこまでいって、ガゼルは思考をやめた。

 今は自分も無性に家族に会いたい。

 愛すべき妻と妹。彼女たちの場所が、ガゼルの居場所なのだ。




               魔王インヘリテンス―――完


 ここまで読んでくれた方、いるかはわかりませんが、本当にありがとうございます。

 この作品は、初めて私が最後まで完結させることができた作品です。

 もっとも、完走させることしか考えていなかったのか、内容もしっちゃかめっちゃかで、文章も今見ると酷い物でしたし、あんまり満足できるような作品ではありませんでしたね。


 しかし、読み返すいい機会にはなったと思います。

 これを書いた時に何気なく記憶に残った単語は、後に書いたものにも出てきており、少し感慨深い気持ちになりました。


 この作品『魔王インヘリテンス』に関しては、今後特にいじるつもりはありません。

 誤字などに気づけば修正しますが、そのくらいです。

 とりあえず『異世界転生変奏曲』を先に終わらせようと思っています。


 では、後書きはこの程度にさせていただきます。

 重ね重ねですが、私の稚拙な文をここまで読んでくださって、ありがとうございました!

 またどこかでお会いできれば幸いです!


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