6 女子力勝負
もちろん授業は右から左に聞き流し。
そして決戦の昼休み。
「コレミナ様!エリス様!」
「「はい!」」
「嗜好操作!」
ダッシュで王子の元に向かう二人。小声で呪文を唱える俺。
「「トラゾド殿下!私たちとお食事をいたしませんか!」」
「あ、ああ、いいよ」
王子は少し引き気味だったけど、結んだシャツに押し上げられて強調されている胸と、パレオから覗くパンツが目に入ると、すぐにデレッとし始めた。よし、効いてる効いてる。
「殿下、今日もお弁当、いかがですか?」
「もちろん!」
セルシーちゃんが現れた途端に、王子は二人に興味をなくしてしまった…。くそっ。これでも弁当に負けるのか。まして、昨日、弁当の味を知ってしまったから、今日のそれは愛情のこもっているだけのただの箱ではなくて、美味しい料理という属性も加わっている、強力な武器だ。
結局、昨日と同じ。俺たち三人はお葬式ムード。何もできないまま学園二日目が終わった。
「今日は私がセディール様を洗う番です」
「私はコレミナ様ね」
「わたくしはエリス様を洗いますわね」
これからずっと狭いシャワールームを三人で密着して使っていくのかと思うと…、悪い気はしない…。
「ねえコレミナ様…、何をやってらっしゃるの…」
「えっ?セディール様は昨日こうやって私を洗ってくださいました」
コレミナは俺に胸を…。エリスもコレミナに胸を…。俺、昨日そんなことやったっけ…。密着はしてたけど…。
「セディール様、早く私を洗ってください!」
だいたい、キミたち、タオルはどこ?
「セディール様、違うでしょ!」
「は、はい…」
俺が教えたはずの洗い方は曲解されて、なぜか俺も同じことをするハメに…。うん…、なんだか正しい洗い方な気がしてきた…。
「ちょっと…そこは…。んー…」
「どうなさいましたか?セディール様は昨日こうしてくださいましたよ」
それは、俺も洗い方のよく分からない部位…。立って密着していたから見ずに触っていたけど、そんな触りかたしてたのか…。うん…、なんだかとても良い…。
「セディール様、昨日と同じようにお願いします…」
「分かりましたわ…」
「そうです…、とても良いです…」
なぜ俺が指導されているのか…。
「ふう…、今日のシャワーも良かったですね」
「はい」
シャワーが良かったって何だろう。うん、たしかに良かった。
俺の部屋で作戦会議。でもこれといって案はない。だから何のために集まっているかというと、俺が二人の面倒を見て、そのまま俺のベッドに三人で寝るからだ…。
結局何の改善もないまま週末を迎えた。
「お二人とも、土曜と日曜日はお時間あります?わたくしに付き合っていただけませんか?」
「ぜひ!」
「どこか行かれるんですか?」
「来週の作戦の仕込みですわ」
「それは楽しみです!」
「それでは、明日九時にわたくしの王都邸までおいでくださいまし」
「「はい!」」
今日は金曜日。三人はそれぞれの馬車に乗って、自身の王都邸に帰った。
そして翌日。
「ようこそ、おいでくださいました」
「お招きいただきありがとうございます!セディール様!」
「ごきげんよう、セディール様!」
セディールの記憶によると、この二人は、お茶会のため、タンドスピロンの王都邸に何度か呼んだことがある。以前呼んだときはこんなに明るくなかったなあ。
「こっちは私のメイドのミスリーですわ」
「ミスリーです。以後お見知りおきを」
「今日はミスリーにも手伝ってもらいますわ」
二人はミスリーの自己紹介をスルーした。俺が乗り移る前のセディールと同じで、二人はメイドのことなんて物としか思ってないんだろう。だから、寮での身支度とかも教えてもらってないんだな…。
「今日は何をなさるんですか?」
「こっちにいらして」
「ここは…、厨房?」
「ここで何を?」
「みんなでお弁当を作りましょう!」
「「ええっ?」」
俺は生前、八歳下の妹と二人暮らしをしていた。親を交通事故で亡くしたのだ。俺も交通事故で死んだけど…。一人残してきた妹が心配だ…。親戚に引き取ってもらえただろうか…。
まあ、もう戻れぬ日本のことは忘れるしかない。それよりも今は弁当。親の遺産があったからたいした節約はしてなかったが、二人の朝晩めしや自分の弁当くらいは自炊していた。俺は女子力の高い男の心を持ったご令嬢なのだ。
ミスリーはレディースメイドだが、ちょっとした料理くらいは作れる。王都邸のシェフに教えを請うこともできたが、作りたいのは女の子が一生懸命作ったお弁当であって、本格料理ではない。まして、王子は王宮料理で舌が肥えてるだろうから、いかに最有力公爵家の料理をぶつけても響かないだろう。
さすがに、可愛い盛り付けとか、キャラ弁みたいなものは知らないが、男が好むものは分かる。
メニューに選んだのは、おにぎり、ハンバーグ、唐揚げ、出汁巻き卵、枝豆みたいな豆、ブロッコリーみたいな野菜。この世界の食材は、地球のものと似ているが同じものではない。
うう、出汁を取るのは面倒だ…。というか、あいにくサイカトリー王国は内陸なので、出汁にできる魚介系が全くない。しょうがない。コンソメだ。コンソメなんて一から作ったことないから、ミスリーと試行錯誤しながらなんとか作った。
唐揚げは醤油で味付けしたかったけど、そんなものはないから塩味にした。あれ?セルシーちゃんが持ってきたお肉とジャガイモの煮込みからは、醤油の匂いがしたような…。ってかあれは肉じゃがだったじゃないか。平民料理には肉じゃがあるのか…。ああ、最初から彼氏が喜びそうな料理の上位をラインナップに入れていたんだな…。セルシーちゃん、手ごわい…。というか、俺の嫁にしたいくらいだ。
お米はあったが、日本米みたいにもちもちしてない。タイとかインドの米に似てるかな。パラパラしすぎていたから、少し水を多めにして炊き直して、なんとかおにぎりの形に。本当は鮭を入れて海苔で巻きたかったが、出汁同様、どちらも入手不可。何も入れないとただの米の塊だな…。そうだ!焼きおにぎり!ってここでも醤油はないから、コンソメスープで味付けした焼きおにぎりになった。
ハンバーグも大変だ…。涙を流しながら玉葱風の野菜を切った。挽肉も自分で挽いた。もちろん手ごね。俺の汗と涙の味がするに違いない…。
でも愛情のこもった弁当には手間をかけるものだ。俺の愛情じゃない。コレミナとエリスが愛情を込めるんだ。汗と涙の味もコレミナとエリスのものだ。
フフフ、焼きおにぎりと唐揚げと出汁巻き卵はこの世界にはないからインパクトあるだろう。
「セディール様がお料理をおできになるとは知りませんでした…」
まあ公爵令嬢は料理なんてしないから、ミスリーにも見せたことはなかったし。
「セディール様は何でもできるのですね」
「セディール様…、一生付いて参ります…」
エリスとコレミナはまた俺を崇拝している。
結局、全部で六時間かかった。弁当作りに六時間もかけるわけには行かない。
寮の部屋には冷蔵庫やコンロの魔道機械が備え付けてある。とりあえず、コンソメとハンバーグの種と唐揚げは日曜に仕込んでおいて、当日火を通せばいいだけにしておこう。
もう午後三時。基本的に味見しながら作ったから大丈夫なのは分かってるが、試食と称して自分たちで作ったものを昼食としていただいた。
「セディール様の考えたお料理は、初めてのお味ばかりで、とても美味しいです!」
「お店が開けますね」
「月曜はあなたたちが作るんですよ。もちろんわたくしも手伝いますが…」
「「はい!」」
「それではまた明日同じ時間に」
「「ごきげんよう」」
二人は笑顔で帰っていった。
「本当に、セディール様がお料理をなさるなんて驚きです」
「何度も言わなくていいわよ。今日はありがとうね」
「いえ、セディール様のお手伝いができて光栄です」
翌日、コレミナとエリスがやってきて、同じメニューの練習。昨日よりは手際がよくなっていて、四時間で終わった。同じものだけど、昼食としていただいた。そして、明日持っていく用に、仕込んだコンソメとハンバーグの種と唐揚げを二人は持ち帰った。今日はそのために携帯用の冷蔵庫を持ってきていた。
魔道機械はコンセントコードはなくて、すべて魔石という電池のようなもので動いている。だからきっと、カセットコンロのようなものもあるんだろう。
そして、決戦の月曜日。悶々としているだけの授業を終えて、
「嗜好操作!」
相変わらず水着制服な二人に目が行くように仕向けつつ…、
「「トラドゾ殿下!今日は私たちでお弁当を作って参りました!是非召し上がってください」」
「わ、わかったよ。でも…」
「殿下、私のお弁当も半分召してください」
「うん。そうだね。半分ずついただくよ」
まあ、ここまではだいたい予想どおりだ。だから、弁当の量は十歳男子が食べる量より若干少なめ。王子も十五歳くらいの体格をしてるから、全部食べてもらえるはず。
そして、相変わらずセルシーちゃんが現れた途端に、王子は二人の色気に興味をなくしてしまうのだった…。
自分たちも同じ弁当を持ってきた。みんな弁当を食べるのだが、教室で食べるわけにはいかないので学食へ。
「これは何だい?いい風味だね」
「コンソメ味の玉子焼きですわ」
「こっちは?」
「鶏肉の揚げ物です」
「どちらも美味しいね」
「「光栄ですわ!」」
「じゃあこんどはセルシーちゃんのお弁当だね。これは何だい?」
「鳥肉に自家製の甘いソースを塗って焼き上げたものです」
「本当だ。甘っ辛くて良いね」
それは照り焼き?やはり醤油で攻めてくるのか…。
「これは?」
「山菜と根菜の煮込みです」
「優しい味がする…」
それも醤油か…。あとはみりんかな。
「これは?」
「芋を潰して、野菜と一緒に、卵をベースとしたソースを和えたサラダです」
「野菜の甘みと卵の甘みがマッチしていて良いね!」
ポテトサラダ?マヨネーズ?平民の料理、恐るべし…。
「ふう、ごちそうさま。ごめんね、残してしまった。もうおなかいっぱいだ」
残されたのは、ハンバーグと焼きおにぎり。セルシーちゃんのお弁当は空。料理対決…敗れたり…。
そして、セルシーちゃんにニヤリと微笑まれる…。
午後の授業と夕食は三人で葬式ムード。
学園を出てシャワールームにて…、
「くすん…」
「うわーん」
コレミナとエリスは俺の胸元で泣き出してしまった。ちょっと…。分かるけど、シャワールームは音が筒抜けだから…。他の寮生もいるから…。
「頑張って作ったのにー」
「心を込めて作りましたのにー」
「ごめんなさい…、力及ばず…」
なんだか悲しくなってきて、涙が溢れた。
自分が王子の婚約者に選ばれさえしなければ、誰が勝ってもいい試合だ。このままセルシーちゃん優勢のままゴールしてしまってもいいと思ってた。
でも、この二人を婚約者として選んでもらえるように、俺の持てる限りの女子力を振り絞って、全力で戦ったからだろうか。敗北が悔しいのだろうか。
それとも、恋に敗れたこの二人の泣く姿を見るのが辛いからか。この二人の気持ちが分かるからか。
俺たちは狭いシャワールームで立って抱き合ったまま、しばらく泣いていた。




