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パーティコンプレックス!!  作者: 森田スガワラ
3/4

不意打ち、そして決意


 俺がここ、USA.002.5に来たのは、六年も前のことだ。


 全世界最大の【都市】

 そんな触れ込みで伝わるこの【都市】は、あらゆる人間にとっての憧れだった。


 商売をやるものは、いつかそこに店を構えることを夢見て。

 学問を志すものは、そこにある全世界最高学府で学ぶことを夢想し。

 そして、全ての【探求者】は、その中心にある【塔】を【探求】し尽くすことを妄想する。

 かくいう俺は、三番目。


 【塔】


 またの名をザ・タワー。

 ここ、USA.002.5の中心に存在する、先端の見えない建造物。

 長年、人々の興味や関心を引き寄せている、未知の存在。であり、また、莫大な富を産む宝の山でもある。

 そんな【塔】を【探求】し、【真理】を得ること。

 それが、俺が六年前、この【都市】に来た理由だった。


 「はぁ……」


 の、だが。


 「……辛気臭えため息つかないでくれねえか。客が逃げちまう」


 しわがれた声が、俺のため息を諌める。

 声のした方を見遣ると、そこには一人の老人がいて。


 「……逃げるも何も、この店に俺以外の客がいた記憶がないんだが」


 「………けっ」


 不愉快そうに眉を潜める、白髪の老人。

 本名を知らないので、俺は勝手にマスターと呼んでいる。

 といっても、彼が特定の魔術で【指導者】(マスター)の称号を得ているわけではない。

 ただ単に、彼がこのバーの経営者だからマスターと呼んでいるだけだ。


 「はぁ……」


 そんな、少々口が悪い白髪の老人が経営するバーのカウンターに突っ伏しながら、俺は再度ため息をついた。


 『また』だ。


 また、俺はパーティを追い出された。


 六年間、俺はこのUSA.002.5で【探求】を続けてきた。


 そしてその間、八回パーティを結成し。


 八回、そのパーティから追い出されていた。


 「………なんだかなぁ…」


 通算八回目のパーティからの追い出し。それは例え八回経験していようと……いや、八回経験しているからこそ、俺の心に深い悲しみをもたらした。


 今度こそ。今度こそうまくいくと思っていたのだが。


 また、うまくいかなかった。


 「……はぁ」


 再度、もう何度目になるかわからないため息をつく。

 どうしてだろうか。どうして、俺はパーティを追い出されてしまうのだろうか。

 実績は上げていた。

 パーティメンバーが大きな怪我をすることもなかった。

 分け前は等分した。着服などもってのほかだった。

 なのに、何故だろうか。

 何故、俺はパーティで上手くいかないのだろうか。

 考えるも、明確な答えは出ない。


 いや、答えが出ないのとは少し違うか。


 思い当たる節がありすぎて、どれが決定的な原因かがわからないのだ。

 例えば、俺はパーティにおいて、主に指示を出す人間だ。なるべくパーティメンバーを尊重した指示の出し方をしようと心がけてはいたが、ひょっとしたらその指示の出し方が気に喰わなかったのかもしれない。

 或いは、俺は魔術の才能がほとんどない人間だ。そんな俺が魔術についてレクチャーすることが、プライドが許さなかったのかもしれない。

 もしくは、俺は魔術オタクだ。俺の中にある異常なまでの魔術に対する愛を見抜かれてしまい、やだなにあのオタク気持ち悪いと思われていたのかもしれない。


 それとも。


 それともーー俺が、とある目的のためにパーティメンバーを利用していることに、彼らは気付いてしまったのかもしれない。


 「はぁぁぁ………」


 ここ一番で大きなため息が漏れた。

 そうだ。俺は彼らを利用していたんだ。あの日見た光景。あの憧憬に辿り着くために、俺は彼らを手段として扱っていたんだ。そんな俺の浅ましい魂胆を見透かされていたんだ。

 こんな人間、パーティから外されて当然だ。


 「は、あ?」


 再度、ため息をつこうとして、代わりに疑問符が漏れた。

 目の前には、三角錐をひっくり返したような形のグラス。そしてそこには、鮮やかな赤い液体が注がれていた。


 「これ、は?」


 突然現れたグラス。当然、何もしていないのにグラスが突然虚空から現れるはずもないので、それを置いた人物、マスターに、どういうつもりかを問うた。

 マスターは顔をしかめ、


 「ため息がうるせえからな。そいつでも飲んで大人しくしてな」


 そう言うと、ふいと顔をそむけてしまった。

 俺は黙って、目の前に差し出されたグラスを見る。驚いたことに、オルタナには$0と表示されていた。つまりはこれは無料の商品。

 サービスということだ。

 珍しいこともあるもんだ。と思い、いや、とその想念を打ち消す。それくらい、見ていられないくらいに、俺は酷い様子だったということだろう。


 「マスター」


 「………あん?」


 「………ありがとな」


 俺のお礼に対し、マスターは何も言わなかった。何も言わずに、ただ親指だけを立てた。

 なんだよ、ちくしょう。

 かっこいいじゃねえか。


 「………ふっ」


 日頃見せることのない不器用な優しさに、微かに笑みが漏れる。まあ、あれだな。マスターのこんな一面が見られるというのなら、偶には、落ち込んで見るのも悪くないーー。

 そうして、俺はその鮮やかな赤い液体を口に含み。


 盛大に吐き出した。


 「ぶええっほ」


 飛び散った液体は、マスターに振りかかる直前で見えない壁に阻まれる。

 きたねえな、といった表情で、マスターは振り向いた。


 「す、酸っぱ、辛っ、なにこ、なにこれえ!」


 叫んだ俺に、白っとした目を向けるマスター。危ないやつを見る眼だった。

 いやお前のせいだから。


 「【塔】原産の調味料、【タバスコ】だ」


 「た、【タバスコ】ぉ!?」


 口の中の痛みに、盛大にあえぐ。和らげてくれるようなドリンクを注文しようと、バーのカウンターにメニューの呼び出しコマンドを描いた。

 数秒も待たずに、この店のメニューが手元に滑りこんでくる。俺はそこから痛みを和らげてくれるような飲み物(直感で乳飲料を選んだ)を注文し、叩きつけるように決済を行った。

 すると、木目のバーカウンターの一部が開き、そこからコップに注がれたドリンクが出てきた。引っ掴むようにして引き寄せると、一気に飲み干す。

 どろりとした乳飲料特有の液体が、喉の奥を滑り落ちていった。

 俺は再度、カウンターにコマンドを描くと、同じ飲み物を二つ注文する。再度決済を済ませると、今度はコップが二つ出てきた。

 空になったコップをコマンドを描いて処分し(バーカウンターの下に持って行かれた)、新しく現れたドリンクを、今度はゆっくりと口に含む。

 ぴりぴりとした舌の痛みが、徐々に徐々に和らいでいった。


 「………おい」


 「………なんだよ」


 地の底を這うような低い俺の声に、白髪の男は挑戦的な目つきで応えた。

 ほう、そうか。そういうことなのか。

 不器用な優しさに見えたのは、巧妙な悪意で。

 普段見られない一面なんてのは、俺が勝手に抱いた幻想だったのか。

 まったく、傷心につけこんで、こんなお茶目ないたずらをしかけてくるなんて。

 やってくれるじゃねえか。


 「………」


 「………」


 重苦しい沈黙が、場を支配していた。

 一触即発。触れれば爆発してしまいそうな空気の中。

 口の端から白い液体をこぼしながら、俺は目の前の初老の男を睨みつけた。

 男の方も皺のよった口を皮肉げに歪め、俺を嘲弄するように見下している。

 やるか……。

 ふっ、いいだろう。

 そんなやり取りが視線と視線で交わされた時。

 不意に、涼やかな声が差し込まれた。


 「ただいまもどりましたー!あ、ファウストさん!いらしてたんですね!」

 

 溌剌とした声。入り口付近から差し込まれたその声に、俺もマスターもそちらを向いた。


 「ん、っしょ、よいしょ、」


 入り口から入ってきた少女は、両手で重そうに荷物を運ぶ。

 ちらりとその腕の中を見れば、有機プラスチックの紐で縛られた複数の酒瓶が。

 細腕でいくつもの酒瓶を運ぶ様子を見て、俺は静かに立ち上がった。


 「重いだろ、持つよ」


 「あ、いえいえ、ファウストさんのお手を煩わせるようなものでも…」


 「いいんだ。俺がやりたいだけだから」


 「えっ、あ、はい…」


 少女の手の中から酒瓶をもらい、持っていく場所を尋ねる。

 彼女はなぜか少し顔を赤くしながら、俺に酒瓶を置く場所を教えてくれた。

 外にまだあるとのことなので、それらもまとめて持って行ってしまう。

 力持ちですね!ときらきらした目を向けてくる少女に、じつは魔術でずるしてるんだとタネを明かす。

 そんなこんなで、酒瓶を持ちながら、マスターの方を振り向く。

 一時休戦だな、という意味を込めてにやりと笑うと、初老の男は親の敵でも見るかのような血走った眼で俺を睨んでいた。


 ………なんでだよ!


 思わぬ反応に心で突っ込む。俺としては、【タバスコ】のくだりも、その後の重苦しい空気も、全ては冗談のつもりでやっていたため、その血走ったガチの睨みに、どんな顔をすればいいのか分からなかった。


 え、なに、そんなにマジな感じだったの?本気で俺に喧嘩売ってたの?あの【タバスコ】って宣戦布告だったの……?


 と、彼の殺気に満ちた視線について、一つ、思い当たることがあった。

 この初老に見える男は、この茶髪の可憐な少女ーー彼からすれば娘ーーのことを、それはもう溺愛していたはずだ。

 そこまで付き合いが長いわけではないが、それでも、彼の娘に対する溺愛具合はちょっと引くくらいで。

 俺は、娘さんと関わる時は必要最低限にしよう、と密かに決めていたのだった。

 それが、どうだ。

 重そうな荷物を持ってきた娘さんから、その荷物を受け取り。

 あまつさえ、頼りになります!みたいなきらきらした眼を向けられているこの状況。

 娘離れできていない父親からしてみれば、相手の男を八つに裂いて下水道に流してやりたくなる。

 少なくとも俺は、なる。

 そんな状況だった。

 目の前には血走った瞳のマスター。

 後ろにはキラキラした瞳の無垢な少女。

 そして、両手には台車がほしいくらいの酒瓶たち。

 随分と妙な板挟みにあったもんだ……。


 「………はぁ、」


 再度、ため息が漏れる。

 けれどもそのため息には、これまでのような鬱屈とした感情は込められていなかった。



 ところ変わって、魔術ショップ。

 俺は目の前にある正八面体の物体を手に取り、ころころと転がした。

 淡い水色が店内の照明に照らされて光る。

 ちらりとオルタナに表示された商品情報を見れば、そこには【火炎魔術ver.3.03】とあり。

 そのままつっと下に眼を向ければ、作:ポールフォスターケースと書かれていた。

 情報を視認したことでこの商品に興味を持ったと判断され、詳しい情報が視界内に表示される。五段階評価のレヴューから、作者のコメント。使った人間の満足度を数値化し年代別、職業別のグラフにしたものまで。購入するかどうかを判断するためのありとあらゆる情報が、細かなクリップとなって八面体を囲むように表示される。

 実際に使った時の感想や作者のインスピレーションなどは正直どうでも良いため、手を振って表示を消す。手の中の商品をつつくと、真に知りたい情報が目の前に表示された。


 「………」


 それを見て、しばし考える。

 悪くない。むしろかなり良い。ちらりと別なクリップに眼をやれば、そこには『最新版』の文字が。ポールフォスターケースの最新版。性能が良いのは当たり前か。

 迷う。

 買うべきか、買わざるべきか。

 商品情報をスクロールしながら、しばし、考えーー。



 ーー一つの情報が眼に入った。

 ああ、これではだめだ。

 とてもじゃないが、俺には使えない。

 元あった場所に、手の中の八面体を、戻す。

 次いで、別な商品を手に取った。

 瞬間。


 「……うぉっ」


 突然目の前に炎が広がり、驚きの声が漏れる。

 なんてことはない。商品プロモのヴィデオクリップだ。炎も、よく見ると鳥の形をしている。

 まじまじと見ていたため、またもその視線を興味を持ったと判断され、プロモヴィデオの再生がスタートする。


 荒野だ。

 茶色い地面と、小さな岩が、視界の限り続いている。

 その荒野に、一人。ぽつんと。

 少女が、いた。

 光沢のあるエメラルドグリーンの髪と、同色の瞳。戦闘用のジャケットも、それらに合わせたのか明るめの緑だ。

 その少女は、ふと顔を上げる。

 カメラが、彼女の視線を追う。

 巨大なーードラゴンだ。

 全長10mはくだらない。硬質な表皮に、凶悪なアギト。全体的に色味がない、灰色一色だ。

 天に向けて吠えるドラゴン。普通の少女なら。いや大の大人でも腰を抜かすようなその咆哮に、しかし画面内の少女は眉一つ動かさない。

 そうして、ドラゴンが少女に牙を剥く。

 しかしーー少女の方が、速かった。


 『【メテオ・リーノ】!!』


 画面内の彼女がそう叫ぶと同時、彼女の身体から髪色と同じエメラルドグリーンの光がほとばしる。その光は一瞬で【ライオン】の形になると、燃え盛る炎を帯びた。


 『行けっ!!』


 少女の言葉通り、ドラゴンに突撃する【ライオン】。

 しかし炎でできた獣はただ突進するだけではなく、ドラゴンの周囲を飛び回り、その爪や牙で表皮を傷つけていった。

 【ライオン】に気をとられるドラゴン。その大きな隙を見て、少女はにやりと笑い、続けざまに三つ、魔術を放った。


 『【ウィンド・スネーク】!』

 『【ハイドロ・ウルフ】!』

 『【アース・ライノ―】!』


 少女が叫ぶ度、明るい緑の光が弾け、それぞれの動物が姿を現す。


 風で出来た【ヘビ】

 水で出来た【オオカミ】

 土で出来た【サイ】


 少女が大仰な動作で手を振るうと、それらの動物は一斉にドラゴンへと襲いかかる。

 締め上げ、噛みつき、突進し。

 硬質な表皮に確実なダメージを与えていく。

 と、唐突に、ドラゴンが天に向かって吠えた。衝撃で吹き飛ばされる、魔術で出来た動物たち。

 翼をはためかせ、ドラゴンは飛翔した。傷ついた身体ゆえぎこちない動作ではあるものの、大きな二枚の翼で宙に浮く。

 ふと、その凶悪なアギトにエネルギーが集まっていった。

 灰色の光が、滞空するドラゴンの口元に収束していく。


 【龍の息吹】


 圧倒的な攻撃力を持つ無属性魔術。

 その高まりに対し、画面内で実際にそれと相対しているはずの少女は、微塵も慌てた様子を見せたりはしなかった。


 『おいで』


 ただ一言そう言うと、彼女が呼び出した動物たちが、彼女のもとへと集まっていく。


 炎で出来た【ライオン】

 風で出来た【ヘビ】

 水で出来た【オオカミ】

 土で出来た【サイ】


 四つの異なる属性を持つ魔術が、彼女を守るように立ち並ぶ。

 そして、ドラゴンの口から、レーザービームのような破滅的な光線が放たれた。

 その光は真っ直ぐ少女のもとへと突き進む。あわや直撃を受ける、その瞬間。

 四つの動物が、融合する。

 相反する属性で構築された魔術たち。それらが少女の前方一点にむけて収束し、一つの盾を形作った。

 虹色の盾を。

 レーザーと盾が、衝突する。

 ごがあ、という衝撃に荒野が揺れた。

 虹色の盾は、少しづつ、ドラゴンの攻撃を押し返していく。しかしドラゴンも負けていない。その光線を放つ源である凶悪なアギトをより大きく開くと、少女を襲うレーザーの威力が数段階増した。

 ここに来て初めて苦しげな表情を見せる少女。

 しばらく拮抗し、このままでは押し負けると判断したのか、彼女は新たな魔術を使った。


 【メテオ・フェニックス】

 【ウィンド・フェニックス】

 【ハイドロ・フェニックス】 

 【アース・フェニックス】


 先ほどと同じ、4つの属性の魔術は、またも動物の形を持って発動される。しかして今回の魔術はーー全て、同じ形。


 不死鳥。


 四体のフェニックスは、先ほどの四体の動物がそうなったように、一つのところに集まっていく。ただ、今回は盾を作るためではない。


 槍。


 大きな槍が、盾の内側に作られる。


 『……これで、終わりよ……っ!』


 画面の向こうで、少女が叫ぶ。

 巨大な槍。大昔の神話、旧人類のそのまた前の人類の代から存在する、神殺しの槍。

 その名を、叫ぶ。


 『【グングニルーーーーー!】』


 天に向かって光の柱が現れた。その柱はドラゴンのレーザーを押し戻し、それを吐き出す本体を頭の先から尻尾の終わりまで貫く。

 数秒して柱が消え去ると、後には何もない荒野と、肩で息をする少女だけが残されていた。

 たった今ドラゴン・キルを成し遂げた少女はしばし呆然としたように光の柱が通った空間を見つめる。ややあって自分がドラゴンを討伐したことが理解できたのか、徐々に口元に笑みを浮かべていった。


 『…っし!』


 ガッツポーズをする少女。勇ましく鳴り響くファンファーレ。ちょっとかっこよすぎだろっていう曲が、少女の勝利に華を添える。

 しばし勝利の余韻に浸っていた少女は、ふとカメラを振り向く。そうして不自然なハイテンションで、その可憐な口を開いた。


 『入れてて良かった!アレイスター製!』


 俺は停止ボタンをクリックした。ヴィデオの再生が止まる。八つ当たりのようにそのヴィデオクリップを視界から消去した。

 自分が触れている商品を見る。正確には、商品の横、俺だけの視界オルタナに表示されたARのウィンドウを。そこには簡素にこう書かれていた。


 『アレイスター謹製!【最も基本的な四つの自然属性についての魔術セットver.4.06】本日発売!!』

 その横にはご丁寧に、


 『プロモーターには、【全都市】で今最も注目されている魔術師、【最優の魔術師】を起用!!息を飲む大迫力の戦闘と、最優と呼ばれる所以の、美しい魔術行使を、とくとご覧あれ!!』

 とわざわざフォントを光らせて強調してある。

 【最優の魔術師】、ねえ。

 触れていた商品を棚に戻す。ちらりとそのエリアを見遣れば、そこはアレイスターのコーナーのようだった。

 先ほどのプロモヴィデオの少女のように、四つもの属性に適正を持つ魔術師は多くない。というか【最優】たる彼女しかいない。そのため、そのコーナーには、一般的で凡庸な魔術師のための、それぞれの属性ごと、火、水、風、地、ごとに分けられた魔術セットが、所狭しと置いてあった。

 ヴィデオの中で彼女が使っていた魔術を、この正八面体を購入し、自身のOSにインストールするだけで、誰でも使えるようになる。

 そう聞くと、なにやら魅力的なことのように思えるかもしれない。

 しかし、現実はそう甘くはない。動画内の彼女のようなクオリティでこれらの魔術を行使できる者はそうそういない、し、ましてやそれが四つの属性にわたって、なんて人間は、この世界に一人しかいない。

 そう、【最優の魔術師】たる、彼女しか。

 適性のない人間がこの魔術セットを入れたところで、彼女のような鮮やかな魔術行使は出来ない。

 四つの異なる魔術をあれだけの完成度で発動させることも。

 その魔術を融合させて虹色の盾や【グングニル】を放つことも。

 彼女以外には、誰一人として出来ない。

 そう考えると、あのプロモヴィデオはプロモーションの役目を果たしていないような気がしてくる。彼女以外誰も出来ない使い方を見せたとこで、それは本当に彼女以外には出来ないのだから。


 俺は店内のポスターを見上げた。表面に画面加工の施されたプラスチック製のポスターには、件の少女が表示されている。

 エメラルドグリーンの髪の毛に、同色の瞳。明るい緑の戦闘ジャケット。

 【全都市】で今最も注目される魔術師、【最優の魔術師】

 それは転じて、最も才能を持つ魔術師という意味でもあった。


 「………はぁ…」


 ため息が漏れた。ないものねだりだと分かっている。分かっていても、どうしても羨ましいという気持ちに蓋をすることは出来なかった。

 その才能の、一割でも俺にあれば。

 もっと、上手くいったかもしれないのに。


 「………やめだやめっ」


 頭をふり、思考を切り替える。危うく、本来の目的を見失うところだった。今日、俺はここに、ソロで【探求】を行うのに適した魔術を買いに来たのだ。落ち込んでいる場合ではない。ついいつもの癖で最新作の展示されているコーナーに足を向けてしまった。

 広い店内を見渡す。

 普段なら適当に物色するところだが、今日は明確な目的を持って来ているため、俺は特定の商品を探すための簡素な探索プログラムを組み上げ、ショップ中の商品をスキャンさせた。

 数秒して出た結果は。


 「……まあ、だよなあ…」


 惨敗。俺が欲するような魔術はなかった。念の為、条件を変えて再スキャン。しかし無情なことに、引っかかってくれる商品は一つもなかった。

 適性が低くても扱えて、かつソロで戦えるような、という条件を満たす魔術は、どうやらこの魔術ショップにもないようだ。


 最大手なら、なにかしら、と思っていたのだが……。


 俺は諦めると、踵を返して出口へと向かう。接客アンドロイドが、そんな俺を迷惑そうに見送った。


 ……すみませんね、何も買わないで……。


 店の外に出る。やや強めの日差しに、自動で補正のプログラムが走った。眼に入る光量が抑えられ、店内との明度の差に視界がくらむのを防ぐ。設定してある時間で瞳を明順させると、雑踏の中を歩き始めた。

 道行く人々を身体を傾けて躱しながら、さてどうしたもんかと考える。

 このまま【塔】に行くか。それともソロでの【探求】を助けてくれそうな魔術を見つけられるまで粘るか。

 最近通うようになったバーのマスターの言葉を思い出す。


 『ソロ用の魔術ぅ?なんでえ、お前さん、一人で【塔】を登るってかい』

 『ああ、まあ…』

 『……お前さんがどんくらいの力量を持っているのかは分からねえが、やめといたほうが良いと思うぜ?』

 『だよなあ……』

 『パーティを外されて凹むのは分かる。自分が作ったパーティなら尚更な……だが、それで一人で行くっつうのは、ちょっと軽率すぎじゃあねえかね?』

 『………』

 『お前さんだって、パーティを組まなきゃ上に行けねえと思ったからこそ、これまで何度追い出されようと、新しいパーティを作ってきたんだろ?悪いことは言わねえ、せめてもう一人、いや二人、仲間ができるまで、【塔】に行くのはやめといたほうがいいぜ』

 『………まあ、そうかも、な…』

 『そうだろう』


 諭すようなマスターに対し、俺は頷きを返す。

 確かに、一人で【塔】を登るというのは、俺の性質、いや俺達人類の性質と、魔術という【塔】を登る手段の仕組みを考えれば、自殺行為なのかもしれない。たった一人で【塔】を登ることが出来るのは、それこそ四つもの属性に最高の適性を示す【最優】くらいなものだろう。


 しかし。


 『……でも……それでも、俺は登るよ』

 『………』


 決意を込めたわけでもない、ただ事実を確認しただけの言葉に、あのマスターが心動かされたとは考え辛い。でも、マスターは、それでも登ると言った俺を、それ以上止めようとも非難しようともしなかった。


 『………お前さんの言うようなソロで戦うための魔術とやらに、俺は心当たりがない。正規の魔術ショップに行ったほうが、早いし見つかる確率も高いだろう。行きつけのところに行って見るんだな』

 『………そっか。ありがとな』

 『…………別に』


 初老の男は、しわがれた声を震わせて、最後にぽつりと言った。


 『死ぬんじゃ、ねえぞ』


 『………ああ』


 別れ際に言った彼の言葉。少なくとも一人、いやその娘さんも入れれば二人、俺が死ねば悲しんでくれる人たちがいる。彼らのためにも、俺は軽はずみな行動は取れない。いたずらに命を危険にさらしてはならない。

 そのために、今日一日、ソロでの戦いを補助してくれるような魔術を求めて、魔術ショップを回った。入り組んだ路地の奥にあるさびれたショップから、大通りの一等地に店舗を構える最大手まで、ここUSAにある魔術ショップをくまなく探しまわった。殆どのショップは商品のカタログをニューラルネットに公開しているため、本来は検索一つで事足りることなのだが、思わぬ見落としがあるかもしれない。あまりに売れなさすぎてカタログから抹消した商品や、検索では引っかからなかった隠れた一品など、そういうところに期待して、魔術ショップを回ったのだった。


 結果は、見ての通り。

 めぼしい魔術は見つからず。

 魔術を入れるのに必要な空き容量は、今朝と一ミリも変わっていない。

 新たな魔術を手に入れていないのに、一人で【塔】に登ってもいいものか。

 しばし考える。

 どーすっぺ……。

 行くべきか行かざるべきか。

 ソロでもまあ、【塔】を登るだけなら、問題はないと思う。問題はないと思うのだがーー


 『わ、私は……ファウストさんに………死んで欲しく、ありません……』


 涙目で懇願する少女を思い出す。三ヶ月にも満たない短い付き合いでも、彼女は俺に「死んで欲しくない」と言ってくれた。


 死なないように気をつけることはできる。自分が無理だと思ったら登るのをやめるのだ。そうすれば、安全マージンを取れば、装備の用意に手落ちさえなければ死ぬことはないだろう。


 しかしーー。


 ーーそんなことで俺は、いいのだろうか?


 眼を閉じる。雑踏の中でそんな危険行為をした間抜けなユーザーのため、自動歩行プログラムが走り、俺の身体を代わりに動かし、道行く人々をかわしていく。


 瞼の裏。各種のメニューバー等が表示された空間を睨む。そうして、俺は、俺の原点を、思い出す。何故、【塔】に登るのか。何故、未知を【探求】するのか。


 ローブの男。芸術のような魔術たち。綺麗と言われて喜ぶ顔。そしてーー約束。


 『【真理】の先で、お前もーー』


 覚悟を決めた。

 脳内のインターフェースを操作し、手持ちの魔術を確認して。

 この【都市】の中にいればどこからでも見える巨大な建造物を睨む。


 「よし、行くか」


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