第2話 冒険者ギルドへようこそ
荷馬車に揺られること半日。夕焼けの向こうに、石造りの城壁が見えてきた。
「あれが、交易の町ルーネスタだ」
御者台のベルトロが誇らしげに言う。門の前には荷車や旅人の列ができていて、鎧姿の衛兵が一人ずつ顔を確かめていた。
「砕人さん、身分証は?」
「持ってません」
「だろうな。まあ、俺の荷物持ちってことにしておこう」
ベルトロのおかげで、検問は拍子抜けするほどあっさり通れた。
門をくぐった瞬間、思わず声が出た。
石畳の大通り。両側に並ぶ露店。香ばしい肉の匂い。背中に大剣を背負った男と、杖を持ったローブ姿の女性が、当たり前のように歩いている。
「……本当に、異世界だ」
「何を今さら」
ベルトロが笑った。
大通りの突き当たりに、ひときわ大きな建物があった。剣と盾を組み合わせた看板が、夕日を受けて光っている。
「冒険者ギルドだ。まず登録を済ませてきな。登録料はこれで足りる」
ベルトロは、俺の手に銀貨を数枚握らせた。
「いや、こんなに」
「命の値段にしちゃ安いもんだ。俺は荷下ろしがあるから、礼は後で渡す。宿は『白パン亭』にしときな。飯がうまい」
そう言い残して、荷馬車はがらがらと路地の奥へ消えていった。
俺は一人、ギルドの扉の前に残された。
(異世界の就職活動、か)
前世の面接で何十社も落ちた記憶が、一瞬よみがえる。
深呼吸して、扉を押し開けた。
## 2
中は、想像以上に騒がしかった。
手前が酒場、奥が受付になっているらしい。昼の仕事を終えた冒険者たちが、大声で笑いながらジョッキを打ち合わせている。
受付カウンターには、栗色の髪をひとつに結んだ女性が座っていた。胸元のプレートには「ティスカ」とある。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご登録ですか?」
「は、はい。お願いします」
「では、こちらの鑑定板に手を置いてください。お名前と固有スキルが表示されます。登録に必要な手続きですので、ご安心を」
言われたとおり、カウンターに置かれた石板に手のひらを押し当てる。
石板がぼんやり光り、文字が浮かび上がった。
ティスカが、それを読み上げる。
「サギミヤ・サイト様。固有スキルは……万象擬人化、ですね」
彼女の声は、とても丁寧だった。
ただ、その声が、思ったより通ってしまったらしい。
酒場が、しん、と静まった。
次の瞬間。
「ぶはっ!」
「ぎ、擬人化だってよ!」
「宴会芸の人が来たぞ!」
爆笑だった。ジョッキを叩いて笑う者。腹を抱えて椅子から転げ落ちる者。
「おいおい、冗談だろ。魔物を人間にしてどうするんだよ!」
「人間になった魔物が、お前の言うことを聞くと思ってるのか?」
「それ、戦闘スキルじゃなくて宴会芸だろ!」
顔が熱くなった。
ベルトロから聞いてはいた。聞いてはいたが、実際に自分が笑われると、こたえる。
(前世の飲み会で、上司の一発芸に付き合わされたときを思い出すな)
「あの、お静かに……」
ティスカが慌てて声をかけるが、笑いは収まらない。
そのとき、酒場の奥から、ひときわ大きな声が響いた。
「へえ、面白いのが来たじゃねえか」
人垣が割れる。
現れたのは、赤い短髪の大柄な男だった。背中に身の丈ほどの大剣。胸には、他の冒険者より一段上等な、銀色のプレート。
「グ、グラゼルさん」
ティスカの笑顔が、ほんの少しだけ引きつった。
「上級冒険者のグラゼル・ドゥルヴァだ。新入り、擬人化持ちだってな」
男は、俺の頭から足の先までじろじろと眺めた。
「魔物を人間に変える? そんな能力で冒険者が務まるかよ。うちのギルドには、命を張って魔物を狩る連中が山ほどいるんだ。宴会芸の居場所はねえぞ」
「……ゴーレムを、倒しました」
思わず、口が動いた。
「あ?」
「街道で、ゴーレムに襲われていた商人さんを助けて。このスキルで、倒しました」
また、笑い声が起きた。
「お前みたいなのが、一人でか?」
「どうせ、死にかけのゴーレムでも通りかかったんだろ」
「商人の手柄を横取りしたんじゃねえのか!」
言い返せなかった。
証拠はない。ベルトロはここにいない。
何より、俺自身が一番、あれが偶然だったんじゃないかと疑っている。
「まあ、登録はしてやれ。ギルドは来る者を拒まないのが決まりだ」
グラゼルは、鼻で笑って言った。
「その代わり、明日、俺の隊にくっついてこい。グランホーン討伐に行く。荷物持ちくらいなら、宴会芸でもできるだろ」
グランホーン。
名前だけで、強そうだ。
「……それは、依頼として?」
「見学だ。見学。ちゃんと見ておけよ。本物の戦い方ってやつをな」
断る理由も、断れる立場も、俺にはなかった。
「……分かりました」
俺がそう答えると、グラゼルは満足げに笑い、取り巻きの二人を連れて酒場へ戻っていった。
「申し訳ありません、サイト様」
ティスカが、小声で言った。
「ギルドは、こういう場所ではないのですが……」
「いえ。大丈夫です」
俺は、首を振った。
受け取った新品のギルドカードには、一番下のランクを示す「F」の文字。
見下ろしながら、思った。
見返してやる、というほどの気概は、正直ない。
ただ、胸の奥のほうが、ほんの少し、熱かった。




