-エピローグ-
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スラセラート学園
地下ラボ内
葉瑠は作業台の上で情報端末とにらめっこをしていた。
端末画面には複雑な数式や設計データが表示されており、葉瑠は眉をひそめてながら画面をタッチしていた。
「やっぱり、初めから組み直したほうがいいかもしれないなあ……」
呟き、溜息をつく。
ラボ内には作業中の学生やエンジニアがそれなりにいたが、全員がそれぞれの作業に集中しており、葉瑠の声は聞こえていない様子だった。
葉瑠は作業服に身を包んでおり、セミロングの髪は後頭部で纏めていた。
幼さの残る顔面にはオレンジフレームの眼鏡が、左手首にはピンクメタルの機械式腕時計が巻かれていた。
葉瑠はその腕時計をちらりと見、更に溜息をつく。
「もうこんな時間……ちょっと休みましょうか……」
またしても独り言を呟き、葉瑠は作業台から離れようとする。
すると、いつの間にか作業台のすぐ近くに少年の姿があった。
銀の髪に黒い瞳の少年
大きな眼鏡を掛けた気弱そうなその少年は葉瑠を見上げる。
「葉瑠教官」
「何かなカイセイくん」
葉瑠はその少年『カイセイ』という名の男子生徒の事をよく知っていた。
彼はランナーコースの訓練生なのだが、ラボによく出入りしている。
因みに私は現在スラセラート学園でエンジニアコースの教官の職についている。
ランナーとして活躍する未来もあっただろうが、エンジニアとしての人生も悪く無い。何より、全く危険に晒されないのは大事なことだ。
制服をきっちりと着込んだ彼は、羨望の目で葉瑠を見、言葉を再開する。
「将来は教官のような立派なエンジニアになりたいです」
「いきなりどうしたの……? っていうかカイセイくん、ランナーコースの訓練生でしょ……」
葉瑠は膝に手を当て少し屈み、カイセイと目線を合わせる。
カイセイは葉瑠と向かい合うことが恥ずかしかったのか、眼鏡を弄り、視線を横に逸らした。
「……実は昨日、父と意見の行き違いがありまして……これからはここでお世話になることに……」
「こらカイセイ!! お前また訓練サボってこんなところにいたのか」
怒鳴り声とともにラボ内に入ってきたのはシンギ教官だった。
シンギ教官は相変わらずランナー界で最強の座についており、毎日のように訓練生達を鬼のようにしごいている。
最強のランナーに怒鳴られ、気弱なカイセイがまともでいられるわけがなかった。
「ひっ……」
カイセイは短い悲鳴を上げ、シンギから逃げるように葉瑠の後ろに隠れる。
葉瑠は二人の間に立ち、シンギを宥める。
「ほらほらシンギさん、あまり怒ると良くないですよ」
「訓練を無断でサボるのはこれで3度目だ。怒って当然だろ……っつーか、俺の指導方針に口出しすんなよ」
「無断でサボるほど訓練が嫌なんですよ。もうちょっと訓練内容を易しくしてあげたらどうです?」
カイセイを庇ったせいか、シンギは標的を葉瑠に変える。
「お前もあんまり舐めるんじゃねーぞ葉瑠。真剣勝負も24勝21敗で俺のほうがリードしてんだ。文句を言いたいなら俺に勝ち越してから言え」
「……最初の対戦は私の勝ちでしたけれどね」
「うるせえ。……足腰に来てんのに現役でお前とやり合ってる俺はすげーんだよ」
「それはそうですね」
あれからシンギ教官とは何度も対戦している。たまに本気を出しすぎて骨折したり脳挫傷を起こしたりと結構ギリギリなラインで対戦しているが、基本的に楽しんで対戦している。
一回一回本気でやり合うので頻繁に戦えないが、定期的に戦えている。おかげで腕は落ちるどころかどんどん上がっている。
エンジニアコースの教官として働き出してから結構経つが、操作技術は昔よりも確実にキレを増している。
今の私なら、あの時の稲住愛里も瞬殺……とまでは言わないが、確実に勝てる自信がある。
それはそれとして……
今問題なのはカイセイくんだ。
葉瑠は話を元に戻す。
「シンギさん、嫌々訓練したって意味が無いですよ。シンギさんはもっとカイセイくんにVFの魅力を教えてあげるべきじゃないですか? それでもダメなら諦めるより他にないと思いますけど」
「だから、訓練に参加しなけりゃその魅力も伝えようがないだろうが」
……堂々巡りである。
やはりここは本人の意見を重視すべきなのだろうか。
しかし、私から見てもカイセイくんの才能は中々のものだ。シンギさんが必死になって訓練をさせたがる理由も理解できる。
葉瑠は悩んだ挙句、カイセイくんに言葉を送り、判断を委ねることにした。
「カイセイくん」
「はい」
「夢は誰かに強制されるものじゃない。影響されることはあっても、最終的には自分自身で決めなきゃならない。今のカイセイくんはランナーになりたくないから、無理にエンジニアになろうとしてる。……それは間違ってると思わない?」
「はい……。でも、ランナーは絶対嫌です……」
「どうしてそう思うの?」
カイセイは葉瑠の影から出て、少し大きめの声でシンギに告げる。
「……だって、父さん一方的に殴ってくるんですよ? あんなの訓練の名を借りたドメスティックバイオレンスですよ……。あんなのがこれから先もずっと続くかと思うと、ランナーなんてなりなくないと思って当然です」
「それは、反撃してこないお前が悪いんだ。息子だからって手加減するつもりはないからな……」
……実はカイセイくんはシンギさんとセルカ理事長の息子さんだ。
シンギさんの英才教育の甲斐あってか、言葉を覚えるよりも早くVFの操作を覚え、学園に入学してからはずっとランキングで1位の座を保っている。
とは言え彼はまだ子供だ。自分の将来を不安に思うのも当然である。
葉瑠は口を挟む。
「シンギさん……カイセイくんはまだ7歳ですよ。世界最強のシンギさんにガンガン殴られてたら怖く感じるのも当然です」
シンギは葉瑠の言葉に思うことがあったのか、急に怒鳴るのをやめ、感慨深く呟く。
「7歳……そうか。つーことはあれから8年も経ったのか」
うまく話題が逸らせそうだ。
そう判断した葉瑠は話題を変えていく。
「今更ですけど、老けましたね、シンギさん」
「お前は……あんま変わんねーな」
「心外ですね……」
結局身長も伸びなかったし色々なサイズも大きくならなかったが、それなりに大人の魅力は出てきていると思う。
が、外から見ればあまり変わっていないようだ。
シンギの言葉に、葉瑠はある一人の女性の事を思い出す。
「変わらないって言えばそちら様の奥さんのほうがよっぽどだと思いますけれど」
「セルカがどうした?」
「経産婦であれって……もはや魔女ですよ」
「……だな」
シンギはあまり深くこの話題に触れず、話題を変えていく。
「そういや、リヴィオとは上手くいってるのか?」
恋人の名を出され、葉瑠は近況を告げる。
「まあ、それなりにうまくやってます。リヴィオくんはユーロリーグで忙しいですから、遠距離恋愛って感じですかね」
「お前も選手になりゃあ良かったのに」
「私は、シンギ教官と戦えるだけで十分ですよ」
それに、エンジニアとして働けるだけで十分幸せだ。今はモモエ技師長と新型フレームの開発に向けて目下努力中だ。
溜緒工房や他のVF開発企業もそれぞれ新しい技術を用いた兵装やフレームを開発している。私達も負けていられない。
「結賀とは会ったりしないのか?」
「結賀もアジアリーグで忙しいですよ。最近は綜真選手から直接指導を受けてるみたいですし、優勝も間違いないでしょうね」
あの暴走事件から8年。
世論はVFを兵器として使うことに対し拒絶反応を示し、結果として規制が入り、現在はVFBリーグなど、スポーツを目的としたVFが多く製造され、活躍している。
ユーロリーグにアジアリーグ、そしてそれらが一度に介する1STリーグの構想もできつつある。
今、世界はVFBブームだと言っても過言ではない。
「何だか、俺達だけ取り残されちまったみたいだな……」
「何言ってるんですか。データを見てもわかりますけれど、ランナーのレベルは全体的に向上傾向にあります。数十年後には、私達レベルのランナーがごまんと現れてくれると思いますよ。そうしたら思う存分彼らと試合なり何なりすればいいじゃないですか」
「そん時には俺はもう引退してるだろうよ。あぁ、不老不死の体がほしいぜ……」
二人で会話をしていると、予鈴が構内に鳴り響いた。
鐘の音が鳴る中、葉瑠はシンギに告げる。
「冗談言ってないで、早く行ったほうがいいんじゃないですか? もう訓練が始まりますよ」
「へいへい」
シンギは踵を返し、ラボから出ていこうとする。が、カイセイは頑として動かなかった。
「僕は行きたくないです」
頑なに訓練を拒否するカイセイに対し、シンギは最終手段を用いた。
「お前がそこまで言うなら俺は別に構わねーが……かわいい息子がランナーを辞めるなんて言ったらセルカ母さんは悲しむだろうなあ」
セルカの名前を出すと、カイセイの態度は急変した。
「卑怯です……」
悔しそうにしつつも、カイセイはラボの出口に向かって歩き始めた。
マザコンというかなんというか、彼は母親の事がかなり好きなようだ。
シンギはそれを良く知ってか、ニヤニヤ笑う。
「卑怯で結構。……後でアイスでも何でも好きなもん食わせてやるよ」
カイセイくんとシンギさん親子は予鈴が終わる頃にはラボから姿を消していた。
葉瑠は一人になり、改めて世界の現状について考える。
未だ世界では紛争は絶えない。が、その数は確実に減りつつある。
これも治安維持部隊やアンカラードの活躍のおかげだろう。
しかし、人がいる限り、争いはなくならない
……だが、最小限に留めることはできるし、留める努力をするべきだ。
世界の大多数の人間が世界の平和を望んでいる。平穏を望んでいる。
私も平穏を望んでいる。安心して夢を叶えられるような、そんな世界を望んでいる。
葉瑠は宏人の事を思い返しつつ、情報端末と向かい合う。
「よし、もう一頑張りしますか」
私はまだ夢の半ばにいる。
これから私は、私達はどうなっていくのだろうか……
わくわくが止まらない葉瑠であった。




