何が正しくて、何が正しくないのか、私達はその迷路を、人が多い方に流されながら生きている。
「あなたの年収はいくらですか?」
「○○○万円です」
「ぶふ!少ないですね。ではあなたは、貧乏で不幸!」
「あなたの年収はいくらですか?」
「○○○○万円です」
「たは!多いですね!すごいですね!あなたは凄い人です。素晴らしい!では!あなたはお金持ちで幸せ者!」
「あなたはどこの大学を出ましたか?」
「大学ではなく専門学校を出ました」
「ぁ、そうですか、はぁぃ…」
「あなたはどこの大学を出ましたか?」
「自分は高卒です」
「ぁ…わかりました」
「あなたはどこの大学を出ましたか?」
「東大です」
「す、す、すんばらしい!私が求めていたのはあなたのような人です!!」
「資格はもってますか?」
「いえなにも」
「ぁ、そうですか。じゃああなたは、何もない人間なんですね」
「いいえ」
「いいえ?いえ、そんなことありませんよ。あなたは資格を持っていないではないですか?誇れるものが何もないではないですか?ということは、あなたには何もないではないですか?」
「資格というのはそんなに大事なことですか?」
「ええもちろん。当たり前じゃないですか」
「何年も前に取って、その内容を忘れてしまっていても」
「ええもちろん!資格は視覚です!四角を持っているという事がすんばらしいのです!資格を持っていないあなたはゴミです」
「あなたの職業は?」
「会社員です」
「年収は?」
「○○○○万円です」
「す、す、すんばらしい!」
「でも、人をよく殴ります」
「私でなければそれは構いません!それもあなたの個性の一つ!どうぞご勝手に!」
「今まで業者に頼んでですが、人を何人も殺してきました」
「私でなければそれは構いません!それもあなたの個性の一つ!悲しみ多き男なのですね。今までさぞつらかったことでしょう。慰めはこの私の役目」
「こんな僕でも大丈夫ですか?」
「愛さえあればもちのロン!一生一緒にいましょう!」
「あなたの職業は?」
「会社員です」
「年収は?」
「○○○万円です」
「出世の保証あります?」
「わかりません」
「ではダメです。無理です。少し離れて」
「ごめんなさい」
「まず結論から言わせてもらうと、そのお金では私を養うことができません。子供ができたらもっとできません。私はもちろん働きません。あなたは一生仕事を辞めることができません。当たり前のことを言いますが、その収入では私は育児はできません。すべてが、全てが足りません」
「貯金はあります」
「いくら?」
「○○○万円です」
「風に吹かれたら消え去る額ですね」
「優しさと愛情ならだれにも」
「うざい消えろ」
「あなたの職業は?」
「フリーターです」
「は?じゃあいい」
「あなたの職業は?」
「無職です」
「ではさよなら」
「僕は不幸だ」
「アフリカの飢饉で苦しむ子供よりも?」
「私は貧乏です」
「アフリカの飢饉で苦しむ子供よりも?」
「いいえ」
「じゃあ違いますね。残念。」
「異議あり!裁判長!賄賂をあなたにたくさん渡しているので、とっととこの無罪の人を有罪にしてください!」
「有罪」
「人を見下せ、人を敬え、人の話は聞くな、人の話を聞け、俺になんでも聞け、何でもかんでも俺に聞くな、もっと喋って良いんだぞ、うるさい喋るな、本を読め、本など読むな、人と付き合え、付き合うな」
何が正しくて、何が正しくないのか。
私達はその迷路を、人が多い方に流されながら生きている。
人には一人一人にきちんと心があって、皆その中で、人生の中で、痛みを抱え、時には迷い、他人を傷つけ、自分も傷付き、迷い、まよい、迷う。自問自答を繰り返して、何がいけなかったのか、何があっていたのか、なんであんなことをしてしまったのか、なんで手を差し出さなかったのだろう、退屈だ、会社辞めたい、バイト辞めたい、学校行きたくない、仕事していたくない、仕事を辞めれば自由だ。
「…」
誰もが皆、目に見えない何かと戦い、時には勝ち、時には負けを繰り返しながら生きている。
誰もが皆、不安があり、焦りがあり、孤独感があり、これでいいのかと、のたうち回りながら生きている。
自分は特別な人間なんだと思いながら、平凡な毎日を、こんなはずではないと愚痴をこぼしながら、不満をこぼしながら生きている。
生きている、人間は生きている。心と共に生きている。何かに憧れ、他人を羨ましく思い、自分にないものを妬み、自分を卑下し、自分にコンプレックスを抱きながら、他人にそこを突かれぬように頑張って装いながら生きている。
ブヴォン
ガタン ガタン
私は電車の中にいた。
電車の座席は満席で、座れずにつり革を持って立っている人も少しいた。
「…」
電車の前の方に目をやると黒板があり(幸せとは何でしょう?不幸とは何でしょう?)と白いチョークで書かれていて、皆はその議題を頭を抱えて悩んでいた。
「幸せとは、日々を、悩みながらでも…懸命に、生きる、こと」
私は手を肩くらいまで小さく上げて、そして自信のない小さな声で言っていた。