ep.22 *
遮光カーテンの襞許からこぼれる日差しに目を眩ませた。それと同時くらいに頭の上で時計が静かだった家を険しい音で引き裂くように騒ぎ立てた。
起きるから、起きるからとりあえず黙ってくれと無機物にそんなことを思いながら腕を後ろに回して目覚まし時計を止めた。
6:30 起床。それが僕の日課であり、日常である。
夢現の曖昧な中を彷徨う思考でもってして拙く、リビングの一階へと下っていく。
寂しいリビングで食事を済ませてそのまま洗面器に直行する。洗顔、歯磨きと済ませてトイレで済むだけの用を足す。
7:00には身なりを整えて、自家用の自転車を跨ぐ、自家用といっても使っているのは僕だけだけれどもそれはどうでもいい話か。
10分も漕げば最寄り駅まで着く。定期利用している駐輪場に自転車を止めて、周りと歩くスピードを合わせるようにして雑踏にまぎれて電車へと乗り込む、乗降が絶えず続き、学校に近くなるとうちの学校の制服を来た生徒がちらほらと見受けられるようになる。
7:40 頃には学校の最寄り駅を降車して学校へと歩き向かう。
まわりは友達だの、クラスメイトだのとつるんで歩いているようだが、僕はその内容を知らない。耳穴を揺らす音に遮られて前に映る生徒の笑っている顔はわかるが、なぜそんな顔になるのかは分からない。
肩がぶっつかると生徒は軽く会釈して僕の目の前を通り過ぎっていた。
僕の片頬に風が流れる。自転車がまるで風すらも置き去りにするように、速い速度で僕のそこにあった空気を根こそぎかっさらっていく。
8:00になれば教室に着いて、席に腰掛けて持ち歩いている小説を手許で開く。
うちのクラスは騒がしさが目立つというか、耳障りになるために耳栓代わりにイヤホンを両耳とも装着する。多少なりとも緩和されるが、音楽を聞いているわけでもないために外音がかすかに漏れ聞こえてくる。
それくらいは我慢だと僕は文字を追うことを諦めない。
できるならば、静かな場所で読みたいと思うがそうはいかないだろう。いくら公共の場と言って僕が強く出れる筋合いはない。そういうなら四の五の言わず図書館で読むべきなのだろうから。
8:10 ほとんどの生徒はクラスに落ちて着いて、他クラスの生徒と会話をしていた女子たちもいつの間にかクラスに戻ってくる頃合いであり、もう5分後には始業チャイムがなる。
8:20 朝のホームルームを終えて、緊張がぷつりとでも切れたように思い思いに喋り始める。うちのクラスは半ば優良生徒振っている生徒が多いために早くホームルームが終わってしまう。
担任は教卓の上で何かと忙しそうにしているが、周りはそれを気に留めようともせずに俗な会話に耽っている。
クラスの生徒全員分に日誌が回ってしまったためにまた、僕が日直をしなければならないようだ。
僕は自分で担任の許まで出向き日誌を受けて取る。
筆圧で前、見たときよりも膨らみがましているような気がする。塵も積もればとも行ったものだが、こうやって傍から見てもその厚みがこのクラスの歴史を綴っているようにも思えた。それは四十川という生徒さえもそこには今だに名が残っている。
そう思うと少ししんみりと感慨深いなる。
気づけば、四十川の席がなくなったことにも違和感を覚えなくなった。
順応したというべきなのか。ただただ忘却されてしまったのか。いや、医学的にいえば忘却ではなく単に忘れたといったほうがいいのだろうか。海馬としては確かに彼女の席がそこにあったとこうやってありありと思い起させるのだから、忘却という言葉少し甚だしかったかもしれない。
8:25 予鈴が学校全体に鳴り響いた。手許に置かれた必須道具とともに机の半分を占領するという狂気じみた日誌によって教科書やノートと言ったものは極力避けなければならない。というのも最初のうちに書ける部分は書いてしまおうという魂胆であるのだ。
それゆえに僕は日付ならともかく、天気やら今週の目標やらとそれを書くことにどんな意味があるのかと懐疑心を抱きながらも、前日のページに倣うように極力頭を使わずに空欄を埋めていく。
チャイムが鳴ると、渋々日誌を閉じて号令をかける。
僕の合図で従う彼らはなんとも従順な人間なのだろうと嘲笑したくなるが、僕自身もその中に入っているために他人事のように笑えない。
黒板をなぞる白いチョーク。叩きつけるようにして教師は黒板に文字を羅列した。
教科書のページを口頭で伝えると一斉にそのページを開く。もはや英語の定型文のようにして皆同じ動作をなぞるのだ。
僕もノートを開いた跡に教科書を開いた。
アルファベットの集合体が横に並んでいる。きっと面白いことは書いていないのだろうと侮りつつも、それを翻訳しろというのだから、なんとか英語のその型その型に合わせる。
そういえば、中間を終わらせたというのに今日は通常授業なのだなと思いながらも、僕は淡々とした教師の話を眺めている。
夜ふかしをしたつもりはないが、やはり退屈にはお供としてあくびというものをつきたくなるのだ。
いくら教育に熱心であれ、こっちに意欲がなければそれはゼロを掛けているようなものだ。
退屈しのぎに円を宙に描くように手持ち無沙汰の手でペンを回した。




