プロローグ
この国では、一人の魔術師は十人の剣士に勝ると言われていた。
魔術の才能は血で受け継がれる。
そのため優秀な魔術師は貴族からしか生まれず、貴族は魔術を血統の証として誇った。
そのなかでも、魔術の才が突出した名家が4つ。
魔術に対する耐性が高く、幻術や精神魔法の研究をするトワイライト家
魔力量が多く、戦闘魔術に優れたソラリス家
補助魔術・治癒・結界に優れるルナリア家
情報・未来視・占星術などに秀でたドーン家
剣士は消耗品。あるいは盾。魔術師を守るための駒。
平民出身の剣士レインは、その価値観を嫌というほど味わってきた。
誰よりも速く敵を斬り。
誰よりも多く味方を救い。
奇襲をかければ、魔術師すら切った。だが、それにより敵対視するものも多かった。
誰よりも戦果を挙げても、返ってくる言葉はいつも同じだった。
「剣士風情が調子に乗るな。」
だが、ただ一つだけ。
四大名家の一つ、トワイライト家だけは違った。
「剣も魔術も、命を守るための力だ。」
若き当主アルフレッド・トワイライトはそう言い、レインを一人の戦友として迎え入れた。
戦場では互いに背中を預け、社交界では平民ゆえに侮辱される彼を堂々とかばった。
レインは心の底から思っていた。
――いつか、この彼に恩を返したい。
しかし、その願いは叶わない。
ある日、国王暗殺未遂事件が起こる。
犯人はレイン。
証人も、証拠も、凶器も。
すべてが彼を犯人へと仕立て上げていた。
それは周到に仕組まれた罠だった。
トワイライト家だけは諦めなかった。
若き当主アルフレッドはレインの無罪を主張し、家臣たちは真犯人を探し証拠集めに奔走する。
だが、それすら三大名家の思惑の中だった。
「犯人を逃がそうとした。」
「証拠を隠滅しようとした。」
そう捏造され、トワイライト家は"共犯"の汚名を着せられる。
王命に逆らった反逆貴族。
その烙印は名門の名誉を奪い、領地を削り、人材を失わせるには十分だった。
そして処刑の日。
最後まで無実を叫ぶレインの耳に届いたのは、アルフレッドの声だけだった。
「私はお前を信じる、信じている。」
無慈悲に、剣が振り下ろされる。
⋯意識が闇へ沈む。
(恩を……、返せなかった。)
それだけが、心残りだった。
◇◇◇
「……生まれました!」
温かな声。
柔らかな腕。
目を開けたレインの視界に映ったのは、一人の老人だった。
白髪こそ増えていたが、その穏やかな眼差しは忘れようがない。
(……アルフレッド様。)
かつて若き当主として、自分を何度も救ってくれた人。
今世では祖父となる人物だった。
老人は優しく赤子を抱き上げ、目を細める。
「よく来てくれた。お前は我が家の希望だ。お前の名前は、そうだな、レイだ。お前は、レイだよ。」
その笑顔を見た瞬間、レインの、いや、レイの胸に熱いものが込み上げた。
(生きていてくれた……あの人たちは無事だった……。しかも……俺を家族として迎えてくれる。)
赤子の体は思うように動かない。
それでも涙だけは止まらなかった。
前世で返せなかった恩。
その続きを、この家で果たせる。
そう思っただけで、張り詰めていた心がほどけていく。
だが、その安らぎは長くは続かなかった。
幼いレイは屋敷の異変に気付き始める。
広すぎる廊下は静まり返り、人の気配がない。
かつて何十人もいた使用人は数えるほどしかおらず、皆が一人で何役もこなしていた。
食卓に並ぶ料理も質素だった。
スープは薄く、肉は祝いの日しか出ない。
祖父も父も母も笑顔を絶やさない。
「美味しい。」
そう言って家族は食卓を囲む。
だがレイは知っていた。
かつてのトワイライト家は、王族すら招くほど栄えていたことを。
(……俺のせいだ。俺を助けようとしたから。俺の無実を信じたから。この家は、ここまで追い詰められた。)
胸を締め付ける罪悪感。そして、その何倍もの怒り。
(三大名家……。絶対に許さない。)
(だが復讐のためじゃない。この人たちの笑顔を、取り戻すためだ。)
◇◇◇
五歳。
名門では、魔力測定の儀が行われる。
水晶へ手を添えた瞬間、眩い蒼白の光が屋敷中を包み込んだ。
「こ、この魔力量は……歴代最高……!」
誰もが歓喜した。
母だけは、何も言わずレイを見つめていた。
「母上?」
彼女は小さく笑う。
「やっぱり。」
「え?」
「あなたは、きっとそうなると思っていたもの。」
レイは首を傾げる。
「どうして?」
「分からないわ。」
彼女は本当に困ったように笑う。
「昔からなの。理由は説明できないのよ。」
父が苦笑する。
「また始まった。」
「でも、本当なんですよ?」
母は少し頬を膨らませる。
「あなたのお父様と結婚したのもそう。周りは皆反対したけれど。私は、この人が一番幸せになれるって思ったの。」
父は照れ臭そうに頭を掻く。
「君はドーン家に連なる、オーロラ家の出身だからね。何か、本当にあるのかも知れないね。」
祖父も笑っている。
「そうね、よく言われたの。オーロラ家の子は、占い師泣かせだって。より良い方へ、未来がころころ変わっちゃうんですって。だから、星読みの人は嫌がるらしいわ。星々がその者を守るように運命を隠す、"明星の加護"って言い伝えもあるのよ」
母はレイの頭を優しく撫でる。
「だから大丈夫。あなたもきっと、何度迷っても。最後には、一番いい答えを選べる子になるわ。」
レイも笑う。
トワイライトの血は、確かに自分の中に流れている。
ふと、別の違和感に気付く。
魔力を体内へ巡らせた瞬間、前世で何万回も剣を振るった感覚が自然と蘇ったのだ。
筋肉の動かし方。
重心移動。
呼吸。
神経伝達。
すべてが魔力によってさらに研ぎ澄まされていく。
(そうか……。魔力は、魔術を放つためだけのものじゃない。身体そのものを強化できる。)
剣士として極限まで鍛え上げた技術。
魔術師として受け継いだ膨大な魔力。
この二つを融合させれば、誰も到達したことのない境地へ辿り着ける。
魔力で身体を極限まで強化し、魔術と剣技を完全に一体化させた、新たな戦闘体系。
その始まりを知る者は、まだ誰もいなかった。




