最終話「想い、遙か」 16
「愚問ですな、ヴォリアン殿」
元宮廷魔術師の問いかけに、特務部隊長である誇り高き騎士は礼節を崩さないまま、しかし殺気にも似た迫力を語調にこめて答えた。
「王に仇なそうとする者達を処理するのが、我らの務め。曲がりなりにもかつて王に仕えていた貴方なら、よくお分かりの筈だが」
「そういう事ではない! 何故、私達の本拠地を突き止められたのかと聞いて……!」
いつもは青白い顔を真っ赤にして激昂する男を、フーレンスの手が制する。ヴォリアンは不服そうに彼をチラリと見やったが、反発はせずに口を噤んだ。
かつて同じ組織に所属していた二人の視線と視線が、静かにぶつかり合う。
先に口を開いたのは、フーレンスの方だった。
「鮮やかな電撃作戦ですね。流石は貴方だ」
彼は口元に微笑を浮かべ、かつての上司にそう告げる。穏和な口調ながらも、その目は笑っていない。
「流石、という言葉はそっくりそのままお前に返そう」
同じく賛辞を口にしたゼルリックは硬い表情のまま、首を小さく振った。
「まさか、お前が一連の事件の首謀者だったとはな。私も皆も、見事に騙されていた」
「……しかし、解せませんね。いつ、私の正体に気がついたのですか? 貴方はここの所、本部を留守にしがちで、私とも殆ど接触していなかった筈」
「お前の演技を見破ったわけじゃない」
ゼルリックは力強い瞳で、部下だった男を見据える。フーレンスもまた、物怖じせずにかつての上司を冷静な面持ちで見つめ返した。しかし、
「私がお前の正体に気がついたのは、王から命じられていた任務、それにお前が深く関係していたからだ」
ゼルリックの意味深な言葉を耳にしたフーレンスの顔に、僅かな動揺が走る。
「……王の?」
「ああ、そうだ」
小さく咳払いした後、ゼルリックは目の前の相手を直視したまま、静かに語り出す。
「お前が『影の後継者』を組織し、その名が世間を騒がせるようになった頃。王は私を含む数人の臣下を極秘裏に集め、御自身の不安を打ち明けられた。自分にはかつて、とある地で恋仲となった女性がいた。もしかすると、都で騒ぎを起こしている組織の首領は、その女性と自分の間に出来た子供かもしれない、と」
彼は小さく首を振って、
「一体、『影の後継者』という組織名が何を意味するものなのか。私のような一介の騎士には到底理解出来ないものだった。恐らくは、都に住む殆どの者がそうだったろう。しかし、その名に秘められた真意に、王だけは気づかれた。血の繋がった隠し子、それも公の息子より年齢が上となれば、その者が自分に王位継承権があるのだと考えておかしくない、とな。よく考えたものだ。恐らく、お前は最初から脅迫のつもりで『影の後継者』を名乗っていたのだろう?」
相手の問いかけに、フーレンスは答えない。ただ、その拳が僅かに震えていることに、ワタシは気がついた。
ゼルリックの話は、なおも続く。
「そこで、王は集まった臣下達にそれぞれ、極秘の任務を与えた。私が命じられたのは、かつて王と親密だった女性の現在について調べる、というものだった。現地の村へ向かった私が聞かされたのは、その女性は既に亡くなっていて、唯一の御子息も故郷を出てから行方知れずという話だった」
ここのところは、ワタシがフーレンスの口から聞かされた内容と合致している。
「都に戻った私は、新たな任務を授かった。消息を経ったという女性の息子……その足取りを追うよう王に命じられたのだ。それから、私はお前の知っている通り、エリュシール本部をたびたび留守にして、その男を探しに各地を回った。随分と長い道のりの末、私はようやくお前に行き着いた。だが、それだけではない。お前とこの古代兵器を売買した商人を始め、様々な人物から得た情報を元に、私は別の町に潜伏していたお前の配下を捕縛する事にも成功した」
「何……?」
途端、フーレンスが狼狽えたように両目を見開いた。ここまで動揺した彼の姿を、ワタシは初めて見たような気がした。だが、彼の顔つきは即座に冷静なそれへと変わる。
「その者は全く口を割らなかったが、幸い手荷物の中に興味深いメモを発見する事が出来た。その者を現地の騎士隊に引き渡し、急いで王都に引き返した私は、エリュシールを含めた王国の部隊が『影の後継者』達と交戦している状況に遭遇した。私はお前とマナミさんの姿を探したが、時既に遅かったのだとすぐに悟った。事態は急を要すると判断した私は、独断でエリュシールの全隊員を召集し、メモから得た情報を元に、この施設へ攻撃をかけたというわけだ」
「……なるほど、経緯は分かりました」
静かな敵意を込めた語調で、フーレンスは呟くように口を開く。彼の眼光は今や、本部にいた頃は見せなかったほどの鋭利さを秘めていた。
「やはり、貴方は警戒しておいて正解でしたよ。まさか、私の足跡を辿られるとは予想外でしたがね」
「こちらも大分、労力と時間を費やした。調べ物は専門ではなかったからな。慣れてない分は足で稼いだ」
「貴方らしいやり方だ」
その時、通路の方から駆けてくる足音がしたかと思うと、
「隊長! 中枢付近は制圧しました! 残存兵はそれぞれの部隊が追撃を……」
声を張り上げながら部屋に入ってきた青年は、目の前に立っている相手の存在に気がつくと、言葉を失い足を止めた。爽やかな明るい水色の髪が動作につられて僅かに揺れ、その下の整った顔立ちは複雑な感情を表すかのように歪む。
「フーレンスさん……」
青年――ミナーシェは呆然と呟く。その口調に彼の複雑な内心を感じ、ワタシは居たたまれなくなった。ずっと慕い続けていた相手が、実は組織の裏切り者だった。そうゼルリックから聞かされた時の彼は、一体どんな気持ちを抱いたのだろう。真実を知らされてまだ間もないだろうし、きっと心の整理もまだ出来ていないに違いない。
だが、フーレンスの方は彼をチラリとだけ見やったものの、何も言葉を発しないまますぐに目を逸らした。その態度に薄情な雰囲気を感じ取り、ワタシは思わず声を荒げかける。
――ねえ、何か言わなきゃいけない事があるんじゃないの!?
そう、叫ぼうとした。しかし。
――あっ……。
ミナーシェから顔を背けるフーレンスの横顔にどこか哀愁めいたものを感じ取り、口から飛び出しかけた言葉は、ハッキリとした形にならないまま消え去ってしまった。ずっと隠し通されてきた彼の茶色い瞳に、どこか寂しそうな輝きが垣間見えたように感じたのは、ただの気のせいだったのだろうか。
裏切りは裏切りだ。それは今更、疑いようもないれっきとした事実。
けれど、心の奥底では。エリュシールで得た仲間を、フーレンスはずっと大切に想ってきたのではないだろうか。
そんな推測が、脳裏の片隅を掠める。
けれど、それを確かめようとする間もなく。
「さあ、大人しく投降しろ」
ゼルリックの冷徹な声が、室内に響きわたる。
「お前達の企みは潰えた。これ以上、無駄な負傷者を増やす必要はない」
「……潰えた? それはどうでしょうか。御覧の通り、制御装置はまだ機能しています。鍵となる力を秘める彼女もまた、未だこちらの手中です。貴方達が勝利を確信するには、まだ早計過ぎるのでは?」
「強情だな。お前らしくもない」
「これが本当の私ですよ。敵の前で本性を現すほど、私は馬鹿ではありませんからね……さて、そろそろ長話は終わりにしましょう」
「そうだな」
両者は口を閉ざし、剣を鞘から抜いて身構える。彼らの動作に後追いして、ミナーシェやヴォリアンもまた、それぞれの戦闘体勢を取った。
一瞬だけ訪れた、張り詰める緊張感の後。
真紅の閃光と漆黒の影の激突が、始まった。




