死ぬために外に出た。車に轢かれようと街を歩き、電車に轢かれようと駅に向かった
彼女はぼくに(ニャーさん)という名前をくれた。
彼女は寒くないようにと、ぼくにタオルをくれた。
とても寒かったぼくの寝床を改造して、温かくしてくれた。
「…」
ぼくは彼女に貰ってばかりいる。
それなのにぼくは彼女に何もあげられていない。
ぼくは彼女の楽しい話を聞くことしかできない。
彼女に頭を撫でてもらうことしかできない。
甘えることしかできない。
「…」
ぼくも、あなたの頭を撫でてあげたい。寂しくてつらいと愚痴をこぼすあなたを優しく抱きしめて、頭を撫でながら(あなたは一人なんかじゃない)と教えてあげたい。
あなたは一人で頑張っている。
つらい毎日を頑張って頑張って生きている。
ぼくはそんなあなたの、力になれているのだろうか…。
毎日、こんなぼくに会いに来てくれてありがとう。
こんなぼくと話してくれてありがとう。
こんなぼくの頭を撫でてくれてありがとう。
抱きしめてくれてありがとう。
ぼくは…あなたが大好きだ、愛してる。
あなたの事を好きになって、あなたを追いかけて、あなたに触れられて、あなたに近づくことができて本当に良かったと思ってる。毎日あなたに会うたびに、あなたの本音を聞くたびに、あなたの純粋で素直な性格を見るたびに、あなたの事を知るたびに、あなたのことがもっともっと好きになる。守ってあげたくなる。ギュッと優しく抱きしめたくなる。
「ありがとう」
ぼくはあなたに毎日この言葉を言っているけど、あなたには「ニャー」としか聞こえない。ぼくはそのたびに心を傷つけた。
やっぱりぼくは猫なんだ…
そしてあなたは人間なんだ…
交わることはできないんだ…
そう思うたびに、どうすることもできない今の現状に腹立たしさを覚えた。
ぼくは人間だったのにどうしてと、目の前が真っ暗になる。
あなたの話を聞いていると、たまに人間だった時の自分の記憶がよみがえった。
その記憶はいつも、泥水のように濁ったような嫌な記憶で、思い出すたびにその時の気持ちもよみがえってきて、ぼくをいっそう気持ち悪くさせた。
そして思い出すたびに、あなたはぼくに似ているなと、心の底から思うようになった。
心はいつも傷付いているのに、それを癒す者も、それに気付いてくれる人もいなく、それらを相談する人間もいない…。この地球に自分は一人ぼっちなんだと、そういう不安に打ちひしがられている。
ぼくも…そうだった。
一人ぼっちだった。
友達も恋人もいなく、勇逸の趣味であった芝居は、人に認められないという現実に奪われて、なにもなくなった。なにもなくなって、死ぬことばかり考えていた。生きていることに不幸を覚え、死ぬということがぼくに残された勇逸の幸せだと思った。
そんなくだらないものが、ぼくに残された最後の希望だったのだ…。
死ぬために外に出た。車に轢かれようと街を歩き、電車に轢かれようと駅に向かった。そして当たり前のように怖じ気づいて、ただただ電車に乗ってしまう。ただただ街を歩いてしまう。そうして当たり前のように自分の家に帰ってきてしまう。部屋で死のうと考えるが、痛いのも苦しいのも嫌だと、ボーっと力なく考えて、いつものように眠りにつく。馬鹿な自分を卑下しながら。それでも馬鹿の一つ覚えのように死を願いながら…。
ぼくはクロだよ…
ん?
私はメグっていうの
なんだ?
ぼくは一人の人間に恋をした。綺麗で美しい女性に恋をした。
なんなんだ…
そうか、人に抱きしめてもらうと、こんなに温かいんだ
ぼくの名前がニャーさんであることの方がビックリした
月明かりに照らされた彼女は、まるで天使のように美しかった
こんなぼくを見つけてくれてありがとう
じゃあね、また明日
またね
じゃあね
また明日
「…ぁ」
目を開けるとそこには真っ白い天井があった。