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黄昏のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
 6 黄昏の時代
130/133

 17 -メッセージ-

 

 17 -メッセージ-

 

 西サハラ

 太陽が照りつける砂漠上、武装集団の拠点にて

 漆黒のVFが漆黒のブレードを瞬時に何度も振りぬく。

 目にも留まらぬ高速の攻撃を受けたノーマルVFは一瞬で四肢を失い、その場に崩れ落ちた。

 周囲には同じくダルマ状になったVFが数十機ほど転がっており、ランナー達はコックピットを降りて両手を上にあげていた。

 そんな光景を見つつ、漆黒のVFを操っていたランナーは呟く。

「目標を撃破……」

 VFの残骸を足蹴にし、呟いたのは葉瑠だった。

 そんな葉瑠に女性の合成音声が警告を発する。

「葉瑠、連続行動時間が36時間を超えました。一度基地に戻り休息を取ることを推奨します」

「黙ってて、アビゲイル」

 葉瑠が搭乗している漆黒のVFの名は『アビゲイル』。腰には6本のブレードホルダーがあり、今は4つのブレードが収まっていた。

 やがて両手に持っていたブレードをホルダーに仕舞い、葉瑠は熱いため息を吐く。

「ハァ……あと5箇所……。今日中に終わらせないと……」

 ……稲住愛里の事件から半年後、葉瑠は戦場に身を置いていた。

 七宮重工製AGFによって引き起こされた暴走事件は世界に混乱を巻き起こし、暴走が終わってから半年経った今も各地で紛争が多発している。

 ここ西サハラでも複数の民族が領有権を求めてVFで小競り合いを続けており、争いが絶える気配は感じられなかった。

 こうやって介入して争いを収束させても、彼らは懲りることなく争い続けるのだろう。

 次の武装拠点に向かうべく、葉瑠はアビゲイルを南へ向かわせる。

 すると、通信機から男性の声が聞こえてきた。

「葉瑠、アビゲイルの言うとおり休息を取れ、これは命令だ」

 その声の主は米国のトップランナー、ゲルハルトだった。

 葉瑠は通信機に言い返す。

「ゲルハルトさん、まだ私は……」

「命令だ。キャンプに戻ってこい」

 有無を言わせない命令に、葉瑠は逆らうことができなかった。

「……はい」

 返事をし、葉瑠は治安維持部隊が駐留している区域……沿岸部に向けて移動し始める。

 葉瑠は重力制御を使い機体をふわりと浮かばせ、一気に空まで舞い上がる。

 細かい砂がボディにまとわりついたが、それも一瞬のことで上空に出ると綺麗な空気が機体に当たって後方へ流れていった。

 見渡す限りの砂漠。こんな不毛な場所で紛争が起きているなんて未だに信じられない。

 ……あれから私は世界平和を実現させるため、国連の治安維持部隊に雇われる形で紛争地域への武力介入を行っている。

 北は露国から南はオーストラリアまで、東はチベット自治区から西はギアナまで。

 内陸部でも中東、南米、アフリカ諸国……世界中で紛争が起きている。

 この半年間で葉瑠は世界中の戦場を転々とし、争いを無くすべく努力をしている。が、一向に争いはなくならない。むしろ増すばかりだ。

 こんなことでは宏人さんの理想を実現させることなど到底不可能だ。

 やはり、セブンのような絶対的な力がなければ世界を平和に出来ないのだろうか。

 大罪人と言われていた更木正志……彼は多くの批判を受けたが、結果的に代替戦争というシステムを生むことで世界を平和に導いた。

 宏人さんはセブンを破壊し、世界中にAGFという絶対的戦力を均等に配置することで軍事的均衡状態を作り上げ、人の手で世界平和を実現させようとした。

 だが、その理想は稲住愛里という狂人によって崩されてしまった。

 当然稲住愛里は罰を受けるべきなのだが、彼女は事件時に負傷し、植物人間状態となり、まともに罰受けられる状態ではない。

 責任は全て七宮重工が負うことになり、当然ながら日本も国際社会から非難を浴びせられることとなった。

 日本国民としては胸が痛いが、仕方のない事なのだろう。

 やがて治安維持部隊の拠点に到着し、葉瑠はハンガーにアビゲイルを固定し、コックピットから降りる。

 すると、先程通信機から聞いた声が近くで発せられた。

「うわ、ひどい有様だな、葉瑠……」

 正面に立っていたのはロン毛にファッショングラスを掛けたランナー、ゲルハルトだった。

 ゲルハルトはこの部隊の指揮を取っている、言わば隊長的存在の人だ。

 そのゲルハルトの言葉に、葉瑠はメガネを弄りながら応じる。

「仮にも女性に向かって、そのセリフはダメだと思いますけど……」

「仮にも女性なら最低限の清潔感は保っておくべきだと思うが」

 長時間に及ぶ作戦行動のせいで、葉瑠の体は汗やら砂埃やらで酷い有様になっていた。

 ランナースーツを着用しているおかげでまだマシだが、それでも酷い匂いを発しているのは事実だった。

 シャワー室へ向かおうとする葉瑠に、ゲルハルトは告げる。

「この際だ。休息じゃなく休暇をとったらどうだ」

「休暇……」

「そうだ。この半年間ずっと作戦から離れていないだろう? 学園にでも戻って顔を見せてやれよ」

「学園……ですか」

 ……もう学園には長い間帰っていない。と言うか、連絡すら取っていない。

 時期的に、みんな学園を卒業した頃だろう。

 みんなそれぞれの道を歩み始めている。学園に戻った所で会えるとは思えない。

(むしろ、会わない方がいいです……)

 合わせる顔がないとはこの事を言うのだろう。

 葉瑠は全く誰にも相談せず、治安維持部隊へ参加することを決めてしまった。

 日本で宏人さんの納骨を終わらせてから、スラセラート学園には一度も帰っていないのだ。

 せめてシンギさんだけにでも顔を見せるべきか、このまま作戦を続けるべきか。

 悩んでいるとアビゲイルが言葉を発した。

「葉瑠」

 葉瑠が振り返ると、アビゲイルはわざとらしく言葉を続ける。

「私は類まれなる性能を持つ完璧なVFですが、そんな私でもそろそろオーバーホールが必要です。学園のラボにお世話になりたいのですが、いいですか」

 どうやらアビゲイルは私が学園に戻ったほうがいいと考えているようだ。

「わかったよ……」

 オーバーホールが必要なのは事実だし、一度学園に帰ってみることにしよう。

 そう決めると、葉瑠は改めてシャワー室へ向かって歩き出した。



 西サハラでの作戦を終え、1週間後

 葉瑠は久々に海上都市に戻ってきた。

 今はスラセラート学園の入島ドックでVFの荷降ろし手続きをしている。

 本音を言うならアビゲイルで直接乗り付けるのが一番楽なのだが、立場上そんなわけにもいかず、海上都市までは輸送機を利用し、空港からは輸送船を利用したというわけである。

 手続きを終えるとアビゲイルはトレーラーに載せ替えられ、そのまま専用通路を通じて運ばれていった。

 葉瑠も自身の審査を終え、ようやく学園内に足を踏み入れる。

 南連絡路をバスを使って移動すると、懐かしい校舎が見えてきた。

 バスから降り、葉瑠は学園の門の正面に立つ。

 スラセラート学園は記憶と寸分違わず存在しており、学徒の姿もちらほら見られた。

 今はもう春だ。新入生も入学していることだろう。

 入学……

 思えば長いようで短い学生生活だった。

 波乱に満ちていて、それでいて穏やかな学生生活だった。

 最初からやり直したい、とは思わない。だが、私の人生にとっていい経験となったのは事実だった。

「葉瑠……?」

 感傷に浸っていると不意に名を呼ばれた。

 葉瑠は声がした方向、東連絡通路に視線を向ける。

 そこには銀髪碧眼の男……リヴィオがいた。

 リヴィオは学生服ではなく、教官服に身を包んでいた。

 手に持っていた大荷物を地面に置き、リヴィオは駆け寄ってくる。

「よう葉瑠、久しぶりだな。元気か?」

「……」

 半年見ない間に凛々しくなったものだ。

 教官服を着ているということは、このスラセラート学園に残ることを決めたようだ。

「こっちは色々あってな……何から話していいか……そうだ、今日時間あるか? あるなら夜に商業エリアで飯でも食いながら話でも……」

「いい」

 リヴィオの誘いを一蹴し、葉瑠は視線を逸らす。

 結賀のことも気になるが、おしゃべりするような気分ではなかった。

 葉瑠はぷいとそっぽを向き、西へ足先を向ける。

「これからラボでアビゲイルのオーバーホールがあるの。終わったらすぐ帰る。長居するつもりはないから……」

 そう言い捨て、葉瑠はその場から離れるつもりだった。

 が、しかし、リヴィオは口調を変え、ある人の名を出した。

「川上教官……」

「……!!」

 葉瑠は思わず足を止める。

 リヴィオは少し間を開け、言葉を再開する。

「……シンギさんから、川上教官の遺品の整理をするように伝言を預かってる。遺品は部屋に纏めてあるらしい。……必ず寄れよ」

 ……こんな場所、帰ってきたくなかった。

 ここにくると否が応でも宏人さんの事を思い出してしまう。感傷に浸ってしまう。

 悲しさに耐えられなくなる。

「……うん」

 葉瑠は辛うじて返事をし、止めていた歩みを再開する。

 リヴィオは葉瑠を追いかけることなく、荷物を持ち直すと学園校舎へ入っていった。



「お邪魔します……」

 誰もいない室内に葉瑠の声が虚しく響く。

 宏人が住んでいた部屋は生前のままだった。

 キッチンには調理器具が整然と並べられ、テーブルの上には少しくすんだグラスがぽつんと一つだけ置いてあった。

 葉瑠は土足のまま室内に侵入し、ダイニングで一旦止まる。

 半年間。

 この部屋は清掃も整理もされることなく放置されていたようだ。

 まだ生活感が残っている。リビングの奥から宏人さんが出てきても不思議じゃないくらいだ。

「宏人さん……」

 何気なく名前を呼んでみる。が、反応はない。当たり前だ。

 葉瑠は気を取り直し、リビングへと歩を進める。

 遺品はどこだろうか。

 視線を上下左右に動かしていると、リビングのデスクの上にデータカードを見つけた。

 デスクの上にはカード以外存在せず、カードはデスク中央に陣取り存在感を顕にしていた。

 この中に何かあるのだろうか。

 葉瑠は迷うことなくデータカードを手に取り、自前の携帯端末に挿入する。

 データカードの中には映像ファイルが一つだけ入っていた。

 ファイル名は“葉瑠ちゃんへ”

 明らかに私に向けたメッセージビデオだった。

「……」

 葉瑠はリビングのソファに腰掛けると携帯端末をローテーブルの上に置く。

 そして、映像ファイルを再生した。

 すると、すぐにこの部屋の壁紙が映し出され、宏人さんがフェードインしてきた。

 どうやらこの部屋の中で撮った映像らしい。

 映像の中の宏人さんはカメラに目を向けて語り出す。

「葉瑠ちゃん、これを見てるって言うことは、僕に黙って部屋に忍び込んだか、それとも、僕が……死んだということだね」

 ……これは遺言だ。

 宏人さんは死ぬかもしれないと思い、遺言を残していたのだ。

 映像の中の宏人は喋り続ける。

「これは……そうだな、いわゆる遺言ってところかな。葉瑠ちゃんには伝えきれないことが多すぎて……残念だよ。もっと長い時間一緒にいられると思っていたんだけれどね」

 宏人は物悲しそうに言い、俯く。

「私もです……」

 葉瑠は思わず言葉を返してしまう。

 映像の中に言葉が届くわけもなく、宏人は顔を上げて言葉を再開する。

「多分、僕が死んだら君は僕の遺志を継ごうとすると思うんだ。葉瑠ちゃんは頑固だからね、世界の平和のために何らかの形で一生懸命になると思う。それこそ、周りのことも気にしないで、ただひたすらに……」

 その通りだ。

 私は今世界平和のために世界各地を飛び回り、武力介入で治安維持に努めている。

「でも忘れないで欲しいんだ。葉瑠ちゃんは僕にとって大事な存在なんだ。だから、やりたいことがあるのなら、僕のことなんて気にしないで精一杯生きて欲しい。やりたいことにのめり込んで欲しい。夢を、実現させて欲しい」

「夢……」

 この半年間、夢なんて事は考えたこともなかった。

 ただひたすらに宏人さんに報いるために戦い続けてきた。

 いまさら夢を実現しろと言われても困る。

 そんな葉瑠の反応を予見していたかのように、宏人は謝る。

「本当にごめんね。こんなことを言うのは酷かもしれないね。でもこれだけは覚えておいて欲しい」

 宏人は姿勢を正し、真剣に告げる。

「君は強い女の子だ。僕の死もきっと乗り越えてくれる。そして自分で夢を見つけ、それを実現させてくれる。……そう願ってやまないよ」

 映像の中の宏人はふうとため息を付き、ビデオカメラに手を伸ばす。

「無責任なことを言ってごめんね。でも、僕は信じてるから……それじゃ、さよなら」

 そう告げると映像は終了し、画面は真っ暗になった。

 葉瑠は体から力を抜き、ソファに背を預ける。

「……夢って、何なんですか……」

 葉瑠はそのまま暫くの間、宏人の部屋で黄昏時を過ごしていた。



 宏人の部屋を出る頃には日は沈み、辺りは真っ暗になっていた。

 葉瑠はアパートから離れ、職員の住居エリアから離れていく。

 今はとにかくラボに向かうのが先決だ。

 アビゲイルのオーバーホールはモモエさんに任せて問題無いだろうが、ランナーが顔を出さないというのはエンジニアに対して結構失礼だ。

 住居エリアを抜けようとしたその時、正面に人影を見つけた。

 その人影はベンチに座っていたが、こちらの姿を発見するやいなや立ち上がり、駆け足で近寄ってきた。

「葉瑠!!」

 女性の声。

 凛々しい声に続いて姿も明らかになってくる。

 背は女性にしては高い。頭はブラウン系のショートヘアで耳元にはルビーのピアスが輝いていた。

「結賀……」

 こちらが応じると、目鼻立ちのスッキリした顔が笑顔になる。快活な笑顔……少し見ない間にますますイケメンに近づいたが、結賀に間違いなかった。

 結賀も教官服に身を包んでおり、スラセラートに残ることにしたようだった。

「久しぶりだなあ、帰ってきてたなら連絡入れろよなー」

 結賀は遠慮なく抱きつき、こちらの頭にグリグリと拳を押し当てる。

 結構痛い。が、そこには愛情のようなものが感じられた。

 甘んじて軽い暴力を受け入れつつ、葉瑠は言葉を返す。

「ごめん。正直言うとみんなとは会うつもりなかったから……」

「なんで?」

「……」

 なんで、と聞かれると答えに困る。

 私と久々に会ってどんな反応をするのか、見るのが怖かったというのもあるし、何も言わずに音信不通になったことに引け目を感じているのも確かだった。

 黙っていると結賀はこちらから離れ、ベンチを指差す。

「とりあえず座るか」

「うん……」

 2人は夕闇の中、ベンチに座る。

 またしても喋り出したのは結賀だった。

「話は聞いてるぞ葉瑠、治安維持部隊で頑張ってるらしいな」

「うん、世界平和のために……宏人さんもそれを望んでいただろうから……」

 宏人の名が出ると、結賀の放つ空気が少し変わった。

 結賀は至極真面目に葉瑠に問いかける。

「葉瑠、お前楽しいか?」

「え?」

 唐突な質問に、葉瑠は結賀を見る。

 結賀は真剣な顔で葉瑠を見つめていた。

「紛争に介入して争いを無くすのはいいことだと思う。でも、葉瑠はそうじゃないだろ。そういうのは似合わないと思うぞ」

 結賀は両手で葉瑠の肩を掴む。

「葉瑠もオレらと一緒に教官やろうぜ。給料はそこそこいいし、シンギ教官と高レベルな訓練もできるし、いい事づくしだぞ」

 葉瑠は首を左右に振る。

「無理だよ。だって私は宏人さんの遺志をつがなきゃ……」

「はぁ、また宏人かよ……」

 結賀はため息混じりに告げ、肩をぽんぽんと叩く。

「川上教官のことはどうでもいいんだよ。葉瑠、お前自身は何をしたいんだ? これから先どうなりたいんだ? このまま一生紛争地帯で戦い続けるつもりなのか?」

 もちろんそのつもりだ。

 それが世界平和のためになるなら、迷うことなど何もない。

「……」

 しかし葉瑠は即答できなかった。

 つい先程まで、私は宏人さんの遺志を全うするためだけに生きようと思っていた。

 しかし、あの遺言を見てから心が揺らいでいる。

 宏人さんは私に“夢を実現してほしい”と言った。

 自分の夢。私の夢。

 私の夢は何なのだろうか。

 私の幸せとは何なのだろうか。

 そんなことを考えていると、自然と言葉が出てきた。

「わからないよ……」

 本気で自分がわからない。

 宏人主体の人生を送っていたせいか、自分のことが全くわからない。

 この半年間も宏人さんの為に戦い続けてきたようなものなのに、遺言であんなことを言われてしまってはもうどうして良いか分からない。

 情けない話だ。

 結賀は間を置き、告げる。

「……教えてやるよ」

「え?」

「お前が何をしたいのか、教えてやるっていってんだ」

 葉瑠は「どうやって?」と言おうとしたが、そのセリフが来るのを分かっていたのか、結賀は間を開けず言葉を続ける。

「2年以上一緒に暮らしてたんだ。葉瑠がいつ楽しんでいたか、何をした時に輝いていたか。オレが一番良く知ってる」

 そう言われるとそんな気がしてきた。

 私は、私自身のことが分からない。でも、結賀にならわかるかもしれない。

 たとえそれが一欠片でも、自分を理解するために結賀の話を聞いておいて損はない。

「教えて結賀、私は……何をしたいの?」

「明日……」

 結賀は単語だけ告げてベンチから立ち上がり、続ける。

「……朝、演習場でまってるぞ」

 そう告げると結賀は背を向け、住居エリア方面へ去って行った。

「……?」

 一体何をするつもりだろうか。

 不思議に思いつつ、今夜の宿をどうするか考える葉瑠だった。

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