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入れ替わっていた美少女が、戻ったあともやけに絡んでくる  作者: 丸深まろやか


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003 「とりあえず、会って話そう」



 不幸中の幸いだったことが、いくつかある。


 まず、入れ替わった相手がクラスメイトだったこと。


 美護《みもり》冬音《ふゆね》とは話したことはないけれど、当然顔見知りだ。

 それだけで、説明するべきことはかなり減る。

 初期対応が楽になる。


 そして、もうひとつ。


『あ、もしもし? お兄ちゃん……じゃなくて、冬音さん、もう話せそうですよ』


「そうか……早かったな」


 俺の身体に入った美護が、思いのほか冷静だったこと。


 もちろん、驚いてはいるだろう。

 けれどほとんど大暴れ状態だった亜梨紗《ありさ》と比べて、圧倒的に落ち着いている。


 肝が据わってるのか、状況がぶっ飛びすぎてて逆に騒げないのか。

 まあどっちにしろ、おとなしいというのはありがたい。


 亜梨紗のときは、そりゃもう大変だったからな……。

 いや、まあそれが当然な気もするけど。


『とりあえず、今日は学校休んでもらいますね。私も……あ、ちょっと待ってください』


 璃奈《りな》の手際はなんとも、スムーズだった。

 さすがは二回目、もう慣れたもんだ。すまん妹よ。


 入れ替わりが起こったら、その日はもう、学校なんて行ってる場合じゃない。

 今優先すべきは、いち早く相手と合流することだ。


 向こうには璃奈がいる。心配はないだろう。


 ただ、問題は……。


「まだ来るなよ……頼むから」


 そう、こっちだ。


 もし美護の親が部屋に来たりしたら、ごまかすのに苦労する。

 こいつの普段の喋り方や雰囲気をすぐに真似る自信はない以上、話すだけで違和感を持たれる可能性が高い。


 それに、会話っていうのは知識がモロに試される。

 たとえば俺は、こいつが母親をなんて呼んでるのかも、家にペットがいるのかどうかも知らない。


 つまり、俺が今やるべきなのは――。


『あ……えっと……もしもし?』


 電話の向こうで、《《俺の》》声がした。


 不安げで、かすかに震えている。

 それに、俺が自覚してる口調とは、ずいぶん違う。

 間違いない、美護冬音だ。


「もしもし、神矢《かみや》琉依《るい》だ。同じクラスの」


『わっ……ホントに、私の声……。でも、神矢くん……なんだよね?』


「ああ、悪いな、ちょっと借りてる。いろいろ言いたいことはあるだろうけど、とりあえず、会って話そう。着替えの場所と、親の予定を教えてくれ。支度したら、すぐに行く」


 小声でそこまで言うと、美護はしばらく黙ったあとで、『わかった』と短く返事をした。


 ありがたい。それに、申し訳ない。

 けど今は、無事に家を抜け出すことが先決だ。


「あ、そうだ、それと……」


『……どうしたの?』


「着替え中は、目を瞑る。信じられないだろうけど……まあ、信じてくれたら嬉しいよ」




 それから、俺は美護の指示のもと、親との会話をなんとかやり過ごし、制服に着替えて美護邸を出た。


 もちろん、学校には行かない。こっそり職員室に電話して、欠席を申し出た。

 ありがたいことに、うちの高校は生徒本人からの連絡でも、親に確認は入らないのだ。


 通学路と重なりそうなルートを避けて、徒歩と電車で《《我が家》》へ向かう。

 途中、うちの制服を着た生徒を何人か見かけたが、まあ見られてはいないだろう。

 たとえ見られてても、ある程度は仕方ない。


「……ただいま」


 自分の家の前に着いて、思わず苦笑いが浮かんだ。

 見慣れた景色なのに、今は妙に新鮮に感じる。


 インターホンを鳴らすと、すぐに璃奈が出た。

 私服に着替えている璃奈は、俺を見ると気の毒そうに、そして呆れたように目を細めた。


「……今回もかわいいですね、お兄ちゃん」


「ありがとよ。お前もかわいいよ」


「意味不明です……」


 今度ははぁっとため息をついて、璃奈は俺をドアの中に引き込んだ。


 靴を脱いで家に上がり、廊下を進む。

 リビングを覗くと、部屋の真ん中に、寝巻き姿の《《俺》》が座っていた。

 眉が下がり、不安げに目をパチクリさせている。

 両腿をぺたんと床につけた、いわゆる女の子座りで。


 あの体勢、キツくないのか……?


「まあ……なんだ。言いたいことは山ほどあるだろうけど、とりあえず……すまん」


 言って、俺は目の前の自分、もとい美護冬音に頭を下げた。

 後ろから追いついてきた璃奈も同じようにして、兄妹ふたりで横並びになる。


 悪いな妹よ……ホント、迷惑かけます。


 そもそも、なぜこんなことになったのか。

 なぜ神矢琉依と美護冬音の身体は、入れ替わったのか。


 それは極めて単純で、そして極めて複雑な理由によるものだ。


「体質なんだ。……まあ、血筋ともいうか」


「チスジ……?」


 目の前の美護は、こてんとかわいらしく首を傾げた。

 外見が完全に俺なのが、非常に悔やまれる。


 俺たちはテーブルを挟んで向かい合い、璃奈が入れてくれた紅茶を飲んでいた。


「神矢家の人間には、十五歳から二十歳になるまでの五年間に、『入れ替わり』が起こる。そう決まってるんだ」


「入れ替わり……五年間……。そんなことって……」


 美護は目を丸くして、口をぽかんと開けていた。


 無理もない。

 いや、むしろリアクションが薄い方だろう。


「漫画とかでよくある、入れ替わりもの。ああいうのは大抵、偶然だろ。身体がぶつかったとか、同時に雷に撃たれたとか。けど、これはそういうのじゃない。明確に、俺側に原因がある。つまり、俺のせいなんだよ」


「か……神矢くんのせい……」


「そうだ。ごまかす気もない。ホント、すまん」


 もう一度、頭を下げた。


 言い訳はしない。

 これに関しては、向こうが完全に被害者だ。

 たとえ罵倒されたって、文句は言えない。


 ただ……今はなにより、説明が先だ。


「えっと……でも、どうして?」


「根本的なことは、わからない。昔からそうなんだ。俺の親も、その親もな。ただ、今回の入れ替わりの理由って話なら、そっちは明確だ。夢だよ。それが引き金になってる」


「夢? って……あの夢? 寝てるときに見る」


「ああ、その夢だ。俺のことを夢に見た人間は、次に目覚めたとき、俺と身体が入れ替わってる。仕組みは不明だけど、そういう法則なんだ」


 自分で言ってて、呆れてしまう。

 ホントに、どうなってるんだか。


 けれど、もうこの説明も二回目だ。

 亜梨紗のときよりは、まあ、気分は多少マシだな。


「す、すごい……ホントにアニメみたい。でも、神矢くんの夢……見たのかな? 覚えてないかも……ごめん」


「覚えてる必要も、謝る必要もないよ。こうして入れ替わってるなら、見たってことだ」


 理不尽なトリガーだ、と思う。

 俺も相手も、こんなの防ぎようがないんだから。


「これは……いつまで続くの? ずっとこのまま?」


「おっと、それを言い忘れてたな」


 一番大事なことだ。いや、二番目か。


 ただ、伝える怖さは一番かもしれないな……。


「ずっとってわけじゃない。今日から一ヶ月……ちょうど三十日だ。それだけ経てば、自然にもとに戻る」


「えっ、そうなんだ……! 三十日……長い、のかな? どうだろ、うーん」


 美護はまたしても、落ち着いていた。

 というか、のほほんとしていた。


 亜梨紗に伝えたときの反応は、未だによく覚えている。


 ――一ヶ月⁉︎ ふざけないで‼︎ 無理に決まってるでしょ! 今よ! 今戻して!


 ――そもそも、そんなの信じられない! 証明して! 三十日で戻るって!


 ――っていうか、私の声で男言葉使わないで! 気持ち悪いでしょ‼︎ 黙って!


 ……今回も、あれくらいは覚悟してたんだけどな。

 拍子抜けっていうと変だけど、まあありがたいのは間違いない。


「要するに、美護には三十日間、耐えてもらわなきゃならない。神矢琉依としてな。そして俺は、お前として、一ヶ月をやり過ごす」


「ふ、ふわぁ……そっか。大変だぁ」


 と、美護はなんともかわいいリアクションをしていた。俺のかわいくない声で。

 逆に、俺のセリフは美護の柔らかい声なので、なんだか深刻さが伝わっている自信がない。


 まあ、今はとにかく、言うべきことを言うしかないんだが。


「そのあいだは基本的に、お互い演技をして、怪しまれないように過ごす。周りにはバレないに越したことはない。騒ぎになるだろうし、面倒だ。それと……これは、俺の勝手な希望だけど――」


「……?」


「神矢家の入れ替わり体質のことは、世間には知られたくない。家族を、世間の好奇の目に晒したり、危険な目に遭わせたくないんだ。……頼むよ。協力してくれ」


 今までで一番深く、また頭を下げた。


 前回もそうだった。入れ替わりが起こると、謝ることばっかりだ。

 でも、これは違う。

 謝罪じゃなく、懇願だ。


 俺だけの問題じゃない。

 妹の璃奈も、ほかの家族も、親戚も。

 なにかあれば、みんなを巻き込むことになる。


 それだけは、避けなきゃいけない。絶対に。


「俺はどうなってもいい。いくらでも恨んでくれていいし、できるだけのことはする。金だって……払えるだけは払う。だから、頼む。家族のためなんだ」


 頭を下げたまま、ひと息にそう言った。


 かえって、印象が悪いかもしれない。

 でも俺には、これしか方法が見つからない。

 迷惑をかけてるのはわかってる。

 そのうえで、どれだけ一方的で身勝手か、自分でも引くぐらいだ。


 けど……本当に、俺は――。


「ち、ちょっと! 神矢くん!」


「……」


「あのぅ……えっと……い、いいよ? そこまでしてくれなくても、たぶん平気……うん、平気だと思うし」


「……ホントか?」


「う、うん! 大変さとか、あんまりわかってないかもだけど……でも、頑張る! だから……元気出して、ね?」


 美護は身体の前で両手を握りしめて、深く頷いた。

 それから、口角を持ち上げて、ニコッと笑ってくれる。


 俺は、自分がひどく、安心しているのを感じた。


 亜梨紗だって、文句を言いながらも、最後には協力してくれた。

 それに、無事に一ヶ月、やり過ごすこともできた。

 けど、美護がどう思うかはわからない。わからなかった。


 本当に、ありがたい。


 この境遇と体質は間違いなく、かなり厄介だ。

 でも、入れ替わった相手だけは、二回連続で恵まれてると思わざるを得ない。


「ありがとう……恩に着るよ」


「う、ううん! それに、そもそも私が夢を見ちゃったのが原因なんだし、ね!」


 えへへと照れたように笑って、美護は頬をかいた。


 どこまでも、いいやつだ。まともに喋ったことはなかったけれど、たしか男子にも、けっこう人気があった覚えがある。


 ここは、お言葉に甘えることにしよう。

 今はとにかく、必死だからな。


「じゃあ、さっそくだけど、これから俺たちがやるべきことを説明する。できるだけ、うまくやれるように。極力、お前の生活に被害が出ないように、な」


「はっ、はい……! お願いしますっ」


 俺が言うと、美護は怒られた子どもみたいな返事をした。

 目は真剣で、背筋がピンと伸びている。


 なんだか、いつの間にか立場が逆転してる気がするな。


「あっ……そうだ、その前に」


「……どうしたの?」


「できれば避けたい。でも、絶対に避けられないから、今言っとくぞ」


「う……うん。どうぞ」


「……トイレに行く。また目を瞑るけど、証明はできない。悪いけど、諦めてくれ」


 俺は、さっきよりもさらに深く、頭を下げた。

 それはもう、テーブルに額がつくくらいに。


 時刻はもう九時半で、朝起きてから、二時間以上が経過していた。


「…………私も、行きます」


 美護が言った。


 そしてなぜか向こうも、申し訳なさそうに、深々と身体を折っていた。




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