第三話「影の後継者」 4
あれから。暫しの療養を経て体調はすっかり元気になったワタシは、二日後には本部の兵舎へと戻っていた。フーレンスが前もって言っていた通り、しばらくの間は仕事も免除との事だった。
勿論、ワタシはこの連休を無駄にして過ごすつもりは毛頭ない。朝は気が済むまでベッドにくるまり、食事を取ったらすぐさま布団に直行して熟睡するつもりだ。これは無駄ではない。れっきとした休日のベターな過ごし方である。過度な睡眠は体に毒なそうだが、それでも休日は休む為にある、というのがワタシの信条なのだ。まあ、たまには本部の敷地内を散歩したりするかもしれないけれど。
しかし、そんなワタシのささいな目論見は、本部へと帰ってきた翌日の朝に、コンコンコンコンと耳障りにドアを叩く音によって、早々と打ち砕かれてしまった。
「おい、起きろー」
外から聞こえてきたルトレーの呼びかけを受け、ワタシは名残惜しく思いつつも、ベッドの中からのそのそと抜け出した。
――もう少し、寝ていたかったのに……。
ガチャリ、と扉を開くと、そこには眠たそうに大欠伸をかいているクシャクシャ青髪少年の姿があった。どうやら、彼の方もワタシ同様、未だ強烈な睡魔と格闘しているらしい。
「何か用?」
重たい瞼を擦りながら、ワタシは口を開いた。
「出来れば、もう少し眠ってたいんだけど」
「別にそれは構わねえよ。ただ、副隊長から伝言を預かっててさ。それを伝えに来たってだけ」
「伝言?」
「ああ、午後にお前の秘められた力について調べたいらしいから、昼食を取ったら裏庭に来てくれってさ。俺も呼ばれてる」
寝ぼけた頭で何となく理解しつつ、ワタシは気のない返事をした。とにかく、まだ起きなくてもいいのなら、一刻も早く眠りたかった。
「分かった、裏庭ね……それじゃあ」
「おー、じゃあな」
背伸びしつつ、ルトレーが背を向ける。ワタシは彼の歩き出すより先にドアを音を立てずに閉めると、早足でベッドの側まで行き、すぐさま布団の中にもぐりこんだ。
一分も経たずして、ワタシは再び深い眠りの中へと落ちていた。
次に目が覚めたのは、ちょうど正午過ぎ頃だった。昼食を終えた後、ワタシはルトレーから聞いていた場所へと向かった。『裏庭』とはエリュシール本部の出入り口とは正反対の方向、ちょうど談話室や副隊長室等のある建物の陰に隠れるようにして存在する場所だ。その名に違わず様々な草花が所狭しと生い茂っているが、『庭』というわけではない。誰も手入れなんてしていないので、増えているのは勝手に生えた雑草の類だ。
到着した時、フーレンスとルトレーは既に裏庭の真ん中でワタシを待っていた。
「すみません、遅れましたか?」
「いや、気にしなくていいですよ。私達も、ちょうど今来た所ですから」
それじゃあ、早速本題に入りましょう。その言葉と共に、副隊長はコホンと咳払いをして話し始めた。彼の説明によると、ワタシが今から受ける調査とは『魔法によって、体内の魔力等について調べる』というものらしい。身体検査のようなものではなさそうなので、ワタシは心中で深い安堵の息をついた。
「手早く済ませれば十分も掛からずに終わります。テキパキやってしまいましょう」
フーレンスの言葉を合図に、二人は魔法の準備へと取りかかった。彼らは裏庭の一角に即席の魔法陣を描くと、ワタシにその中で立っているように指示した。その後、二人はワタシに分からないような文章を詠唱し始める。どうやら、一人ではなく複数で協力して放つ魔法らしい。後で聞いた話によれば、二人共同で魔法を唱える事で、強力な魔法を発動させる負担を和らげていたのだそうだ。
しばらくは何の変化も起こらなかったが、やがてワタシの足下の魔法陣が、いつか召喚された時のように妖しく発光し始める。
「……ほ、本当に大丈夫なんですか?」
召喚された際の、同じような状況で別世界へと引きずり込まれた体験を自然と連想してしまい、ワタシは不安で胸がバクバクしながらも訊ねた。
「そんなに心配しなくても、問題ありませんよ」
詠唱を終えたらしいフーレンスは、普段の穏やかな微笑みを浮かべたまま言った。
「ただ、少し変な感じがするかもしれませんが。体に害はないので安心して下さい」
「妙な感じって……ん?」
質問を重ねようとした、その瞬間。彼の言った通り、奇妙な感覚が足下から全身へと徐々に広がっていった。血管の中を、何か温かいものがすうっと流れていくような、そんな感覚だ。
――コレ、確かに落ち着かないわね……。
体内から擽られているようでこそばゆく、ワタシは身を縮こませた。やがて、足下の魔法陣の放つ輝きが、目に見えて変化していった。最初は普通の光だったのに、今では燃えるように真っ赤だ。
――もしかして、これで何か分かったのかな?
そう思い、魔法陣の外に立っている二人の顔を見やる。そして、ワタシは少し戸惑った。フーレンスも、ルトレーも、驚愕に満ちた表情で魔法陣を凝視していたからだ。
「……ルトレー、これは」
「……結構、ヤバいっす」
二人の口調は、どこか呆然としていた。
「でしょうね。しかし、誰も気づいていなかったのですか?」
「いや、だって。まさか、コイツにこんな力があるなんて、気づくわけないじゃないっすか」
「……現に、私も見落としていましたしね」
「あの、何がどうなってるんですか?」
全く会話の意図が読めず、ワタシは頭を傾げながらも口を開いた。
「全然、話の内容が分からないんですけど」
ワタシの言葉に、二人は相談するように無言で顔を見合わせた。ややあって、副隊長はワタシに向き直り、
「……マナミさん」
と、改まった調子で告げた。
「貴女は、強大な炎の魔力を体の内に秘めているんです」
「炎の魔力? それって……」
頭の中にポンと浮かんだ推測を、ワタシはそのまま口から発した。
「要するに、ワタシって魔法が扱えるって事ですか? 炎を出したりとか」
そういった経験は、既にあった。謎の襲撃者から変な魔法を掛けられた時、何故か炎がワタシの周りを包んでいた記憶が朧気にあったからだ。
一方、フーレンスは深刻そうな面持ちで、
「ええ、ちゃんとした訓練を行えば。しかし……」
「……やっぱり、ヤバいんですか?」
言葉尻を濁した彼に、恐る恐る問いかける。フーレンスは両腕を組んで、ワタシを真っ直ぐに見つめると、
「貴女の身に宿っている魔力は、あまりにも強すぎるんです。常人を遙かに凌駕するほどの、ね」
「そ、それじゃあ」
二つの謎が繋がったような電撃のような感覚が脳内に走り、ワタシはゴクリと唾を飲み込んだ。
「アイツがワタシを狙ってるのって、それが原因……?」
彼はゆっくりと首を縦に振った。
「はい、恐らくは」
「……でも、それなら一体どうすれば」
「そうですね。今すぐに言える事は少ないですが、取りあえず魔力を操る術は練習しておくべきでしょう。魔法を扱えるようになれば、自分の身を守る武器にもなりますから。明日からにでも、ルトレーに習って下さい」
「お、俺っすか!?」
急に名指しを受けた少年は素っ頓狂な叫び声を上げた。
「何か、問題でもありますか」
「い、いや……でも、俺ってあんまり火魔法得意じゃないですし、誰かに術を教えた事なんてないですし、副隊長も知ってるでしょ? 副隊長が指導するのは駄目なんですか?」
「ええ、そうしたいのは山々なのですが」
と、フーレンスは頭を軽く振って、
「私には副隊長としての職務がありますし、今は例の『影の継承者』なる集団についての調査も進めなければなりませんから。空き時間が殆ど作れないんです。ルトレー、どうにかお願い出来ませんか」
ここまで言われて断るような彼ではないと、ワタシは既に知っていた。
「……分かったっす」
こうして、ワタシは魔法の訓練を始める事になったのだった。




