「01」転生
どういうわけか、俺の人生は終了を告げてしまった。
死は突然に起こりうるというが、これは本当の話の様で、いつも通りに嫌な仕事に吐き気を催しながら、今日は行くのをやめた方がいいという普段なら従う脳内の警報に背いて、しかし行かねば生活費が足りなくなると無理をした結果、ご覧のあり様、俺は居眠り運転していたトラックにミンチにされてしまったのである。
最悪だ。
虫の知らせとか、なんかそういう直感には極力従った方がいい、みたいなスピッた意見には極力耳を傾けなかった俺だったが、まさかこんなところで当たってしまうとは予想だにしなかった。
今後は、直感にはなるべく耳を傾けよう。
……などと後悔しても、もう遅かった。
なぜわかるかというと、それはもう本当にファンタジックな現象のただなかにいて、俺は俺が死んだことによって生まれた肉の塊を、なんだかよくわからない真っ白な世界で爺さんとテレビを見るかのように眺めていたからだ。
「ふむ、おぬしの一生を見てみたが、可もなく不可もなく、普通の人生じゃったな」
古めかしいブラウン管テレビ──もとい浄瑠璃の鏡に映る一人の男の死にざまを見て、ただ無感情に爺さんは言った。
「ただの童貞陰キャの人生なんてそんなもんですよ。
ドラマみたいなことなんてめったに起こらないし、起こらないからこそフィクションは面白いんじゃないですか」
「まあ、一理あるな」
軽く笑って、お茶を飲む老人。
俺もそれに倣って一口啜ってみる。
熱い緑茶だ。
どこかで味わったことがある。
俺の舌が正しければ、近くのスーパーで売ってる粉の緑茶だ。
ちょっと高めの自称玉露。
「ならばどうじゃ、いっそ次の人生はフィクションみたいにしてみるか」
「……と、いいますと?」
首をかしげて見せると、老人は尻に敷いていたリモコンを引っ張り出して、テレビの画面を切り替えた。
「今巷で話題の異世界転生じゃよ。
おぬしも生前読んどったろう」
「まさか、その世界に転生できるんですか?」
「まあ、ベースに儂が作ったやつでな、ちょっと遊んでみて感想が欲しくての」
「そんなゲームのデバッガーみたいな」
ほほ、と笑う爺さんに、俺は思わず、てっぺん禿げの白髪ロン毛和服ジジイという身なりに似合わない趣味だな、とか考えてしまう。
要するに彼の中では世界を一つ作ることは、俺達の世界で言うところのゲームソフトを作ることと同じくらいの娯楽でしかないのだろう。
何でもできる全能の神。
それゆえの趣味。
きっと、遊んでもらえる人を待ち焦がれていたに違いない。
「ちなみに、ジャンルとか聞いてもいいですか?
ほら、主人公やるにしたって色々あるじゃないですか、魔王倒したり、スローライフ送ったり」
しかし、神が作ったゲームというのなら、一オタクとして気にならないわけがない。
なんというか見た目のせいか、熟練の職人が作った伝統芸みたいな気配が察して余りある予感がするのだから。
テレビに映るゲームタイトル風の画面に書かれた『異世界転生シミュレーション』というタイトルも、まさに気取ってない感があってそれらしいではないか。
「そうじゃな、別に今のところ魔王とかは用意しておらんが、いずれは自然発生するじゃろうな」
「自然発生?」
「うむ」
いって、爺さんはテレビ棚の下から設定資料集と書かれた分厚い本を引っ張り出して、ぱらぱらとめくった。
「この世界には一応魔物とか魔獣とかモンスターとか、まあ呼び方は何でもいいがそういうのがおってな。
こいつらも人間同様、魔物や人間といった魔力を持つ生物を倒すことで経験値を獲得してレベルを上げ、進化していくんじゃ。
まあ、一応際限なく進化されては困るから、レベルキャップとかそれを外すための条件とか用意しておるんじゃがな。そういうわけで、そうやってレベルを上げていくと、最終的には魔王と呼んで差し支えない個体が生まれる感じにしとるんじゃよ」
「なるほど」
「ちなみに儂のお気に入りはスライムじゃ」
「……」
一瞬、例のゲームのパクリなんじゃないかと言いかけたが、そもそもこの世界観ってあれをモチーフにしてるんだから仕方ないよな、と呑み込んだ。
「お気に入りすぎて種類が豊富になってしもうてな、将来的にはスライムが世界を埋め尽くして滅ぼすかもしれん」
「それもうスライムが魔王でいいのでは」
「それは著作権が危なくなるから」
「著作権とか考えるんですね」
「最近めんどくさいからの、ネット民」
え、神様ってネットするの?
まじかよアカウント教えてくれよ絶対フォローするぞ俺。
「なんでまあ、遊び方は自由って感じで。
目的は特にないから、とりあえずセオリー通り冒険者になって上を目指してみたらいいんじゃない?
嫌なら別に何してくれたってええけど、死んだら感想聞かせてね」
「ああ、はい、わかりました」
えらく先の長い話になりそうだが、神様がそれでいいならそういうことにしよう。
「それじゃ、そろそろキャラメイクといこうかのう。
これには結構こだわりがあってな。
なに、時間は無限にあるからゆっくりしてってくれ」
「あ、それは助かります」
MMOとか、ゲーム自体はおもしろそうなのに、キャラメイクで萎えてやめることとか多かったからな。
ありがたく時間をかけてやらせてもらおう。
俺は爺さんからコントローラーを受け取ると、さっそくキャラメイク画面へと移動した。
***
ゲームを始めるにあたって、よくある論争のようなものがある。
すなわち、主人公の性別を男にするか、女にするかだ。
自分の性別と同じにした方が没入できる。
装備のデザインが豊富だから女にする。
男の方がかっこいいから男にする。
ずっと男のケツを見続けるのは嫌だから女にする。
理由は人によって様々だ。
俺の場合は、デザインの豊富性と、4番目に挙げた理由で女を選ぶことが多い。
「で、どっちにするんじゃ?」
「女にしますかね。
知らない野郎の×××をこれから一生拝み続けるなんて嫌ですし」
「正直じゃのう。
じゃが、女の身は男より大変じゃぞ?
ほら、生理とか。
毎月1週間くらい血が流れるんじゃぞ?
それに痛いし、お腹も下す。
生理の前にはイライラとか頭痛とか、人によっては拷問レベルじゃ。
理性残ってる上でそっち選ぶとか正直ドMじゃと思うんじゃが」
なんでジジイのお前がそんなに詳しいんだよ。
「だってそれ作ったの儂じゃし」
そうだった。
こいつが全人類、もとい全女性の敵だったわ。
「じゃあ、あんまり酷くならないようにしてくれません?」
「うぅむ、このシステムは生理学上必要があってやむなくやってることなんじゃが……まぁ、一人くらいえぇか。
子供作らんようになるがええか?」
子供なんて作るつもりはない。
むしろ、前世男だった記憶を有しながら男と交わろうなんて考えただけで吐き気がする。
俺は爺さんの提案にうんと頷くと、彼がキーボードをテレビに繋いで何やらコマンドを入力しているのを待って、キャラメイクを再開した。
「ちなみに、子供が産まなくなる理由って何ですか?」
「性分化疾患の一種……まぁ、簡単に言えば性別ナシって状態にするだけじゃな。
故に、見た目的には女と変わらんが、背があんまり伸びんし、毛も生えんし、胸もデカくならん」
ムダ毛の処理をしないでいいのはいいな。
肉体的に幼いままというのは、まあこの際仕方がないだろう。
「ちなみに、何かデメリット的なものはあるんです?」
「そうじゃな……合併症で生まれた瞬間死ぬとかある」
「ゲーム以前の問題!?」
「まあ、それはどの生き物でも一緒じゃろ。
あと目立つのは骨粗鬆症とか糖尿病とか腎不全、魔力欠乏症、あるいは魔力過多症で爆死とか……リスクは色々あるが……」
「ごめんなさい、やっぱり健康な肉体にしてください」
なんかちょっとヤバそうだったので慌てて戻してもらうことにした。
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