0章―2頁
【null-zwei】
『どうしたんだい、今夜はエラく気障を言うねぇ。……正面から行くのかい?』
こちらの様子はマザー・アルカリアにも見えているはず。おそらくはあの、趣味の悪いインテリアの並ぶ薄暗い部屋で壁一面を覆うモニターを見つつ、煙管でも嗜んでいるのではないだろうか。
あの部屋を覆う、どこか腐臭にも似た甘ったるい臭いを思い出して、オレーグは僅かに眉をひそめた。が、『クライアント』の機嫌を損ねるのもいただけない。
オレーグの言葉は、ただマザーの好む舞台の役者のように。少なくとも、自分の生計の三分の二は担っているであろう大きなクライアントの不興を買うのは好ましくなかった。
コンテナの陰に立てかけてあった、彼の『相棒』を手に取る。
「当然。あの程度の警護を相手に、わざわざ忍び込む意味もないだろう。後顧の憂いは叩き潰すに限る」
二メートルを越えようかというその『相棒』を右肩に担ぎ歩み出すその姿は。
『それにしても……』
「あ?」
まるで。
『板についてきたねぇ、そのすがた。悪くないよ』
死神そのものだ。
月明かりに冴えた白銀の光を跳ね返す、彼の得物。二メートルを越える金属の長棒の先端に、大きく屈曲したU字型の金具の続くそれは、刺叉だった。死神に見紛うような、黒尽くめの装束に、大鎌を思わせる巨大な刺叉、それが《ななしの》オレーグの名前で通っている始末屋。
輝く月が、歩み出した彼の、その横顔をわずかばかり捉える。
顔立ちは端正に整っていた。三白眼の浮かぶ大きい、垂れ目型の目尻に細切れなタトゥーが並び、目と合わせるとその形はハート型のようにも見える。鼻は高く、すっきり通った鼻筋から薄い唇へと続き、その右端には大きな傷跡が顎先から伸びてきていた。
「あんたにこの趣味の悪りィスカートを渡されたときは、どうしようかとも思ったがな」
そういえば、夜天に座す満月のように、彼の黒づくめの衣装の胸のあたりには銀色の光を打ち返す、首から下げられた真ん丸のペンダントがあった。表面には何らかの紋様が刻まれているのだが、それを打ち消しでもするかのように斜めに大きく深く、えぐり取るように走った傷が印象的だ。
まるで、なにかの神聖を打ち消し、否定でもするかのように……。
『それじゃあ、せいぜい派手に踊ることだよ』
「……あぁ」
ゆったりと歩み寄る彼に、倉庫の前の彼らが気づいたのだった。
「おい、そこのお前! とまれ、ここに何の――」
言い終えることもできなかった。