表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

世界樹の若木

リクはしばらくの間、薬草採取等をしながら、過ごした。


今日も春風に揺れる木漏れ日の中、リクは森の奥へと進んでいた。その道中、不意に彼の足が止まる。


「……ん? この木……なんだ?」


 一本の小さな木が、他の木々とはまるで異なる存在感を放っていた。細い幹は透き通るような緑を帯び、手で引っ張ると、まるでゴムのようにしなやかに伸びる。


「植物鑑定」


《世界樹の若木》

極めて希少な神代植物。 周囲の魔力を浄化し、土地を活性化させる。 成熟した場合、一国に匹敵する価値を持つ。

 国宝級。


 その文字に、リクは思わず周囲を見回した。


「いやいやいや……なんでこんな場所に普通に生えてるんだ?」


 森の中とはいえ、街道から少し外れただけの浅い区域。

 こんな場所にある代物ではない。

 もし冒険者ギルドや貴族に知られれば、大騒ぎになる。

 下手をすれば軍隊が来る。

 リクはしゃがみ込み、若木をじっと見つめた。

 透き通る葉は、淡く銀色に光っている。

 風が吹くたび、鈴のような小さな音が鳴った。

 その時、世界樹の若木がふわりと光った。

 すると若木の根元から、小さな銀色の実が転がり落ちる。


「……実?」


 リクは手の中の銀色の実を見つめた。

 掌に収まるほどの大きさ。

 だが、不思議な存在感がある。

 淡い光を放ち、まるで呼吸するように脈打っていた。


「……なんなんだ、これ」


 普通の果実ではない。

 森に入ってから、妙なことばかり起きている。

 世界樹の若木。

 頭に流れ込んできた記憶。

 謎の声。

 そして、この実。

 リクは小さく息を吐く。


「……植物鑑定」


 すると視界に半透明の文字が浮かび上がった。

《進化の実》

 神代時代に創られた特級霊果。獣種に与えることで、高位存在への進化を促す。現在の時代では製法不明。


「……は?」


 リクは思わず固まった。

 直後、再び脳裏に声が響く。


『北へ向かえ。約束の子が待っておる』


 ぞくり、と背筋が震えた。

 リクはゆっくりと北を見た。

 森のさらに奥。

 山脈の向こう。

 遥か遠く。

 なぜか分かる。

 そこに“何か”がいる。

 何百年。

 たった独りで待ち続けている存在が。


「……俺が、行かなきゃならないのか?」


 答える者はいない。

 だが。

 世界樹の若木が、静かに揺れた。

 まるで、


『早く行け』


 そう告げるように。


---------------------------------


 そして迎えた旅立ちの朝

 朝の鐘が、町に響いていた。

 石畳の道を荷馬車が進み、露店からは香ばしいパンの匂いが漂ってくる。

 冒険者ギルドの前では、朝帰りらしい冒険者たちが騒いでいた。

 そんな喧騒を横目に、リクはリュックの紐を締め直す。

 その様子を見て、受付カウンターの向こうから呆れた声が飛んだ。


「……本当に行くの? 北に」

 栗色の髪を揺らしながら、ミリアがため息をつく。


 冒険者ギルドの受付嬢。

 リクがこの町へ来てから、何かと世話になっている女性だった。

 ミリアは腕を組み、じろりと睨んでくる。


「というか、あんた、パーティー追い出されたばっかりでしょ」


「……はい」

 リクは頭を掻いた。

「まあ、僕がいなくても困ることはないでしょう。」


 ミリアは少し不満そうに眉を寄せた。

「リクが抜けてから、あのパーティー昨日さっそく迷子になってたわよ」

「え?」

「中層で野営地点間違えて、保存食ダメにしたらしい」

「……あー」

 なんとなく想像できた。

 今まではリクが全部管理していたからだ。

 地形確認。

 食料配分。

 危険植物の判別。

 薬草調合。

 派手さはないが、誰かがやらなければいけない仕事。


 ミリアは頬杖をつきながら言う。

「正直、見る目ないなーって思った」

「はは……」

「リクって、“強い”タイプじゃないけど、“死なない”タイプなのよね」

「なんだそれ」

「この人いると全体の生存率上がる、みたいな」

 少し照れ臭かった。

 リク自身、自分を特別だと思ったことはない。

 ただ、昔から“準備”だけは徹底する性格だった。


 ミリアはカウンター下から袋を取り出した。

「ほら」

「?」

「保存食、防寒油、火打石。それと回復薬」

「え、こんなに?」

「貸し。生きて帰ってきたら返して」

 リクは少し驚いた。

「……いいのか?」

「良くない。でも放っておくと、そのまま死にそうだから」

「そこまで無謀じゃないって」

「北に単独で行く時点で無謀なの」

 その言葉に、リクは苦笑した。


 確かにそうだ。

 普通なら絶対に行かない。

 でも。

 どうしても放っておけなかった。

 吹雪の中で、たった独り、何百年も待ち続ける存在。

 その姿が頭から離れない。

「……待ってる気がするんだよ」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 ミリアはじっとリクを見つめた後、小さく笑った。

「まあ、死にに行く顔じゃないわね」

「そうですか?」

「うん。“誰か迎えに行く顔”してる」

 ドキリ、と胸が鳴った。

 リクは誤魔化すように背を向ける。

「……じゃあ行ってきます」

「うん。ちゃんと帰ってきなさいよ」

 ギルドを出る。

 朝日が石畳を照らしていた。

 北へ続く街道の先には、うっすら雪山が見える。

 リクは胸ポケットの進化の実をそっと握った。

 ほんのり温かい。

 まるで、“早く来い”と呼んでいるみたいに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ