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きみが待ってる公園で  作者: 柿の種
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言葉を発して言葉が返ってくる、そのごく当たり前のことを私は忘れていたんだ…その当たり前はこんなにも嬉しかったんだ、その当たり前はこんなにも楽しかったんだ

 僕たちは大きな声で笑った。このいつも静かな公園に僕たちの笑い声が響いた。笑っている彼女はやっぱり天使のように美しかった。


「私、こんなに笑ったの久しぶりです」


「僕も久しぶりにこんなに笑った」


「私、本当に久しぶりなんです、笑うの。人と話すのだって、本当に久しぶりで…だから今私、すごく楽しいんです」


 そう言って彼女はクロを見て「ね~」と言いながら優しく微笑んだ。僕は少しあの頃の彼女が見れた気がして嬉しかった。


「…」


 僕はあなたといつも話していたからそんなに久しぶりじゃないよ…なんて言えなかった。


「一人は寂しくてつらいから…一人は寂しくて虚しいから」


「え?」


「人といると、人と話をしてると楽しいなって、嬉しいなって思って」


 彼女はそう言って首を傾げてニコッと笑った。僕はその言葉に、そしてその可憐な笑顔に、心臓をより一層騒がしくさせた。


「言葉を発して言葉が返ってくる、そのごく当たり前のことを私は忘れていたんだ…」


 そう言って彼女はクロを優しくギュッと抱きしめた。


「その当たり前はこんなにも嬉しかったんだ、その当たり前はこんなにも楽しかったんだ…」


 そう言って彼女は「ふふ」と笑った。そして彼女は僕をジッと見た。そして少し赤くなって唇を優しく噛んで目を逸らした。


「久しぶりに人の目を見て話そうと思って頑張ってみたけど…できなかった」


 なんだそれ、可愛いな。


「さっきのあなたの言葉が、すごく嬉しかったと言いたかったんです。あなたの目を見て、きちんと言いたかった。こんな私に心を開いてくれている気がしてすごく嬉しかった」


「え?な、なんでしたっけ?」


「自分は一人だと、私に教えてくれた」


「ぁ…」


 あ、あの、ものすごく失敗してしまったやつか…


「それに対してきちんとした言葉を返さなくてごめんなさい、という言葉も、あなたに言いたかった」


 彼女は綺麗な瞳で僕の目を見て言った。そしてまた少し赤い顔でそらして、大きく息を吸ってはいた。


「私も…私も一人なんです。友達も恋人も…頼る人間誰もいません」


「…」


「4年間働いて、全然楽しくなくて、ずっと辞めたくて、ようやく辞められて、これでようやく私は自由だ!って思って羽ばたいたら、そこには自由があった。でも…私には、その自由に付き合ってくれる人間も、その自由な時間を埋めてくれる趣味もなかった」


「…」


「最初は(自由)という言葉だったけど、しだいにそれが(暇)という言葉に変わり、いつしか(退屈)になり、それがいつの間にか(苦痛)に変わっていった。そして自由という言葉と共に出てきた新たな(不安)という名のお荷物は、どんどんどんどん重たくなっていって、いつの間にか自分をつぶしていた」


 彼女がこんな僕に頑張って心を開いてくれているのが見えた。普段であれば絶対に言わないであろう言葉たちが、彼女の優しい声に乗って僕の耳に入ってくる。


「つぶれた私に手を差し出す人はいなかった、そこには誰もいなかったから…私は勝手に皆の前から姿を消して、誰もいないところで一人になったと勝手に不安になって、絶望して、いつの間にか皆の前に戻る気力も、戻ろうという勇気もなくなっていた」


「…」


 彼女は今にも泣きそうな顔をしている。僕は彼女を抱きしめて頭を撫でてあげたかったけど、人間になった今では躊躇という名の理性が働き、静かにうなずくことしかできなかった。


「一人は不安で…寂しくて…虚しくて…一人で勝手に自分の首を絞めてしまう。この世に自分は、こんなに人がいるのに一人なんだと思ってしまう。人に連絡したくても、誰にすればいいのかわからなくて、どんな文字を打てばいいのかもわからなくて、携帯を床に置いてしまう…親に頼ればいいのに、なんて言えばいいのかわからなくて、今の現状をずっと報告できなくて、また今日も逃げだしてしまう…一歩を踏み出す勇気が、足を踏み出して歩き出す勇気が、日に日にどんどんどんどん消え去っていく…」


 そう言って彼女は涙を流した。


「ぇ」


 その瞬間僕は彼女を優しくギュッと抱きしめていた。


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