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きみが待ってる公園で  作者: 柿の種
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何かができるのは、何かを感じる事ができるのは、生きているときだけ

「ぉ、おはようございます」


「お、おはようございます」


 私たちは12時を過ぎる15分前には公園に到着していた。


「で、では…行きますか」


「は、はい…行きましょう」


 二人はぎこちなく歩いている。私は、にやけてしまいそうになる口元をキュッと結んで「ぶへへ」と吹き出してしまわないように、えらく真顔を装って歩く。自分の心臓の音がえらくうるさいのを自覚しながら。



 二人は適度な距離を保ちながら歩いている。後ろから猫二匹につけられているとも知らず。


「もっと喋りなさいよ!」


 俺の後ろでメグが眉間にしわを寄せながら声を荒げる。


「ここで言っても聞こえんし、聞こえてもたぶん今日のあいつには無理だ」


「…まぁそれもそうね」


「今もたぶん、昨日の夜と同じように、無限大丈夫だろうかに陥っているだろうな」


「…きっとそうね」


 メグがあきれた声で言った。そしてなぜか「ふふふ」と少し笑ってこっちを向いた。


「ん?どうした?」


「でも…なんだか楽しい。なんだろう…クロに会って、彼女に会って、あなたに会って…私、ものすごく毎日が楽しい。毎日全然退屈することがなくて…あの二人も…彼は、少し前まであなたの姿をした猫で、その猫の姿をした人間が人間の女性に恋をして、彼は猫の姿で彼女と友達になれて……スゥッ…」


 メグはなにやら目に涙をためていた。


「そんな彼が…今、人間の姿に戻って、猫の時に恋をした女性と…スウッ…仲良く歩いていりゅ…」


「うんそうだな…」


「あなたはずっと寝てただけだったけど、彼はあなたの姿で懸命に頑張ってたのよ。あなたと違って」


「…」


 俺はぐうの音も出なかった。ここで言葉を返してもきっと「でも…だって…」と無意味な言葉をつなげてしまう。その言葉は前向きな言葉でも、一歩を踏み出す大切な言葉でもなくて、言っている自分も、聞いてくれている相手も、腹が立ってしまうような言葉だと自分でわかっているから、俺は黙ることにした。


「…」


「あなたと違ってね…」


「ぐぅ…」


 俺はぐうの音しか出なかった。


「…」


「……」


「………」


「…………」


 前の二人も、後ろの二匹も、会話が弾まず駅に着いた。


「駅に着いたわね」


「着いちゃったな…」


「これ以上の尾行は無理ね」


「そうだな…」


「ねえ、さっきの話の続きなんだけど」


「ぐぅ…」


「あなたはずっと寝てて、何かを変えることはできたの?」


「ぃゃ、何も…」


「ずっと死にたくて寝てたんでしょ」


「まぁ…」


「死んでたようなものでしょ?永遠ずっと寝てるなんて」


「まぁな…」


「どうだったの?」


「ぇ?どうって…なにも…なかったよ」


「じゃあ…あなたが本当に死んでもきっと同じよ」


「?」


「何もないのよ死んだって。こう言っちゃうとなんだけど、死んでもたぶん何もないと思う。脳みそが腐って無くなるまで、私たちは心臓が止まった状態で眠り続けるだけだと私は思う。私の偏見だけどね」


「ぅ、ぇ?な、なにが言いたいんだ?悪いが全然わからない」


「何かができるのは、何かを感じる事ができるのは、生きているときだけだと、私は思うの。生きている者にしか味わえないかけがえのない特別な物だと、私は思うの。誰かといることも、笑うことも、泣くことも、何かを触ることも、そして、幸せに思うことも…」


「…」


「死んだからって、幸せになんてなれないと私は思う」


「…」


「死んだら、後悔しても、それを実行することができない。死んで会いたい奴に会えても、見られることも、大事な言葉を伝えることもできない…あなたの彼女は、あなたをそんなものにしたいと思う?」


「…」


「しかも自分のせいで、自らそんな存在になろうとするあなたを、優しく出迎えてくれると思う?」


「…」


「彼女を忘れろだなんて言わない、ずっと覚えていてあげてほしい。でもあなたは死んじゃいけない!自ら死のうとしちゃいけない!あなたはこれからも元気に生きて、寿命が来てようやく死ぬの!」


「…っ…」


 俺は生まれて初めて、生きている雌猫の前で情けなく泣いていた。


「自ら死のうだなんて二度と考えないで。あなたはこれからも頑張ってこの世の中をたくましく生きていくの」


「…」


 俺は情けない顔のまま、メグの顔を見れずに、コクコクと頷くことしかできなかった。


「そして死んで、もし、私の考えとは違って、人間の言う天国というものがあって、そこで彼女に会えたら、その時は楽しかった思い出を彼女にたくさん、たくさん話してあげなさい。そのために、これからを生きるの」


「…ぅ、…ぁ、はぁ、わ、ズズ…すー…わかった…」


 俺は真っ赤な顔で、そして最高に情けない顔で言った。


「あなたも一歩踏み出しなさい。私も踏み出すから」


 コクコク


「じゃあ、これから私たちも…デートに行きましょう」


 コクコ゚…クン


「ぇ?」


「彼らを見てたら、私もデートしたくなっちゃったの。だから!私達も!今からいろんなところ見て、楽しみましょ」


 コ…ぐニャン


「…そ、そぅしよぅ」


「私たちも楽しもう!」


 そう言ってメグは思いっきり走った。


「この世の中は空腹でなければ自由なんだから!」


 雌の考えていることは、よくわからない…


そして俺も彼女を追いかけて走っていった。


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