第二話「予兆の暗雲」 2
「あ、ルトレーじゃない。お帰り」
先の自分と同じようにテーブルへ突っ伏した彼――ルトレーに、ワタシは声を掛けた。
「帰ってきたって事は、終わったの? 例の調査」
「終わったっつーか、まぁようやくひと段落ついたって感じだな……あー、ホント疲れた」
「お疲れさま。ほら、気付けに冷たい水でも飲んで」
卓中央からコップを一つ手に取り、水差しから中身を注いで少年の手元に置く。気だるそうに上体を起こし、ルトレーは冷水をちびちびと飲み始めた。目元に深い隈が生じている事から察するに、彼もまた、睡眠時間を投げ売った重労働に勤しんでいたのだろう。
「何か、新しい発見はあったかい?」
「全然っすよ」
ミナーシェの問いかけに、蒼髪の少年はげんなりとした溜息をついた。
「どうやら、めぼしいモノは粗方出尽くしたっぽいです。書類とかは現在進行形で発掘されてますけど、既に壊滅した組織の作戦プランとかの情報を得ても仕方ないですし」
「内通者のリストは?」
「見つかったという報告は上がってないっすね。多分ですけど、重要文書の類は漏洩しないよう、早々に破棄されていたと思います。フーレンスさん、そういう部分にはかなり気を配ってたんじゃないかなと」
「そうか……有益な情報が新しく出てこないとなると、王国内部に潜り込んでいた者を炙り出しきるに
は、まだ時間が掛かりそうだね」
水色髪の青年は神妙な面持ちでティーカップに口付ける。デザートの林檎を食すワタシの胸中も、重たい気分に支配された。
ルトレーの参加していた任務は、『エリュシール隊と王国正規騎士団による、影の後継者アジト跡地の合同調査』だ。これはミナーシェから聞いた話なのだが。機密情報等の記された重要書類等は、魔術的な隠蔽処理が施されている事も多いらしい。盗人や密偵が忍び入っても持ち出せないよう、或いは肉眼で発見出来ないよう予め魔法で加工しておくのだそうだ。
そういった類の文書を安全に発見する為には、当然ながら魔術に精通している者の力が必要不可欠。
その為、エリュシール隊内で唯一の純魔術士――ワタシも詳しくは知らないが、過去に宮廷で働いていた経験もあるらしい――のルトレーに、白羽の矢が立てられたというわけだ。
「もう成果も出なさそうですし、エリュシールの方は今日中に引き上げになりました。正規騎士団の方は二、三日ほど調査を継続するみたいですけど」
「じゃあ、今回の調査の主な収穫は一つだけって事だね」
「そうですね。例の情報くらいのもんすよ」
「完全なゼロじゃなかった、というのが救いかな……正直、厄介事の増えた感はあるけれども」
「ねえ、例の情報って何?」
二人の会話に、ワタシは口を挟んだ。
「あれ、お前知らないの?」
「うん。あれから暫く城の人達に色々と聴取されっぱなしだったし、最近もちょっとした任務で忙しかったし」
「あ、すいません。てっきり御存知だと思って。僕も伝えるのを忘れていました」
例の情報、というのはですね。ミナーシェはティーカップをソーサーの上へ物音一つ立てず戻しながら、
「影の後継者の行動を支援していた『別の組織』が存在するらしい、という情報です」
「……どういう事?」
寝耳に水の話に、ワタシは思わず目を瞬かせた。
「どういうもこういうも、文字通りの話さ。今回の調査で、『影の後継者が外部から支援を受けている事実』が判明したんだ」
ルトレーはガラスに残る水を一気に飲み干して、
「具体的な名前とかは分からなかったけど、発見された書類の幾つかに、外部から金銭的援助を受けている痕跡が伺えたんだよ。他にも、武器等の必要物資をそちらのルートを介して購入した形跡もあった」
「複数の書簡の内容を照らし合わせた結果、取引相手は個人と考えにくいという結論が出ました。となれば」
「王国に敵意を持つ別組織の線が濃厚……ってわけね」
ミナーシェの言葉の末尾を、ワタシが引き継ぐ。
「そういう事になります」
と、彼は小さく頷いた。
「考えてみればさ、幾らフーレンスさんが有能な人だとしても、組織の活動資金を簡単に調達出来るわけがないんだ。にも関わらず、あれだけ派手に暴れ回っていたんだから、何処かから支援を受けていたって考える方が自然だろ」
「……そうね、言われてみれば」
確かに、ルトレーの指摘は合点のいくものだ。住宅街への放火。祭の最中に爆発を起こす。混乱に乗じた王城への襲撃。影の後継者の活動は、現実世界の過激なテロ行為に酷似していた。
聞くところによると、彼らの活動によって王国の被った損害は相当なものらしい。
それだけ大規模な活動を継続していたのなら、相応の資金源が存在する筈。
別組織の関与は十分に信憑性のある推論だ。しかし。
「ミナーシェ、さっき『厄介事の増えた感がある』って言ってたわよね。もしかして、その別組織に目星が付いてないの?」
「ええ、御明察通りです」
溜息混じりの苦笑と共に、ミナーシェは肩を竦めた。
「何分、先日まで影の後継者の尻尾すら掴めていない状況でしたからね。別組織の関与が浮上したというだけで、城の諜報機関はてんやわんやの大騒ぎみたいですよ。僕も、数日前に初めて小耳に挟みましたから」
「ここ最近、表立って政府に反抗していた大規模組織は影の後継者くらいだったんだ。ごろつきの一味とか、小悪党の集団が農村部を襲撃するような事はあったけどな」
「つまり、相手方は上手に身を隠しているのね」
「まあな。探すのにも骨が折れそうなんだよ、しかも、城の奴らがふがいないせいで、もしかしたら俺達まで捜索に協力する事になるかもしれねえ」
「影の後継者の残党もまだ残っているのに……」
目を伏せた途端、空の食器類が視界に入った。本拠地と指導者を失ったにも関わらず、影の後継者の残党は未だ、王国打倒を掲げて暗躍を重ね続けている。
最近は頻度も下がったとはいえ、彼らのテロ行為は未だ王都の住民を戦慄させ続けている。ワタシは参加していないものの、エリュシールが彼らの掃討作戦に駆り出される事も少なくない。
そのような状況の中、新たに正体不明の別組織が判明したとなれば。『厄介事の増えた感がある』と、ミナーシェが漏らすのも無理はない。




