9話
「うは~♡ もうこんなに出品商品が集まってるん?」
ギルドで商品の保管場所に通された俺たちが見たものは、三十を超える数の魔道具たちだった。
いずれも様々な魔力を発しているのがわかる。
オークションの予行練習や出品する魔道具の売り口上を考えていたら、あっという間に三日が過ぎた。
場所と品物さえ揃えばいいと思っていたけど、いざ商売を始めようと思ったらいろいろと必要なものがあるもんだ。
簡単なルールをまとめた掲示物や、お釣り用の銀貨など。
朝から夕方までしっかり準備を進めて、夜は毎晩のように小さな宴会である。
俺が眠る場所もリントとジェキルの部屋をいったりきたり、と忙しい。
まあ楽しいからいいけど。
で、冒険者ギルドに集まった商品を確認しにきたんだけど、思いのほか品数が多い。
「武器や防具に雑貨、よくわかんねー壺まであるぜ。二十九、三十っと……全部で三十二個もあるぞ」
「めっちゃ集まってるやん! 嬉しいけどウチだけで全部さばき切れるかな~?」
「参加者も、当日パッと見ただけじゃ値段を付けられないんじゃないか」
水をいれるだけでお湯になる壺。
入れた食べ物を新鮮な状態で保つことができる箱。
塗ると瞬時に肌がツヤツヤになるクリーム。
それぞれの魔道具には出品者が書いた、効果のメモが貼られてある。
「この効果メモから売り口上を考えたらええねんけど、紅玉の鹿亭は午後二時半からの三時間しか借りられへんからなぁ」
「酒場として営業できる状態にしないといけないから、使えるのは実質二時間半ぐらいかな。ひとつの魔道具を競りにかけるのに五分かけるとして。これ以上品物が増えると時間が足りない」
「どーすんだよ。開催日を二日に分けるか?」
ジェキルが魔法の保存箱についているホコリを手で払った。
うーん、あと四日でオークション当日なわけだし、急な日程変更は避けたい。
「もう面倒だからよ。会場にズラッと並べて、事前に見てもらえばいいんじゃねーか?」
「事前に下見してもらうってことか。いやアリじゃないか、それ」
「ジェキルちゃん、冴えてるやん!」
リントが目を輝かせる。
『三人寄れば文殊の知恵』だっけ。やっぱり仲間は多い方がアイデアも出やすいな。
「ふふん、あたしは戦闘以外でも役に立つだろ? あとはディモンに開催前から下見の会場として借りられるか、だな」
「そこは大丈夫! ランチ営業後の午後二時から五時までは練習で使っていいって言ってくれてたもん。あとはエルムちゃんに下見の件を追記してもらお♪」
リントがエルムさんに下見の件について説明をはじめた。
さっそく今日から、希望者には下見が可能である旨を追記してもらう。
その間に、俺は集まった魔道具をすべてリントのカバンに詰め込んでいく。
まだ余裕はありそうだけど、大型の出品商品が増えたらカバンを増やすことも考えないとな。
「よし、こんなもんかな」
紅玉の鹿亭に着いた俺たちは、下見会場の設営を進めていた。
テーブルと椅子を端に寄せて作ったスペースに、俺は魔道具を並べていく。
事前に並べておくのは大型の魔道具だけだ。
手のひらに収まるような小さな魔道具は、下見をしているフリをしてポケットに入れられたってわからないからな。
あとは要望に応じてリントがカバンから出す。
「うんうん、ええんちゃう? ウチ、ちょっと予行練習しとこうかな~」
「じゃあ、あたしとアオイが落札者の役をやってやるよ」
俺とジェキルは椅子に座り、リントがテーブルの前に立った。
その目の前にはオークション用のハンマーと円形の台が用意されている。
リントが小さく息を吸った。
「ほな、いっきまーす! 今日は特別な魔道具を紹介するで! これが噂の『水をいれるだけでお湯になる魔法の壺』や! これで毎朝のコーヒーも楽勝や。これはもう家宝にするしかないわ!」
元気いっぱいのリントの声が、酒場中に響く。
よく即興で売り口上を考えられるもんだな。
改めて、競売人ってのはリントにぴったりの仕事だと思う。
「さあ、まずは金貨五枚からスタート! さーて、誰が一番に手を挙げるんや? お、そこのお兄さん! 五・五枚? やるなあ、ええ判断やん。はい、そこのエロそうな褐色のお姉さん! 金貨六枚来たぁッ! お姉さんもなかなかの目利きやん♪」
これこそ立て板に水ってやつだな。
まるで詰まることなく、良いテンポで競売が進んでいく。
リントの弾むような明るい声質もいい。
聞いているこちらも思わずテンションが上がって、入札してしまいそうになる。
「はい、落札ぅ~! この壺は今日からお姉さんのモンや! 可愛がってあげてな♪」
リントが軽快にハンマーで台を叩く。
その後もふたつ、三つ、と模擬練習とは思えないほどの滑らかさで競売が進んでいった。
「おう、盛り上がってるとこ悪いけどよ。さっそくお客さんが来たみたいだぜ」
入口の扉からディモンが中をのぞき込んだ。
その後ろにはやけに豪華な馬車が見える。
金色の装飾が施され、黒く輝く車体。
窓には豪華な刺繍のカーテンが揺れていた。
使用人らしき男に手を取られ、白いドレスを来た女性が降りてきた。
「そこのあなた。ここが下見会場かしら?」
「ええ、そうですよ。どうぞ中へ」
ディモンも変にかしこまって案内をした。
この立ち振舞いを見る限り、上流階級に属する人っぽいな。
華のある人だ。すこし離れた場所から見ても、とんでもない美人だというのがわかる。
おまけにとんでもない魔力を放っている。きっと魔法も使うんだろう。
「私はアマリア・グレイランド。ここに魔道具が集まっていると聞いたの。見せてくださる?」
ウェーブがかった金色の髪。
凛とした目元に高く通った鼻筋。
輝く唇は優雅な美しさを感じさせる。
大きく胸元が開いた白いドレスには、レースやフリルがあしらわれていた。
リントの目がギラリと鋭く光る。
その視線はアマリアの胸元に注がれていた。
「リント、ダメだよ。お客様なんだから粗相のないようにね」
「わーかーってるってば、アオイちゃん。ウチだっていきなりお客さんのおっぱい揉んだりせーへんから」
「……。」
「なにその顔? ウチのこと信じてないん?」
いやいや、いきなりジェキルの胸を触ってたからなぁ。
スキンシップにしても、もっと仲良くなってからでしょ、ああいうのは。
「あなたたち、何をこそこそと話してるの?」
「あ、はいはい、失礼しました。それにしてもグレイランド家のお嬢様にご来場いただけるなんて光栄の至り。ウチ、リントって言います~よろしゅう♪」
「よろしく、リントさん。それで、ここに並んでいるのが魔道具?」
「エヘヘ、その通り。どれもウチが選び抜いた逸品で――」
アマリアは俺たちに目もくれず、ずかずかと下見会場の中央まで入ってくる。
その後ろにリントがもみ手をしながらついていった。
「ケッ。偉そうなヤツだな。気に入らねー」
「ジェキル、聞こえるよ。実際、偉い人なんじゃないのか?」
「グレイランド家は大貴族の家系さ。まあ別にアイツがすごいわけでもなんでもないけどな」
「マズイってば」
ジェキルは足を組み、手を頭の後ろに組んであくびをした。
「聞こえてますわよ。そこの、はしたないあなた」
「はしたないだぁ? 偉そーな女よりずっとマシだろ?」
う、マズイな。いきなりお客様とケンカだよ。
どう考えてもアマリアとジェキルは性格的に合いそうにない。
「ごめんなさい、アマリア様。あの子、物言いがちょっと乱暴なだけやねん。普段は魔物をぶった斬ったり――あ、普段から乱暴やわ」
おい! フォローするんじゃないのかよ!
リントがにらみ合うふたりの間に割り込んでいく。
「ほら、このカバンの中にも魔道具がたっくさんありますから♪ ゆっくり見ていってくださいな」
そういってリントがカバンから小瓶を取り出した。
それを見たアマリアの表情が変わる。
「ちょっと待って、なんですの? それ」
「これ? エヘヘ、お目が高い! これは塗ると瞬時に肌がツヤッッッツヤになるクリームですねん」
「ツヤツヤに。少し、試してみてもいいかしら?」
「ええ、どうぞどうぞ。ちなみに金貨十枚からスタートする予定ですわ~♪ もしかしてアマリア様、美容系の魔道具をお探し?」
アマリアが小瓶に入ったクリームを手の甲に乗せ、なじませている。
目がらんらんと輝き、口角が自然に上がっていく。
「ええ、そうなの。美を維持するのも貴族のつとめ」
「んん~まさしく! でもこれ以上キレイになっちゃったら、女神様に嫉妬されるんちゃいます?」
リントが上目遣いでアマリアを見ている。
ホント、調子いいなこの子は。
「魔道具に頼らないといけないなんて、大変だなァ貴族様は」
「あら、あなたも美容に気をつけた方がいいんじゃなくて?」
「あいにく、あたしは魔道具なんて使わなくてもこの通りだからな」
ジェキルは椅子に座ったまま肩をすくめた。
すごい自信だな。ただ、大口叩くだけのことはあるんだよな。
アマリアは眉をひそめたまま、ジェキルを頭からつま先まで見ていった。
「ふん。悪くはないけど、気品のかけらも感じられないわ。それじゃダメね」
「はあ? 気品が何の役に立つんだよ」
あーもう、すぐケンカする!
このふたりは近づけちゃダメだな。
「失礼しました、アマリア様。私はアオイと申します。こちらはジェキル。度重なる非礼をお詫び――」
「結構よ。このクリームも気に入ったわ。オークション当日は美容系の魔道具はすべて、この私が落札してあげる」
微笑みながら俺の方を見て、ウインクをする。
それじゃごきげんよう、と言いながらアマリアは去っていった。
彼女が通った後にはフローラルな香りが漂っていた。
俺はその後ろ姿を見つめていた。
てっきり怒られるものかと――金持ち喧嘩せずってヤツだろうか。
お目当ての魔道具が見つかってご機嫌だった、ってのもあるだろうけど。
それにしてもキレイな人だったなぁ。
リントやジェキルとはまたタイプの違う、華やかな美人だった。
「おい、見すぎだろ……お前ってもしかしてスゴイ女好きなんじゃねーのか?」
「もう~気が多いな、アオイちゃんは。ウチらじゃ物足りひんの?」
「ち、違うよ! ほら、普段は貴族の人と接することなんてないから、ね」
俺はうろたえながら弁明する。
だってさ、こっちの世界に来てからというものの、可愛い&キレイな人ばっかりで緊張しちゃうんだよな。うれしいけど。
それはともかく、ジェキルには言葉使いを改めてもらわなくては。
無事にオークションを開催させるためには、まだまだ越えなきゃいけないハードルがたくさんあるみたいだ。