第一話「影の残滓」 4
「お前……何故ここに!?」
突然、物陰から姿を現した同僚の姿を目の当たりにして、エルッグは動揺を隠せない様子だった。そんな彼に対し、
「いえいえ。偶然、この辺りを通りがかったんですよ」
柔らかな笑みを崩さないまま、ミナーシェは一歩二歩と歩み寄る。そして、
「まぁ、通りがかったのは僕だけでは無いんですけどね」
青年がそのように言葉を続けた途端、薄暗い森の中から真紅の鎧を纏う騎士達が姿を表した。十数名ほどで、そのうちの半数程度は墓地入り口へと通じる道を封鎖し、五人がワタシの元へと向かってくる。残りは、エルッグを囲んだ。ミナーシェを除いて皆、小盾に長剣という基本的な装備をしていた。
「マナミさん、こっちに!」
走り寄ってきた隊士の少年が、ワタシの手を掴んで林の方へと誘導する。エルッグは視線こそ走らせたものの、遠ざかっていくワタシ達を攻撃しようとはしなかった。ワタシを五人の隊士が守っていた事の他、ミナーシェが彼の動きを牽制していた事も一因だろう。もし、エルッグがワタシを狙って一歩動けば、間髪入れず繰り出された槍先が彼の首筋を貫いていたかもしれない。
隊士達と共に十分に離れたところで、ワタシは足を止めて墓地の中心を観察する。ミナーシェを筆頭に、エリュシール隊士達は唯一の脱出口を塞ぐように布陣している。これでは、エルッグもそう易々と逃げられないだろう。まさに袋の鼠だ。
「ここまで来れば一安心です。後はミナーシェさんに任せましょう」
「……あんまり出てくるのが遅いから、ドキドキしたわよ。本当は近くにいないんじゃないかって」
左手を離す少年隊士を、ワタシは苦笑を浮かべて見つめた。背丈は自分と同程度だが、全体的にはまだ十代の幼さを感じさせる容姿をしている。他の隊員と同じ真紅の鎧に包まれた身体は線が細く、品良く切りそろえられた短めの黒髪、十代の幼さを感じさせるあどけない顔立ちも相まって、まるで騎士のように見えない。むしろ、典型的なお坊ちゃまのようだ。
だが、彼の右手に握りしめられたショートソード――微弱だが、大気の痺れるような音を周囲に発散している――と、落ち着き払った武器の構え方は、彼が正規の訓練を受けた戦士である事を暗に証明していた。
「すみません。慎重を要する任務でしたから。合図も出せなくて」
「別に貴方が謝る事じゃないわよ、メッシェ。さっきのはちょっとした冗談」
目を伏せて律儀に謝罪の弁を述べる少年に対し、ワタシは押し寄せてくる安堵感に浸りながら、
「信じてたから。危なくなったら、ちゃんと皆が助けてくれるって」
「そうですか……それなら、良かったです」
少年隊士――メッシェは顔を上げて、ホッとしたように表情を弛めた。一方、広場の中央では。幾つもの墓石を挟んで相対するエルッグとミナーシェ達が、静かな牽制を送り合っていた。
「なるほど……そういう事か」
と、エルッグは自嘲気味に顔を歪め、隊士達に保護されたワタシに視線を走らせる。
「ソイツは裏切り者を炙り出す為の餌……俺はまんまとハメられたってわけだな」
「簡単に言うと、そうなりますね」
穏やかな物腰を崩さないまま、ミナーシェが応答する。また、
「エルッグ・メダストロイ! 影の後継者の一員である貴様を捕縛する!」
「速やかに武装を解除し、我々に投降しろ!」
「抵抗すれば、命の保証は無いぞ!」
敵を取り囲む他の隊士達もまた、口々に声を上げた。彼らの表情や発する声に、かつての同胞に対する躊躇は微塵も見られない。
それもその筈。今、この場にいる者達は、エリュシール隊長であるゼルリックが直々に選抜したメンバーなのだ。
王国に対する忠誠の厚い、まず裏切る事は無いと思われる隊員達が、この捕縛任務を命じられたのである。
従って、国を裏切り悪事に加担した彼に同情の声を掛ける者は、誰一人として存在しない。
「そういう決まりきった文句で、俺が大人しく捕まるとでも思ってんのか?」
「そうであれば良いなと願ってはいるんですけどね。無益な争いは、僕も好みませんから」
「へっ、どうかな……」
エルッグは不敵な笑みを浮かべて長槍を構える青年を見つめた。
「お前からは俺と同じ臭いがプンプンとするぜ。死肉と返り血にまみれた獣の臭いがな」
「何をゴチャゴチャと言っている!」
「時間稼ぎをしても無駄だ! この一帯は既に我々によって包囲されている! 仲間の助けを待っても」
「仲間なんざいなくても、お前等なんか軽く捻り潰してやるよ」
エルッグは両手で握りしめる大剣を正眼で構え直した。その迫力溢れる佇まいに、彼を囲む騎士達は若干怯んだような様子を見せる。
「馬鹿を言うのも体外にしろ! 幾らお前でも、この人数差を覆せるわけが……」
「ソイツはやってみねえと分からねえな!」
大剣士が動いた。地を蹴って走り出し、手近にいた隊士に向かって横薙ぎの攻撃を仕掛ける。
大気を切り裂いて迫り来る巨大な刃は、一般的な長剣では防ぎきれない。
攻撃を仕掛けられた隊士は左手に装着した小盾で素早く身を庇う。
しかし。
豪快な粉砕音と共に、小盾は敢えなく四散した。
「ぐあっ!」
攻撃を食い止めたものの、衝撃は抑えられず。隊士は弾かれたように吹き飛ぶ。十数メートルほど宙空を舞ったところで、彼は何とか体勢を立て直して地面に着地した。
一方。
「貴様ぁー!」
攻撃を受けた仲間の側にいた別の隊士が、小盾を前面に展開しながら突撃した。長剣を振り上げ、地を掛ける勢いそのままに斬りかかる。
進路上に立つエルッグの身体は大剣を振り回した所為で捻れている。傍目から見ても隙だらけな有様。素人目には、隊士の攻撃がそのまま通るかのように思えた。
だが。
「甘いんだよ!」
エルッグは口の端を歪めて笑ったかと思うと、 捩っていた身体をバネのように反対方向へとしならせ、その勢いを利用して再び斬撃を放った。
既に彼へと肉薄しきっていた隊士は、突撃を中止して敵のカウンターに対応するしかなかった。上体を後ろへと仰け反らせながら、掲げていた長剣と小盾で迫りくる大剣を受け止める。
「くっ!」
金属と金属のぶつかる甲高い反響音と同時、隊士の口から苦しげな声が洩れる。次の瞬間、彼の手に握られていた筈の長剣はくるくると宙を舞い、広場の隅に音を立てて転がった。
隊士は手放してしまった武器を取りに向かう事はせず、後退してエルッグとの距離を取る。所々が欠けてしまった盾を構えつつ、予備の短剣を抜いた。どうやら先ほどのショックで右手が痺れたらしく、剣を持つ手を小刻みに揺らしている。
それにしても。エルッグの大剣に視線を向け、ワタシは心中で呟いた。
――最初から分かっちゃいたけど、凄まじい攻撃力ね……。
あれだけの大きさを誇る得物を平然と振り回す。強靱な腕力や脚力が無いと出来ない芸当だ。この場にいる殆どの騎士が装備している小盾は、大剣士である彼への対策手段として選ばれたもの。しかし、現状を省みれば、自分達の認識が甘かったと考えざるを得ないだろう。
元々、エルッグはエリュシールでも有数の大剣使いとして名を馳せていた。この世界に召喚されて日の浅いマナミでも、彼の評判については聞いた事があったくらいだ。その為、彼に関する戦闘のデータは揃っていた筈なのだが――もしかすると、エリュシールに在籍している間、彼は本気で戦った事が一度も無かったのかもしれない。
いずれにしても。この短時間のうちに発揮された彼の実力から推察するに、簡単に捕縛はさせて貰えなさそうだ。




