↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪徳なる再興者  作者: はたとうばん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/6

交わる剣と魔術

王都、春の社交会。


かつて四大名家と謳われたトワイライト家も、今では会場の隅、末席の席しか与えられていなかった。


「没落貴族が来たぞ。」

「まだ社交界に顔を出せるとは。」

「昔は立派だったのにな。」

「四大名家も地に落ちたものだ。」

「元、四大名家だ。今は三大名家だよ。」


嘲笑は隠そうともしない。

十六歳となったレイは、拳を強く握った。

しかし隣を歩く祖父アルフレッドは、穏やかな笑みを崩さない。少し後ろを歩く父も、静かにほほ笑んでいる。

「気にするな。誇りとは、他人が決めるものではない。」

祖父の言葉へ返事をする前に、人々が自然と左右へ分かれた。


濃紺の礼装。

銀色の髪。

静かな威厳。

誰もがその姿に道を譲る。

「お久しぶりです、アルフレッド卿。」

青年は深々と頭を下げた。

ソラリス家次期当主。

三大名家筆頭。

アーガイル・ソラリス。

二十八歳。

没落した老人へ、誰よりも丁寧な礼を尽くしていた。


アルフレッドは目を細める。

「立派になられましたな。」

「いえ、まだまだ未熟者です。」

「ご謙遜を。貴殿は既に、この国を支える柱のお一人でしょう。」

「そのお言葉を頂けるだけで光栄です。」


また、アーガイルは少し後ろで穏やかに微笑む父・エドガーへ一瞬だけ視線を向ける。

お互いに、静かに会釈をする。


周囲は静まり返る。

没落貴族へ、これほど自然に敬意を示す者などいない。


アーガイルはレイへ視線を向けた。


「こちらがお孫さんですか。」

「ええ。」

「レイです。」

アーガイルは柔らかく笑う。

「君の噂は聞いている。優秀だそうだね。⋯魔術師でありながら、剣で戦うと聞いたよ。実に興味深い。」

「……世辞はいりません。」

「本心だよ。私は、自分の目を信じている。」

その言葉に、レイの胸がざわついた。

(……綺麗事だ。勝者だから言える。俺たちが味わった屈辱など知らない。)

周囲の貴族が面白そうに囁く。

「没落貴族の子が睨んでいるぞ。」

「分を弁えろ。」

「ソラリス家に話しかけてもらえただけでも名誉だ。」


レイはゆっくり口を開いた。

「……あなたに何が分かる。」

アルフレッドが静かに制する。

「レイ。」

しかしレイは一歩前へ出た。


「同情なら結構です。」

「同情ではない。」

「なら——証明してください。」


会場がざわめく。

「俺と戦ってください。」

一瞬で空気が凍った。


「無礼者!」

「没落貴族の分際で!」

「ソラリス家次期当主へ決闘など、不敬罪だ!」

怒号が飛び交う。

その瞬間だった。

「いいですね。」

アーガイルの一言で、会場は水を打ったように静かになった。

「若者が上を目指す。それを笑うようでは、我々貴族に未来はありません。」

誰も口を開けない。

アーガイルは穏やかに続ける。

「挑戦を退けるようでは、ソラリス家の名が泣きます。訓練場をお借りしましょう。」

その器量に、アルフレッドは静かに微笑んだ。

(……やはり、この青年は本物だ。)


◇◇◇


その様子を少し離れた場所から見つめる少女がいた。

栗色の長い髪。

澄んだ青い瞳。

ルナリア家の令嬢、エリシア。

アーガイルの姪である。


「叔父様。このような無礼な方と関わる必要があるのですか。」

彼女はレイを見ようともしない。

アーガイルは優しく笑う。

「エリシア。新しい才能とは、簡単には測れないものだよ。君も、よく見ておくといい。」


◇◇◇


王宮訓練場。

観客席には多くの貴族が集まっていた。

レイは剣を握る。

(目的は勝つことじゃない。ソラリス家次期当主。四大名家筆頭。まずは、この男を知る。)

(剣筋。)

(魔術。)

(癖。)

(間合い。)

(思考。)

(情報は多いほどいい。勝つ必要はない。今日の目的は——。アーガイル・ソラリスという男を知ること。)

その表情には、一切それを悟らせない。

周囲から見れば、血気盛んな少年そのものだった。


アーガイルは細剣を抜く。

「私は魔術師だ。⋯だが、剣も多少は嗜む。」

淡い魔力が全身を包んだ。

その一歩だけで、レイは理解する。

(強い⋯)

だが、その切っ先はレイへ向けられていなかった。


「魔術師は、剣で戦うものではない。」

静かな詠唱。

次の瞬間。

空中に十数枚の魔法陣が展開された。


「──《氷槍》」

轟音。

十数本の氷槍が一斉に放たれる。


観客席がどよめいた。

「終わった。」

「剣士では避けられん。」


しかし。

レイは踏み込んだ。

横ではない。

前へ。


一本目。

身体を紙一重で捻る。

二本目。

剣で穂先だけを逸らす。

三本目。

地面を蹴り、槍と槍のわずかな隙間を抜ける。


氷片が舞う。

誰一人、その動きを目で追えなかった。

「……避けた?」

貴族たちの顔から笑みが消える。


アーガイルの口元だけが、わずかに緩んだ。

(初見で抜けるか。ならば。)


「《雷槍》。」

青白い雷光が一直線に走る。


速い。

今度は避けられない。

誰もがそう思った。


しかしレイは、雷が放たれるより先に踏み込んでいた。

雷は肩を掠めるだけで空を裂く。


(詠唱の呼吸。視線。指先。魔術は魔法陣から放たれるんじゃない。魔術師本人から生まれる。)


前世。

何人もの魔術師と命を懸けて戦った経験が、身体に刻み込まれていた。


アーガイルは魔術を連続展開する。

炎。

風。

氷。

雷。


四属性が次々と襲い掛かる。


レイは決して受け止めない。

最短距離だけを選び続ける。

炎なら、一番温度の低い縁を抜ける。

風なら、渦が生まれる直前を踏み切る。

氷なら、生成される一瞬前に間合いへ飛び込む。

身体強化に使う魔力は最小限。

一切、無駄がない。


◇◇◇


観客席。


「おかしい……。」

「なぜ当たらない?」

「偶然だ。」

「運が良かっただけだ。」

誰も理解できない。


ただ一人を除いて。

エリシアだけは、レイの足元を見ていた。


(違う。避けているんじゃない。魔術が完成する"前"に動いてる。)

(叔父様の癖を……。読んでる。)


彼女の胸が高鳴る。

(こんな戦い方……。誰も教えていない。)


◇◇◇


「見事だ。」

アーガイルが初めて笑った。

「なら、これはどうだ。」

空気が震える。

三つの魔法陣。

炎。炎。炎。

三つの魔法が同時に展開される。

「《炎嵐》」

放たれた瞬間、訓練場は赤い光に包まれた。

観客席から歓声が上がる。

「終わった。」

「避ける場所などない。」

しかし。

レイは逃げなかった。

「……何を?」

エリシアが息を呑む。

レイは炎へ向かって踏み込んだ。

「馬鹿な!」

誰かが叫ぶ。

炎へ飛び込むなど、自殺行為。

だが。

次の瞬間。

炎の渦が、わずかに揺らいだ。

レイの剣が炎の流れを切る。

違う。

炎を消したのではない。

流れを変えた。

レイは炎の爆発で生まれた上昇気流を利用し、身体をさらに加速させる。

一歩。

本来なら届かない距離。

しかし、炎がレイを押し出した。

「……!」

アーガイルの目が見開かれる。

(今……、私の魔術を利用した?)

◇◇◇

次の瞬間。

アーガイルは氷魔術へ切り替える。

「《氷牢》」

地面から氷の柱が伸びる。

逃げ場を奪う魔術。

普通なら足を止める。

しかしレイは剣を振った。

斬ったのは氷ではない。

魔法陣の中心。

「なっ……!」

氷の柱が崩れる。

エリシアは目を見開いた。

「……魔術式を?」

レイは理解していない。ただ経験で知っている。

魔術には必ず「始まり」がある。

魔力が流れる場所。力が集まる場所。

そこを断てば、現象は成立しない。

(魔術師は魔術そのものを見ている。でも俺は、魔術師が何をしているかを見る。)

◇◇◇

観客席。

誰も理解できていなかった。

「今、何が起きた?」

「偶然だ。」

「魔術が弱かっただけだ。」

しかし。

アーガイルだけは違った。

(偶然ではない。あの少年は……、魔術を破壊した。いや、違う。魔術の弱点を理解している?)


「……では、次は少し強めにいこう。」

魔力が渦を巻く。

幾重もの魔法陣が重なり合い、王宮訓練場全体を覆った。


「同時詠唱……!」

「三属性同時だ!」

観客席が騒然となる。

レイは息を吐いた。

(これが筆頭か。速い。正面じゃ届かない。)


魔術が放たれる、その刹那。

レイは身体強化を極限まで引き上げた。

地面が砕ける。


一直線。

魔術の雨へ飛び込む。


炎が頬を焼く。

氷が腕を裂く。

雷が脚を掠める。


それでも止まらない。


「なっ──!」


初めて。

アーガイルの瞳が見開かれた。

剣が届く。

あと半歩。

レイは身体を捻り、一閃を放つ。


キィン――。

細剣がそれを受け流した。

次の瞬間。


アーガイルの切っ先が、レイの喉元で止まる。

「……そこまで。」


静寂。

そして大歓声。


「さすがアーガイル様!」

「圧勝だ!」

「没落貴族では話にならん!」


誰もが勝者だけを見ていた。

アーガイルは剣を納める。


そのとき。

袖口から、一滴だけ血が落ちた。


ほんの数ミリ、ローブが裂けている。


誰も気付かない。

エリシアだけを除いて。


(……叔父様が、傷を……。)


アーガイルは傷口へ視線を落とし、心の中で呟く。

(届いた。初見で。この少年は……、完成すれば。私を超える。)


レイは静かに剣を納めた。

(右足へ重心を残す。)

(防御へ移る呼吸。)

(雷は左手から始まる。)

(十分だ。今日の目的は果たした。)


アーガイルは右手を差し出す。

「今日は私の勝ちだ。だが。次に会う頃には、どうなっているか分からないな。」


レイはその手を握る。

口元には、悔しそうな笑み。

「その時は、勝ちます。」


その裏で、誰にも聞こえない声が響く。

(英雄は正面から倒せない。だからこそ、お前自身も気付いていない"隙"を積み重ねる。)

(次は、勝つ。)


握手を交わす二人を見つめながら、エリシアは確信していた。


(この人は剣士じゃない。魔術師でもない。きっと、誰も知らない新しい戦い方を生み出す。)


英雄を倒すために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。