5 貴族の付き合い
三人での夕食を終えて、寮に戻った。
「あ、私たちはこの後はシャワーなのですが、セディール様もご一緒しませんか」
「えっ…」
「あ、お肌をお見せになるのがはばかられるなら、私たちは別の時間にしますが…」
「いえ、そんなことはありませんわ。ご一緒しましょう」
って、そうだった。この寮は、共同トイレ、共同シャワー。もちろん男女は別。男女は別だけど、俺は女の方に分類されている…。
自分の身体でさえまだときどき見るのを躊躇するというのに、他の子の裸を見るのなんて…。
脱衣所。夕食を終えてこの場に来る子はたくさんいる。この場にいると非常に後ろめたい気持ちになる。転生してからいつも思う。なぜ女の身体に男の本能を持った心が備わっているのか。
「セディール様って、本当に大人っぽい…」
「惚れ惚れしてしまいます…」
「あ、あなたたちも大人っぽいわ」
この子たちは恥じらうこともなく身体を見せてくる。そして俺も自分の身体を見られることを恥ずかしいと思わない。
シャワー室自体はカーテンで区切られた個室。風呂はない。シャワーヘッドは魔道機械というもので作られていて、水の魔石と炎の魔石を入れるとホースも繋がっていないのにお湯が出るようになっている。ボディーソープとシャンプーコンディショナーは、ポーションで作られている。ポーションを作るのには火・雷・土・水・風の属性に適性のある人が必要。一人でそれだけ持っている人は見たことないが、闇属性しか持っていない俺はお呼びではない。
ちなみにトイレも水洗トイレ。洋式風の便器。水はシャワーと同じ魔道機械で供給され、下水は浄化槽の魔道機械で肥料にされて、消臭もされる。定期的にカートリッジ交換が必要。
サイカトリー王国は十八世紀の西洋の感じだが、設備は魔法のおかげで割と近代的だ。一年生は寮も教室も一階だから使わなかったが、エレベーターもあったりする。そのくせ自動車はなくて、いまだに馬のような動物が馬車を引いている。
俺はこの世界に来て初めて自分で自分の身体を洗っている。もちろん、前世では一人で風呂に入っていたから、自分の身体くらい洗えるのだが…、
「あのー…、セディール様…」
「えっ?何かしら?」
カーテンの外でコレミナの声が聞こえる。
「入れていただけませんか?」
「はっ?」
「その…、身体の洗い方が分からなくて…」
「えっ…」
「コレミナ様、ずるーい!私も入れてくださいまし!」
俺はOKを出した覚えはないのだけど、勝手にカーテンを開けて、狭いシャワールームにいきなり二人が押しかけてきた。
「ちょっと…、二人とも…」
ここは十歳用の寮だからなのか、何もかもが小さめ。シャワールームは一メートル四方の広さしかない。そこに十歳とは思えないほど発育の良い三人が収まるには密着するしかない。
「セディール様…、身体の洗い方を知りませんか?」
「私もメイドに任せていたから分からなくて…、セディール様がもし知っていればと思いまして…」
コレミナもエリスもメイドに任せっぱなし系か。
「わ、わたくしは身体くらい洗えます…」
というのは一部嘘で、俺もいつもミスリーに任せていたから正しい洗い方のよく分からない部位が何カ所かある…。
「では、私の身体を洗ってくれませんか?」
「コレミナ様、さっきから抜け駆けはずるいです!私もお願いします!」
「えっ…、二人とも何を…」
いまだに自分の身体を触るのに躊躇することがあるというのに、なぜ他の女の子の身体に触れられるというのか…。
「セディール様、お願いします!」
「私も、お願いします!」
「分かりましたわ…」
できると言ってしまった手前、断りづらい…。恐る恐る、コレミナからタオルを受け取って、コレミナの身体をこすり始めた。
「私も!」
「順番よ!」
「はーい」
狭くてどこを洗っているのかよく見えない…。そして自分ですら洗い方の分からない部位…。正しく洗えてるのだろうか。
「そこはそうやって洗うのですね…。気持ちいいです…」
「早くぅ、交代!」
「では、今度はエリス様を洗って差し上げますわ…」
「待ってました!」
エリスは言葉遣いが崩れてきたな…。この中で一番身分の低い侯爵令嬢とはいえ、平民のようなしゃべり方になってきた。
「うーん…。そうやって洗うんですね…。メイドにやってもらうより良いです…」
本当にこれで合ってるのか分からない。でも、二人は満足してくれたようで何より。
脱衣所にて、
「ふう…。私もいつもメイドに洗わせていて全く自分で洗い方を覚えなかったのに、セディール様に洗っていただいたら覚えられたと思います。明日は私がセディール様を洗って差し上げますね!」
「もう、コレミナ様は抜け駆けが上手ね!私だってセディール様を洗って差し上げたいわ」
「二人とも何をおっしゃって…」
「では、明日は私がセディール様を、エリス様が私を、セディール様がエリス様を洗う日にしましょう。あさっては逆回りです」
「分かりました!それでいいです!」
二人は勝手に決めてしまった。まあいいか…。
俺の部屋に二人を招いて作戦会議。
「明日の作戦ですが…。スカートを短くしますか?胸の露出はあまり効果はありませんでしたが…」
「そうですね、一応試してみたいです。ですが…」
「裁縫道具を持ってきてないし、裁縫なんてできない…」
この世界では裁縫はご令嬢の嗜みではないのだろうか。たしかにセディールも裁縫はちょこっとかじっただけで、がっつりやっていた記憶はない。でも、俺は日本の学校の家庭科の授業で、裁縫くらいは習っているのだ。複雑なドレスの仕立ては無理でも、制服のスカートの直しくらいはできるはず…。
それに、ミスリーが裁縫道具を持たせてくれてるし。ああ、これは制服のスカートが長くて周囲に負けそうになったときに、自分でなんとか短く調整しろという配慮なのか?
「わたくし、少しできると思います」
「ホント?セディール様、大好き!」
「私、セディール様に一生付いて参ります…」
おいおい、裁縫できるくらいでそれはないだろ…。
すでに、シャンプーハットみたいな長さのスカート…。どこまで短くしていいものやら…。
キミたち、これ切っちゃったの?元に戻せないじゃん。さすがにこれ以上短くして、戻したくなったときに戻せないのは困ると思うので、折りたたんで調整することに。
そうだ、もう完全にパレオにしてしまおう。プリーツのあるパレオって見たことないが。長さは左右で非対称。左側は三センチ、右側は十センチ。
どうせならシャツも水着風にアレンジ。ボタンを一切留めずに、左右の裾を縛る。ああ、こういうコスプレ水着ってありそうだ…。
「こ、これは…」
「セディール様…」
改造した制服を二人に着せた。シャツは縛っただけで何も改造してないけど。
スカートがさらに短くなったため、二人のエグいパンツが前からも後ろからも丸見えだ。こんな格好して学園に行っていいのだろうか…。
「とても素敵です!シャツのこのような着方があったなんて」
「まさか左右非対称のスカートなんて」
俺はまっとうな高校生だったから、エッチな衣装なんてそんなに知らない。ただ記憶の片隅にあっただけだ…。うん。
「セディール様は素晴らしいセンスをお持ちですね!」
「ホントホント。ブランド立ち上げられますよ!」
この二人は俺がセディールに乗り移る前は傀儡だったと思うけど、今では崇拝者のようになってしまった…。
作戦会議を終えて、二人は自分の部屋に戻った。…のだけど。トントン、とノックの音がした。
「「セディール様…」」
声が二つ聞こえた。コレミナとエリスの声なのは間違いないから、ドアを開けた。
「どうなさいました?」
「えっと…」
「その…」
二人はさっき改造した水着制服のままじゃないか…。
「まさか、着替え方が分からない?」
「「はい…」」
この二人、本当に身の回りのことをメイドに任せっきりで何もできないのか…。いや、セディールもそうだ。上位貴族ってみんなこうなのか?
俺は二人にネグリジェを着せてあげた。ネグリジェというか、ランジェリーというか…。これなら水着制服のまま寝てもよかったんじゃなかろうか。んー、来週は俺もランジェリーを調達しようかな…。
歯磨きもしてなさそうだったから、二人の部屋から歯ブラシを持ってきて、歯も磨いてやった。
「セディール様って何でもできるんですね…」
「こういうことは私よりも苦手だと思ってました…」
おい。たしかにセディールの生活スキルはひどかったと思うけど。エリスが言うことじゃないだろ。俺がセディールに乗り移らなかったら、セディールも含めたこの三人は路頭に迷っていたのではないだろうか。
「セディール様…、私、セディール様と一緒に寝たい…」
「私も!」
「えっ…」
この部屋の備品は十歳用だからか、何もかもが小さい。もちろんベッドもシングルサイズ以下。これじゃシャワールームと同じじゃないか。
「狭くありませんこと…?」
「丁度いいです」
「むしろ良いです!」
十歳用の狭いベッドに十五歳並の発育の女子が三人、密着して寝ることになった。うん、たしかに良いかも…。
翌日。
「おはようコレミナ、エリス」
「うーん…。おはようございます。ってまだ早くありませんか?」
「……」
コレミナは窓の外を見て、まだ薄暗いことに気がつき、部屋に備え付けの時計を見た。時計の針は五時を指している。ちなみに時計は魔道機械でできていて、時刻は地球と同じ二十四時間制。時計は十二時間で一周。
「この時間でいいのよ」
もちろん二人は朝の身支度ができないはず。女の身支度が大変なのは学園に入る前に身をもって体験した。オイルを塗って長い髪の毛をとかしたり、着替えたりで、起床後一時間は部屋から出られない。
屋敷や王都邸にいるときはミスリーにやってもらっていたが、学園にミスリーを連れて行けないと聞いたから、一人でできるように猛特訓した。だから、自分の身支度をするのは問題ない。
だが、まさか公爵令嬢に転生して、他のご令嬢の面倒を見るというメイド紛いの仕事をさせられるとは思ってなかった。自分の身支度を含めて三人分。五時から八時までかかるはず…。うん、丁度いい起床時間のはずだ。
幸いなことにここではドレスの着付けがない。でも俺は慣れてないから、他の身支度で一時間使い切ってしまうはず…。
「セディール様…。何から何まで申し訳ございません…」
「全くよ!」
「ひぃ、ごめんなさい…」
「あっ…、いいのよ…」
しまった。セディールお得意の傍若無人お嬢様モードで怒ってしまった。俺は温厚な紳士だから、傍若無人に振る舞うなんて無理だと思っていたんだが…。いや、この状況は誰だって怒るよな。でも…
「他の女の子を着飾ることができるのは、むしろ、楽しいですわ」
そう。髪の毛をとかしたり、服を着せたり。意外に楽しい。自分と違ってカラフルな髪なのもいい。
「私もできるように練習していきます」
「そうね。そうしたら、みんなで髪のとかし合いをしましょう」
「それは素敵ですね!」
「よし、コレミナ様は完了よ」
「ありがとうございました…」
やはり一時間近くかかった…。
「次は…」
エリスはまだ夢の中。
「起きなさい!エリス様!」
「ふゎぁぁぁぁー」
大きなあくび。ご令嬢失格。いや、昨日の夜くらいからずっと言葉も乱れてきたし、もともとこういう感じなんだろう。
寝ぼけたままのエリスの身支度。今度はコレミナも手伝ってくれるから、少し早く終わった。
それにしても、こんな水着のような制服で学園に行ってもよいのか。いやここは異世界。学園は結婚相手を探す場所。これでいいのだ。何度も自問自答を繰り返している。
朝食は学食で取る。朝の支度に朝食の準備がないのは幸いだ。
王子とは出会わなかった。出会っても困るな。エリスはまだ寝ぼけてるし、どうせ嗜好操作はそんなに長く使えないのだ。昼に勝負をかけるとしよう。
王子とは出会わなかったのだけど、他の男子からの視線がすごい。ふふふ、どうだ男目線のコーディネートは。ただの露出とは違うのだよ。男が見たいと思う姿を知っているのだよ。
そもそも俺たち三人は、この学年でトップの美少女のようだ。視線を集めないはずがない。それにも関わらず誰も声をかけてこないのは、俺たちが王子の婚約者候補だと知っているからか。