スピリチュアルX チェンジザワールド
チェンジザワールド
エリック・クラプトンの名曲、「Change the World」という曲がある。
ジョン・トラボルタ主演の映画「フェノミナン」の主題歌だ。
「もしも世界が変えられたらね」というフレーズを何度も繰り返している。
私も好きな曲だ。
(因みに、時を止めるDIOのスタンドはザ・ワールドだ、笑)
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話は変わるが、先日、子宮頸がん予防ワクチンであるHPVの危険性を訴えている
某都議会議員のSNSを見た。
副作用の危険性の高いワクチンを、何で公費を使ってまで普及させるのか?
更にその予算は年々増えているではないか。
という主張だ。
以前の自分なら、何を言っているのだろう陰謀論かなと、動画を切り替える場面だが、
私自身の経験を含めワクチンの副反応が話題に上る今、
何故このようなワクチンの弊害を行政は認めないのだろうか?
と意識が変化してきた。
どうせ今度もC型肝炎の被害者補償のような事になるのは、予定調和だろう。
ただその時には、当事者たちは既に定年を迎えていて、知らぬ存ぜぬという
いつものパターンとなる。
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妙なメンツと”医産複合体“の利権が綺麗に噛み合った結果なのだが、
これをフォーカスで見るとこうなる。
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まず前提として、
人間は「事実」で動いているわけではない。
フォーカスで動いている。
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例えば今回の件。
・ワクチンは安全だと言い続ける行政
・危険性を訴える議員
・不安を感じる一般人
それぞれが見ている世界は、実はバラバラだ。
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行政は「フォーカス3.5〜4」
社会システム維持
前例踏襲
責任回避
あと、利権?
あっここが一番大事ですね。
ここに最適化されている。
つまり、
「正しいかどうか」ではなく
「崩れないかどうか」で判断している。
更にお得意の社会正義はどこへやら
スポンサーの顔色を見ながら、
今だけ、金だけ、自分だけと
自身の退職金の計算に忙しい既存メディアの連中も
華麗にスルー。
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一方で、危険性を訴える側は
「フォーカス4.5〜5」
個の違和感
データの矛盾
既存構造への疑問
「もしどうしてもやるなら、まず自分の身内からやれば。」
まあ、やらんだろうけど。
いつもの「行政主導のマルチ商法に気づいてしまったマイノリティ。」パターン。
ここにフォーカスがある。
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そして一般人は
「フォーカス3〜4を行き来」
テレビを見る
SNSを見る
不安になる
でも日常は続く
更にそこに怪しげなスピリチュアルな連中まで参戦して
「人体の不思議展状態」
もはやカオスだ。
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つまり何が起きているかというと、
同じ現象を見ているのに、
そもそも“見ている階層が違う”
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ここで重要なのは、
上のフォーカスが正しいわけでも
下のフォーカスが間違っているわけでもない
ということだ。
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ただし――
「どこにいるか」で、
世界の見え方と選択が決まる
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ここで最初の話に戻る。
エリック・クラプトンの「Change the World」
そしてフェノミナン。
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あの曲はこう言っている。
「もしも世界を変えられたら」
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だが実際は違う。
世界は変えられない
変わるのはフォーカスだけだ
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フォーカスが変わると、
・見える情報が変わる
・付き合う人が変わる
・判断基準が変わる
結果として――
世界が変わったように見える
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これが本質だ。
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だから、
「行政がおかしい」でも
「陰謀だ」でもない。
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ただ、見ているレイヤーが違うだけだ。
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そしてここが一番重要だ。
フォーカスを他人に預けるな
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テレビでもない
SNSでもない
政治家でもない
自分で選べ
そしてそれは、言葉じゃない、環境が誘う。
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それが、
本当の意味での
「チェンジ・ザ・ワールド」だ。
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こんなだから俺ってモテないのか、笑




