プロローグ
「リク、お前は今日限りでパーティを抜けろ」
迷宮都市シブヤ、その地下二十階層を踏破したその夜。
魔石灯の青白い光に照らされた部屋で、リクは言葉を失った。
目の前に立つのは、パーティリーダーのカイン。周囲には仲間たちもいるが、誰も視線を合わせようとしない。
「……どういうことですか?」
「そのままの意味だ。お前は戦えない。荷物持ちとしても微妙だ。正直、足手まといなんだよ」
冷たい声だった。
リクは反論できなかった。
剣の才能はない。
魔法も使えない。
持っているスキルは《植物鑑定》と《植物再生》という地味スキルだけ。
植物の名前が分かることと、薬草の品質が少し良くなる程度の能力で、戦闘では役に立たない。
だから今まで雑用ばかりだった。
荷物運び。
食料管理。
野営準備。
魔石の回収。
それでも、仲間だと思っていた。
「違約金代わりだ。装備は置いていけ」
カインが手を差し出す。
リクは唇を噛み締めた。
革鎧を外し、短剣を渡す。
残ったのは古びた袋だけだった。
「……今まで、ありがとうございました」
誰も答えなかった。
そのままリクは、一人で暗い通路を歩き出した。
背後で笑い声が聞こえる。
「やっと追い出せたな」
「寄生虫が消えて助かる」
胸が痛んだ。
だが振り返らない。
振り返ったら、全部壊れてしまいそうだった。
道路に出て、今日の宿をどうしようかと歩いていたら、足がもつれて誰かにぶつかった。
「どこ見てやがる!」
――ガンッ!!
殴られ転倒した瞬間、頭を強く石壁へぶつけた。
激しい衝撃。
視界が白く染まる。
その瞬間だった。
知らない光景が頭へ流れ込んできた。
――高層ビル。
――夜の街。
――スマートフォン。
――満員電車。
――コンビニの明かり。
「……え?」
リクは呆然とした。
知らないはずの景色。
だが、なぜか知っている。
頭痛と共に、膨大な記憶が流れ込む。
自分はかつて――別の世界で生きていた。
ブラック企業で働き、
疲れ果て、
毎日を消耗しながら生きていた青年。
名前は――。
「……天城、陸……」
自然に口から零れた。
それが前世の名前だった。
信じられない。
だが理解してしまう。
自分は転生者だったのだ。
「じゃあ……ここは、本当に異世界……?」
リクは神様との出会いを思い出した。
どこまでも白い世界。
そして、その中央に座る神様。
そして――神様との会話。
『わしが国を造ったときに、お供をさせた神獣がいたのじゃ』
場面が変わる。
脳裏に映るのは、神代の世界。
巨大な城壁。
空を覆う世界樹。
そして。
その隣に座る、一匹の白い神獣。
金色の瞳。
静かに神を見上げるその姿には、絶対的な忠誠があった。
『国を作り終えたのち、わしが住んでいたところを守護するため、置いて来たのじゃ』
その声は少しだけ寂しそうだった。
吹雪の中。
何百年の間、白い獣は、たった一匹で門を守っていたらしい。
『もう、守護する必要もなかろうし』
神様は遠くを見る。
『これまでの苦労に報いて、人間にさせてあげようと思う』
そして、こちらを見る。
まっすぐに。
『そのために、《進化の実》を食べさせてやってほしい。やってくれるかの』
記憶の中の自分は、軽く笑っていた。
『おお、なんか面白そうじゃん。引き受けよう』
そこで記憶が途切れる。
世界が戻った。
「……はぁっ!」
リクは荒く息を吐き、その場に膝をつく。
汗が額を伝っていた。
今のは夢じゃない。
前世の記憶。
そして――。
「俺、約束してたのか……」
進化の実を握る手に力が入る。
その時。
視界の端に、青白い光が浮かび上がった。
《個体情報を確認しますか?》
「……は?」
空中に文字が浮かんでいる。
まるでゲーム画面。
リクが戸惑いながら頷くと、光が広がった。
ステータス
名前:リク・アマギリ
種族:人族
年齢:16
職業:荷物持ち
レベル:3
筋力:8
体力:11
敏捷:9
魔力:7
固有スキル: 《植物再生》《植物鑑定》
特殊スキル: パーティー結成時、パーティーメンバーのステータス2倍
「ス、ステータス……!?」
前世で読んでいた異世界小説そのものだった。
だが今まで、こんなものは見えなかった。
なぜ急に?
すると文字が切り替わる。
《条件達成》 《前世記憶の覚醒を確認》 《ステータス機能を解放しました》
「……記憶を思い出したから?」
リクは息を呑んだ。
一方、その頃、北の大地では吹雪の中で、白銀の獣が今日も誰も来ない門を守っていた。




