確認のための戦闘、そして購入
【塔】は階層構造だ。今のところ、五層の九七階まで【探求】は終えられている。
エントランスを抜け、エレベーターで目的の階まで登り、円形のエレベーターホールに出た。
エレベーターのある位置から数歩進んだところには特殊なバリアが張ってあり、そこより先の景色はぼやけている。
もう一度手持ちの魔術を確認すると、俺は踏み出した。
バリアの向こう側へと。
一面の、緑。
森が、視界の端まで広がっている。
頭上には燦々と太陽が輝き、空は青い。
真白い雲がぷかりと浮かぶ。
【塔】第五層五〇階。
【森林フィールド】
【気温三二度、湿度七八%】
【降水確率〇%】
オルタナに表示される情報をちらりと見る。雨はふらないようだ。ふったところで戦闘に支障はないが、ジャケットと肌の間に湿気が篭もる感覚は好きじゃない。
ふと、今日【探求】する場所をあらかじめ決めておかなかったことに気が付き、慌ててマップを開く。どこまでも広がる森林地帯のどの辺りを【探求】するか、他のメンバーと相談しようと振り向き……。
我に返った。
今日は一人で来たんだった。
「………っは」
ツンと来た。そんな自分を情けないと思い、たった三日前のことだと擁護する。三日前だ。三日前まで、俺はパーティとこの階層に来ていたんだ。
鼻孔をくすぐる緑の匂い。
さわさわと葉がこすれる音。
見渡す限りの大森林。
感傷を振り払った。悲しんでいる場合ではない。俺は一人でも、俺の目的を達成すると決めたのだ。
こんなところで、立ち止まっている時間はない。
脳内のインターフェースを操作し、いくつか魔術を発動させる。問題なく効果が発揮されていることを確認すると、眼下の森林に向けて走りだした。
*
「ーーっら、ああ!」
緑の身体が両断される。ごつごつした表皮に、不自然に大きな瞳。断面から飛び散る血液も緑色。剣についたそのサイケデリックな液体を振り払う前に、空の手を振りかざし、魔術を発動する。
水魔術Lv.3【三式:壱の番】
支援魔術Lv.4【コンシャオス】
火炎魔術Lv.3【ファイア・ボール】
続けざまに三つ、黒い光が現れ、ぱんと弾ける。水で出来た弾丸がゴブリン達の目の前を通り過ぎ、緑の瞳を強制的に振り向かせる。あらぬ方向を向いた緑の体躯に、炎で出来た球体がぶつかり、激しく燃え上がった。
森林に響き渡る絶叫。三体分のそれに眉を潜める。あらかじめ【サウンドキャンセラー】を発動しておいてよかった。
魔術でとどめを刺すか一瞬迷い、ソロであることを考慮して剣でとどめを刺す。魔力は温存するに越したことはない。真っ白な刃に貫かれたゴブリンたちは、数度痙攣すると、やがて動かなくなった。
「………はあっ。……こんなもんか」
支援魔術【サーチ】で辺りを見渡し、新手が出てこないことを確認する。一先ず眼に入る範囲で新手の敵がいないことを確認すると、剣についた血を拭った。
「戦利品は、っと」
オルタナを操作し、【塔】専用のページを開く。ずらりと並んだ項目の中で、右上の数字に着目した。
二〇八〇TP
【探求】を始める前に確認した時は二〇七七TPだったので、今の戦闘で三TP増加したことになる。
「ゴブリン一七体で、三TPか………ボロ儲けだな」
やはりソロだとTPの増加スピードが全く違う。パーティの頭数で等分されることがないため、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「【ドロップ品】は………ないか」
視線の動きでページをスクロールし、【ドロップ品】の項目を見る。しかしそこにはなにも追加されていなかった。
「まあ、そのへんはいつも通り、か」
ソロだからといって、【ドロップ】の確率が上がるわけではない。そこは倒せる【番兵】の数が多いパーティの方が有利だった。
「………よし」
この階層での戦闘は、あと二、三回でいいか。先ほどのゴブリンたちとの戦闘からそう結論づける。
この階層に慣れたら、次は一つ上の階層へ。
そうやって少しづつ慣らしていこう。
もし危険だと感じることがあれば、そこがソロでの限界ということになる。その限界をどのように突破するかは………おいおい考えよう。
今はとにかく、自分がソロでどこまで行けるかを確認する。
「……ん、来たか」
そうして目標を定めていると、【サーチ】に反応があった。もたれかかっていた木から離れ、両刃の剣を構える。ふと眼を向けると、倒したゴブリンの死体は、いつの間にか消えていた。
*
火炎魔術Lv.3【火球:下】
地魔術Lv.2【微震】
ウィンド・ワークスLv.4【パラライズ・ウィンド】
黒い光が産まれ、弾ける。魔術が効果を発揮した。
「GYAAAAAAAAAA」
【微震】と【パラライズ・ウィンド】で足の自由を奪い、【火球:下】で燃やし尽くす。金属製の身体は熱に弱いため、温度重視の一発ものを選択。たった一個の火球に凝縮された熱が、金属で出来た昆虫、といった体の【番兵】を破壊し尽くした。
「………っし、」
【サーチ】に反応。背後からせまる刃に地面を転がる。細長い身体に、手に相当する部分には大きな鎌。カマキリと呼ばれる昆虫型の【番兵】が、六、七、八……一〇体。足をふった反動で立ち上がるついでに、振り下ろされた鎌の軌道をそらす。顔を上げると、カマキリの大群が押し合いへし合い団子みたいになっていた。
互いの身体がこすれあい、甲高く背筋を撫でられるような不快な音を鳴らす。
ここが狭い通路で助かった。
一匹ずつ相手が出来る。
脳内のインターフェースを操作し、魔術を発動。黒い光が産まれて弾ける。
風魔術Lv.3【疾風】
アース・エレメントLv.4【EET】
初級自然魔術:火【三番】
【疾風】に乗せられた【EET】がカマキリの集団の間を流れると、彼らは不自然に震え始めた。
黄色の光に包まれて震える彼らの目玉に、炎の弾丸の【三番】が突き刺さる。
「GYAAAAAAAAAA」
金属同士をこするような音が、狭い廊下に反響した。
【塔】第五層七五階
別名カマキリの巣。階層全てが狭苦しい廊下で構成されており、その迷路のような通路は未だ全体像が把握されていない。踏破済みエリアのマップを見ながらでないと、初めて来た人は迷うこと必須な階層。かくいう俺も常にマップを睨みながら、ホールまでの道を把握しそこねないように注意している。
そんな俺の目的は、自らの実力の確認。そのためなるべく多くの【番兵】が現れ、かつ逃走経路がきちんと存在する場所を選んで戦っていた。
それがこの、狭い廊下。階層全体が迷路のような通路で構成されているこの五層七五階でも、輪をかけて狭い通路。ここなら最悪でも、挟み撃ちされるだけで済むから。
視覚情報を得るための器官が破壊されたカマキリたちは、その巨大な鎌を打ち付け始めた。ゴギン、ギギン、という耳障りな音が真っ白な廊下に”反響”する。
「させねえよ」
ソナーによって空間を認知しようとしたカマキリたちを斬り伏せていく。金属と金属の間を縫うように移動しながら、急所である首に刃を滑らせていく。ぽんぽんと飛んでいくカマキリの頭、のようなもの。大きな球体がふたつに、ギザギザの歯が生え揃う空洞。丸が三つあれば取り敢えず人の顔のように見える現象をなんというのだったか。いや、あれは錯視のたぐい、人間の『顔を認識するモジュール』の誤作動というところだったか。
「……ふう」
最後の一体を斬り伏せる。都合一〇体いたカマキリ型の【番兵】たちは、皆ただの金属の塊と成り果てていた。
「どれどれTPと【ドロップ品】は……」
戦闘後の癖で、つい獲得したTPと【ドロップ品】を確認してしまう。セーフティゾーンでもない場所でそんな隙を晒すのは普通に危険だが、危険は技術で管理できるものだ。【サーチ】の魔術で周囲を把握しつつ、オルタナを操作して【塔】のページを開く。
「二一〇四……カマキリ一体が大体〇・四TPか」
戦闘前のTPの値からカマキリ一体分のTPを計算する。ふと思い立ち、ニューラルネットを開く。ブックマークから目当てのサイトを呼び出し、視界内に表示する。ええ、と。現在のレートは、一TP辺り三二・四九$か。
ということはカマキリ一体で大体………ええと……一三$の稼ぎということになる。
計算のために呼び出したコマンドコンソールを見ながら唸る。ううん、悪くない。どころか、これは破格の稼ぎとすら言える。カマキリたちをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返すだけで、かなりの額を稼げてしまいそうだ。そうだな、ここに二時間もいれば………カマキリの【再配置】時間も考慮して……だいたい二〇〇体くらいは倒せるだろうか。そうなると、二時間で八〇TP。ドルに換えて二六〇〇$。時給換算で一三〇〇$の稼ぎに……!?
「まあ、そう上手く行かないんだけど」
頭を振り、今しがたした計算結果を振り払う。ひらりと手を振り、電卓代わりのコマンドコンソールと各種数字を消去した。
得られたTPがそのまま稼ぎになるわけではない。そんなの、【塔】に一度入ったことが……いや、登ったことがあるやつなら、誰でもが知っていることだ。
俺は【サーチ】を使っている感覚から、残りの魔力量を感じ取る。満タンが100%とすると、今はだいたい……30%といったところか。無理をすればなんとかなる量ではある。そうさな、ここからホールに戻るまでなら、まあ余裕で持つだろう。甘い見積もりでも何でもなく、単なる事実として、ここに来るまでに遭遇した【番兵】の強さと数ならば、その二倍の量が来たところでその全てを斬り伏せることが出来る。故に、今魔力を補給する必要はない。これからホールに戻るという時に、わざわざ今日の稼ぎを減らしてまで、万全の体勢を整える必要は、ない。
のだが。
通路を歩き、とある場所に近づいていく。そこはここに来るまでにあらかじめ見つけておいた場所。俺達【探求者】が【塔】に登る際、常に意識して場所を把握しておかなければならない場所。
真っ白な壁が続く通路の一角。不自然に発光する場所がある。紫に発光するその壁の目の前に立ち、指を添えた。そのまま、とあるコマンドを描く。俺の指先がグネグネした紋様を描ききると、『壁』がひときわ強く発光した。
「ゴ来店アリガトウゴザイマス!【カール】ノ【塔】内出張ショップヘヨウコソ!」
機械音声によるやたらはきはきとした歓迎の挨拶が流れた。先程まで紫に光る『壁』だった通路の一角は、今や所狭しと様々な道具が並ぶ【ショップ】になっていた。
「これとこれ……あと、これも」
魔力を回復させるためのポーション。【番兵】から身を隠すための保護色マント。手投げ手榴弾からRPGまでの戦闘を有利に進めるための小道具たち。予備の剣、と、銃。万能電子錠。その他【探求】に必要な様々な物品の中から、俺は自分に必要なものを見繕っていく。
「アリガトウゴザイマス!合計デ『四八TP』ニナリマス!」
「はいはい」
手の形が表示された板にぽんと手を置き、決済をすませる。バーの時とは違い、$ではなくTPが消費され、決済が完了された。
「ゴ購入アリガトウゴザイマシタ!マタノゴ来店ヲオ待チシテオリマス!」
機械音がはきはきと告げ、ショップが閉じられる。ショップになった紫の壁は、再びただの『壁』に戻っていた。
【塔】の中にあり、【塔】の【探求】に役立つアイテムを売ってくれるショップ。名を【アイテムショップ】。
何故そんなものが【塔】の中にあるのか、何故【塔】に【探求】を助けるようなシステムが組み込まれているのか。古来よりそれは謎とされている。USAで使われる$や、JPNで使われる円、HKGなどで使われる元、等の通貨ではなく、【塔】の内部だけで得られるTPのみで売買が出来ることも、その謎に拍車をかけている。
【番兵】を倒すことで得られるTP。そして【探求】を進めるのに必要なアイテムをそのTPを払うことで提供してくれる【ショップ】。
【塔】は【探求】されたがっている。
そう言ったのは、熟練の【探求者】であり【冒険者】でもあったロミオだ。彼が言ったことは一般の人間の間では理解されなかったが、こうして実際に【塔】を登ると、彼の言いたいことが分かる。
「まあ、それはそれとして、ちょいと高すぎると思うんですが……」
今回俺が購入したのは、魔力を回復するマジックポーションと、60cmくらいの両刃の剣。前者が一つ七TPで、後者が二〇TP。$にして二一〇$と六〇〇$。合計すると大体一六〇〇$なので、今の買い物でカマキリ一二〇体分のTPを使ったことになる。
それが割に合うかどうかを決めるのは、それを買った俺自身だ。魔力を回復できるマジックポーション。未だ人間が作ることの出来ないそれ、【塔】以外では入手できないそれを得るのに、二一〇$という金額が高いかどうか。
「妥当……なんだろうな」
買ったばかりのポーションはポーチにしまい、代わりに以前購入した方のポーションを取り出す。プラスチック製の蓋を取り、中身の液体を飲み干した。
爽やかな感覚が喉元を通り抜けていく。これで、二、三分もすれば全快、までは行かずとも、80%くらいには回復しているはず。
もうひとつ購入したアイテム、真っ白なショートソード。は、ジャケットに括りつける。既に左のフックには一本差さっているので、右側に括りつけた。
「よし」
これで、万全。
この準備が必要かそうでないかは、今のところわからない。わからない、が、死の危険は、少なからず遠のいた。
「……もういっこ上に行くか」
呟き、ホールに向かう。
稼ぎを犠牲に買った『準備』は、それだけの価値があるのか。
確かめる事態にだけはなりたくない、と、紫の『壁』を見ながら思った。




