かつての師
あたしは未だに自分の心臓を抉りにかかる日本刀を引き抜いた。相も変わらず暴れ回り、傷つけようとするのを力業で押し留める。時折鳴る歯軋りに自分でも苛立ちながら、何とか箱の中に戻す。帰ったらまた札を新調して貰おう。
兄貴の矢も全て引き抜いて、亡骸になったそれに予備の短刀を突き刺した。あたしに対する呪詛、怨恨。それだけが刃に吸収されていく。余計なものなど要らない。殺意だけでいい。そうしたらこの大太刀と同じように、一生かけて僕として扱ってやるよ。
「ごめん。遅くなった」
全てを片し終わった後、あたしは無垢な御霊に霊力を流す。力を受けた魂は白い光を放ち、人の姿を再生させる。漸くあの時と同じ、神社で初めて会った神擬きになった。形作ったとはいえ不完全。祓われた故に半透明で、直ぐにでもこの姿は消えてしまうだろう。
彼は悲しげな目で此方を見つめている。幸い塵も無い。貴方の姿だけが鮮明に見える。
「あぁ.......。随分と変わり果てた姿で会ってしまった。君のことも傷付けてしまった」
「堕神と同化していたとはいえ..............いや同化して、人間を喰らったから、あんたはもう居られないんだ」
人から“居ない”、“去った”とされていた神様は実際にそこにいた。だが余りにも多くの思いが、そのように向いてしまったが為に、認識する事さえ難しくなった。それに堕神が目を付けた。人間の御魂よりも力が強く、かつ相手は忘れられているが故に思うように力を振るえない。格好の餌にされたのだ、彼は。
気が付くと頬が濡れていた。誰も分からなくても、あたしだけは見えていた。見えた礼に力の使い方を教えてくれた、優しい神様。でも、もう..............。
「さよなら、私の師。あんたのお陰で自分が少しだけこの世界が好きになれたよ」
最後の感謝の言葉は光の屑となって消えていった。もう跡形もない。僅かに残された思念だけが対流する。それをどうにか掻き集めて、数珠に宿す。もう何の力も持ち得ないものだ。でもだからこそ、貴方の罪も無い。
ごめんなさい。こうする事でしか、貴方を救えない。
凛がほんの少しだけ、自分の目を愛せた話。
この目が無かったら、過ぎ去りの神と出会えなかったし、救えなかった。
だから、以前の世界よりも綺麗だと思います。




