↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪徳なる再興者  作者: はたとうばん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/6

月の下で

王都。


春の舞踏会。

王侯貴族が集う大広間は、音楽と笑い声に満ちていた。

その中心には、一人の青年がいた。

「レイ殿、先日の商会の件ですが。」

「ええ。明日には話をまとめておきます。」

「助かります。」

「お礼なら、私ではなく彼に。彼の領地がなければ成立しない話ですから。」

軽く肩を叩き、自然に別の相手へ話を振る。


貴族。

商人。

若い騎士。

爵位の低い家の子息。


誰とでも分け隔てなく笑い合い、場の空気を操る。

「……あの方、本当にトワイライト家の方なの?」

「没落したとは思えない立ち回りだ。」

「女性にも慣れているご様子。」

「⋯噂どおり、食えない男だ。」


数人の令嬢が頬を染める。

レイはその視線に気付いている。だが、深入りはしない。必要以上の期待を持たせず、自然に会話を終える。

その姿は、どこか軽薄にも映った。


「失礼。」

グラスを置き、静かに会場を後にする。

誰にも気付かれないように。


だが、一つだけ視線を感じていた。


◇◇◇


夜風が吹く庭園。

月明かりが白い石畳を照らしている。


「……出てきたか。」

レイは振り返らない。


数秒後。


足音が止まる。


「久しぶりですね。」

澄んだ声だった。

栗色の長い髪。

青い瞳。


十七歳となったエリシア・ルナリア。

かつて訓練場で、レイの戦いを見抜いた少女。


「三年ぶりかな。」

レイは穏やかに笑う。

「随分と綺麗になった。」

「そういう言葉を、皆さんに掛けているのですか?」

「必要であれば。」


「……軽薄ですね。」

レイは肩をすくめる。

「否定はしない。」

エリシアは少しだけ目を伏せた。

昔の彼は、もっと真っ直ぐだった。

そう思っていた。


◇◇◇


沈黙が流れる。

やがてエリシアが口を開く。

「叔父様は、今でも貴方を高く評価しています。」

「それは、ありがたい話だね。」

「私は……。」

少し迷う。

「私は、貴方が叔父様のような英雄になるのだと思っていました。」

レイは微笑みを崩さない。

「そうは見えませんか?」

「でも。」

エリシアは真っ直ぐ見つめる。

「最近聞こえてくる噂は、違います。」

「敵の補給を断つために、卑怯な方法を使った。敵対した商会を潰す。邪魔になった貴族を失脚させる。目的のためなら手段を選ばない。そんな話ばかり。」


レイは静かに月を見る。

「全部、本当だ。」


エリシアの胸が痛む。

否定してほしかった。

何かの誤解だと言ってほしかった。

「どうして……。」

その問いに。


レイは少しだけ笑った。

「君は、昔のトワイライト家に何があったを知っている?」

「……知っています。」

「では、愚かな剣士の話は?正しいことを言って、この家は救われた?」


言葉が詰まる。

「……。」

「そう、誰も助けてくれなかった。だから、俺は決めた。」

その笑顔は、どこか寂しかった。

「正しいだけでは守れない。なら、守れる人間になる。綺麗じゃなくても。嫌われても悪人と呼ばれても。」


「俺が守りたいものが残るなら、それでいい。」


月明かりの下。

エリシアは初めて気付く。

この人は、英雄になれなかった人ではない。

英雄になることを、自ら捨てた人なのだと。


◇◇◇


「……私は。」

エリシアは拳を握る。

「その考え方は、好きになれません。」

「そうだろうね。」

「人を騙すなんて、卑怯です。」

「そう思う。」

「でも。」

レイは穏やかだった。

怒らない。

言い返さない。


ただ受け入れる。

「守るもののためなら、俺は汚れる。」

その言葉が。

エリシアの心を大きく揺らした。


(違う。この人は、悪人になりたいんじゃない。全部、一人で背負おうとしている。)


だからこそ。

腹が立った。

「馬鹿です。」

思わず口にしていた。


レイは目を丸くする。

「え?」

「一人で全部抱え込むなんて。そんなの……。」

少しだけ声が震える。


レイは苦笑した。

「そうかもしれない。でも、俺にはこのやり方しか思いつかなかった。」


再び沈黙が流れる。

夜風が二人の間を通り抜ける。


エリシアは胸の奥の感情に戸惑っていた。

失望した。憧れていた英雄とは違った。


正しい人ではなかった。


誰かが、この人に「汚れなくてもいい」と言わなければならない。


そんな思いが、静かに芽生えていた。

レイはそんな彼女の心を知る由もなく、夜空を見上げる。

「今日は話せてよかった。君は昔と変わらない。」

「……そうでしょうか。」


「うん。」

レイは笑う。

「だから安心した。」


その笑顔は。

舞踏会で見せていた社交用の笑みではなかった。


ほんの少しだけ。

十八歳の青年らしい、だけど少し疲れたような笑顔だった。


その表情を見た瞬間。

エリシアは確信する。


(この人は。誰よりも苦しんでいる。月明かりの下で笑っていても、ずっと一人で戦っている。)


その夜。

英雄を目指していた少女は、初めて知る。

英雄には二種類いることを。

光の中で称えられる英雄と。

闇の中で誰にも知られず、ただただ大切なものを守る英雄がいることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。