第一話「影の残滓」 3
「そうこうしているうちに、フーレンス副隊長から直々に誘われたのさ。『今の待遇に不満があるなら、影の後継者に入らないか』ってな」
饒舌に語り続ける青年の口から発せられた単語は、ワタシの意識をまたもや回想へと引き込んだ。
――フーレンス。
彼の名を反芻した途端、切なさにも似た苦しみが胸を苛んだ。かつて、エリュシール副隊長の任に就いていたフーレンス。細やかな気配りの出来る紳士的な男性で、隊員からの信頼も厚く、ワタシも彼を心の底から頼りにしていた。
だが、彼は前述の肩書きの他、『影の後継者のリーダー』というもう一つの顔を持っていた。
表向きはエリュシールの隊士として王都の治安維持に尽力しつつも、裏では国家を転覆させる為に策謀を巡らせていたのだ。
しかし、彼の計画はエリュシールやアーゼンロイス騎士団の活躍により、後一歩というところで瓦解。
アジトの崩落に巻き込まれ、フーレンスはワタシ達の前から姿を消した。
事件以来、王国の調査隊がアジト跡地を捜索しているらしいが、未だ彼の遺体は発見出来ていない。
公式には行方不明扱いだが、小耳に挟んだ話によると、王国上層部では、彼が死亡したと考える者が大多数だと聞く。
しかし、ワタシは今でも、彼は――フーレンスはまだ生きているのだと、強く信じている。
断言出来る確証があるわけではない。でも。
彼に直接、伝えたい言葉があるから――
「副隊長は、俺が王国に対して不満を抱いている事に気がついていたらしい。アイツは約束した。国家転覆の暁には、将軍の座を俺に与えてくれるってな。そこで、俺はアイツの野望に乗っかってみる事にしたのさ」
「……地位に目が眩んだわけね」
「否定はしねえよ。だがな、どちらの側に付くか、真面目に考えた末の結論でもある」
「何ですって?」
「お前は知らないかもしれないけどな」
エルッグは知識をひけらかすような口調で言う。
「フーレンス副隊長は、現国王の隠し子なんだよ。つまり、王国の王位継承者でもある。国王は長らく子宝に恵まれず、第一王子はまだ十代、第二王子に至っては五歳にも満たない。年長である副隊長に王位継承の正当性があると考えるのは自然とは思わないか?」
言い返せなかった。その通りだったからだ。現在のアーゼンロイス王と、とある田舎の娘との間に出来た子供。それがフーレンスだ。自分が年長の王位継承者である事。彼が王国に反旗を翻そうとした一因は、そこにある。
だが。その情報は一般庶民に伝えられておらず、重大な機密事項として扱われている筈だ。城は勿論、エリュシール隊内でも真実を知る者は極僅かで、その中にエルッグは含まれていない。
――どうやら、コイツが影の後継者に荷担していたのは本当のようね……。
「おっと、長話が過ぎてしまったな。そろそろ本題に入ろうか」
思い出したように呟くと、エルッグは地面に突き刺していた大剣を引き抜き、ワタシの喉元に突きつけようとする。
反射的に、ワタシは一歩後ずさった。しかし。チラリと後ろに目を向けると、墓石のすぐ向こうに高い岩壁がある。真後ろに逃げるのは不可能だ。その上、共同墓地入り口、城下町と続く道は本性を表した彼に塞がれている。ワタシの立っている位置の左側にも岸壁が続いていて、逃げられる場所といえば、視界の右端に映る鬱蒼とした雑木林くらい。
エルッグも、ワタシがそちらに逃げようとする事を把握している筈。
迂闊に飛び出しても、大剣によって静止を余儀なくされるのがオチだ。
「いい加減、諦めろよ。この状況は詰みだ。観念して、俺と一緒に来てもらうぜ。お前の中に秘められている、精霊アズレードの力と共にな」
「……アズレードの、力?」
眼前の相手の発した思いもよらぬ単語に、ワタシは戸惑って目を瞬かせた。
――アズレード。
王都アズレードの名前の由来となった、炎を司る精霊の名前だ。遙か過去の伝承では、アズレードは自身の有する強大な力で以て、寒冷な土地に暖かな恵みをもたらし、現アーゼンロイス王家の繁栄に多大な貢献をしたとされる。実際、敵国を滅ぼしたとする記録が他国の書庫にも現存するそうだ。
ただ、アズレードについて記された文献の殆どは、過去に起こった数々の戦乱によって失われてしまった。その為、現在の王国に彼の精霊についての詳細な情報は残っていない。
古くから伝わるおとぎ話の類には、アズレードに関する物語も幾つかある。ところが、『王家に祝福を与え、国の繁栄を築き上げた後、深い眠りについた』、『怒りで大陸の一部を砂漠と変え、別の大陸へと旅立った』、『疲労の蓄積で地の底へと沈んだ』など、話の大筋は結末を筆頭にてんでばらばらで、議論の材料以上になっていないのが実状だ。
だが――フーレンスは、精霊アズレードに関する失われし知識を手中に収めていた。
そして、独学で得た様々な情報を元に、彼が『精霊アズレードを内包させる器』として選び、異世界から招き寄せた人物――それがワタシだ。
その為、精霊アズレードの有する凄まじい炎の魔力が、今のワタシにそのまま宿っている。
フーレンスの計画も、ワタシの中に封じられた精霊の強大な力を利用して行われる予定だった。
「でも、ちょっと待って。貴方達の組織はもう壊滅状態でしょう。貴方達を統率していたフーレンスだって、行方不明で……」
少し、かまを掛けてみた。もしかすると、消息の知れない彼の現状をエルッグが知っているかもしれないと思ったからだ。しかし、
「ま、確かにその通りだ。今頃、アイツは死体になって瓦礫の下に埋もれているだろうよ」
期待していた反応は、返ってこなかった。
「けどな、俺は別に、アイツに義理立てして、こんな行動を取っているわけじゃないぜ?」
「……どういう事?」
「お前の持つ力に興味を持っている奴は、この世に山ほどいるって事さ」
ワタシの問いかけに、エルッグはニヤリと口元を歪ませる。
「つまり、買い手なんて幾らでもいるってわけだよ。それも、大金を払ってくれる買い手がな」
なるほど、大筋は読めた。考えてみれば、その通りだ。名高き精霊アズレードの力を野望を叶える道具として利用したい者や、単純に研究対象として欲する者。
今のところ、ワタシに関する情報は機密事項として公に伏せられているが、もし事実が明るみになれば、沢山の者達がワタシに関心を寄せるに違いない。エルッグの言う『買い手』は幾らでもいる事だろう。
ワタシを売って得た金を逃走の資金源にするか、相手方の組織に取り入る為の手土産にするか。
彼の考えを察するに、恐らくはこういったものだろう。
だが、ワタシも黙って捕まるわけにはいかない。
腰に差していた短剣を抜き、ワタシは身構えた。
「おいおい、そんなチャチな構えで俺とやり合おうっていうのか?」
戦闘体勢を取るワタシを見て、エルッグは嘲笑を浮かべた。
「俺はな、歳が七つの時には、既に戦場の中にいたんだ。戦争に参加したのは一度や二度じゃねえし、危ない橋を何度も渡ってきた。食い扶持に困った時は山賊に身を窶した事もある。少しかじった程度の剣じゃ相手に……」
彼が勝利を確信した様子で言の葉を紡ぎ続けていた、その最中。
「なら、僕が代わりに手合わせしましょうか?」
真夜中の墓地に似合わない爽やかな若い男の声が、墓地に響きわたったかと思うと。
雑木林に生い茂る木々の陰から、一人の青年が姿を現した。
一見、戦いに向いていないように思える細身の体に纏うは、選ばれし者のみが着用を許される真紅の鎧。
淡い水色の髪の下、中性的な美しい顔立ちに浮かべるは、やはり場にふさわしくない柔和な微笑。
ただ、静かな意志を秘めた青き双眸だけは、驚愕の表情で自分を見つめる標的を、冷徹なほどに射抜いていた。
「練習台くらいにはなると思いますよ。ただ……剣は専門分野でないので、こちらを使わせてもらいますが」
姿を現した青年――ミナーシェは、穏やかな調子でエルッグに声を掛けながら、自らの身の丈ほどもある長槍を彼へと向けた。




