三十二話
この一連の事件に所内はショックを隠せないようで、自分達の幹部を、しかも班長すら失った所員達は戸惑いと疑惑で一時騒然としていた。
その上、全ては嫌煙する回収班が挙げた手柄という事に批判する声もあったのだが。
「……他班への教育を放置していた儂にも責任はあるだろう。皆には己が何故『此処』に居るのか、己の置かれた立場が何処か、今一度再認識させねばなるまいな」
全所員を集めての総会議で、所長は全てを語った。涙する者、認めたくなくて野次を飛ばす者、既に悟っていた者、その反応は様々だったが、自らを認め直す機会を与えられた各班員達はこの総会議を境に、回収班に対して反抗的な態度を取る事はしなくなった。
しかし、未だに傍を通る時に避ける一部の者達の様子を見る度に、回収班の班員達は懸命に笑いを堪えている。
回収班は正式に任務内容の分離を認められ、大きな任務等はまだ各班の力も借りつつ、徐々に仕事を独立させていく事になった。
その辞令と同時に、マツカゼはイシカワに下された処分をヨシナガに伝える。
「彼の処分は『S』だった。今晩地獄へ移送されて、六十世紀の労働刑に処されるそうよ」
「……そうか。ご苦労だったな」
「……後悔してる? イシカワちゃんを『助けられなかった』事」
切なげに目を細めて微笑むマツカゼ言葉に、ヨシナガは何の表情も見せない。
イシカワは六千年の長き時を越えれば神格化を解かれ、転生を許されるという特段異例の減刑処遇を受けた。一度は回収対象と成ったものの、被害者の人造奇形種化に直接関わっていない事、他の破滅を目的とした動機ではない事、魂の核が修復可能な程度には塵煙化を免れていた事などが主な理由とされた。しかし何より、その『理由』を所長に説明、情状酌量を求めたのがヨシナガ自身であったのだ。
しかし減刑処遇を受けたとしても、六千年は人間にとって永遠にも等しい。
「俺は過ぎた事を悔やんだりしねぇよ。皆が無事に戻った、その事実だけで充分だ」
「そう、なら良いのよ。落ち込んでるかと思ったけど、案外元気そうで安心したわ」
「……マツカゼ」
踵を返した彼女を、ヨシナガが不意に呼び止める。その場で立ち止まってマツカゼが振り向くと、少し様子のおかしい彼が顔を引き攣らせながら此方を睨んでいる。
「……何? 顔怖い」
「あ……あ、ありがとう、な……その、『お前等』のおかげで、消えずに済んだぜ」
「!」
初めて、面と向かって礼を言われた。耳まで真っ赤にした友人は「何か言えよ」と照れ臭そうに視線を逸らすが、そんな彼にマツカゼはとびきりの笑顔で返事を返す。
「こちらこそ! 愛してるわ、ヨシナガ!」
上機嫌の彼女が楽しげに班長室を出て行った後、ヨシナガは両手で熱くなった顔を覆ったまま盛大に溜め息を吐いた。
班長室から鼻歌交じりに出てきたマツカゼを見た班員達も、自然と顔が綻ぶ。
「マツカゼさんも、嬉しそうですね」
「ゴタゴタに巻き込まれてた間の事務仕事が立て込んでるだけでもさ、皆が一緒に居られるのなんて本当に久し振りだもんなぁ」
「ところで、一つ気になってたんスけど……」
「ん?」
ふと口を開いたナツメに、ペンを止めたアキチカとカズヒサが同時に振り向く。しかし二人の顔を交互に見て、何故か恥ずかしそうに俯いた彼女を「何だよ」とアキチカが小突いた。すっかり色の変わってしまった紅い髪をくしゃくしゃと撫で回され、最後に額を軽く押されれば彼女はおずおずと顔を上げる。
「言い出しといて止めるなよ、気になるだろ」
「そうだよナツメさん。気付いた事があったら、何でも言ってみないと」
カズヒサにも促され、再び視線を落としてしまう。照れたように頬を掻き、暫く目を泳がせていたナツメは、顔を伏せたまま呟くように声を出した。
「その……オレって、アキさんの妹さんの生まれ変わり、って……本当なんスかね?」
「え?」
聞き返したのは、カズヒサだった。アキチカの反応が見えず、恐る恐るナツメが顔を挙げると彼は眉を下げて目を丸くしている。
正に、豆鉄砲を食らった鳩。聞いた事も無い、と言いたげなその表情に、ナツメは顔を真っ赤にして急いで首と手を横に振る。
「や、やっぱ、いいっス! 忘れてください! アイツに捕まった時に言われただけだし、本当かどうかも定かじゃないし……騙されてた可能性も、あるっスから!」
「ちょっと待ってくれ、ナツメさん。確か君は、アキチカさんの母方の子孫なんだろう? 確か、叔母の次男の玄孫に当たると聞いたけど……」
「え、えぇっ?」
何気なく返ってきたカズヒサの説明に、今度はナツメが仰天する。ちょっと待て、と言いかけたアキチカの声を聞いたナツメが咄嗟に顔を向けると、視線が合わさる事なくアキチカに顔を背けられてしまう。
「ちょっとアキさん、オレ初耳なんスけど! なんで教えてくれなかったんスかっ?」
「お、俺だって、お前が一香の生まれ変わりだなんて聞いてないぞ! アイツは転生して『外』に居るものだと思ってたのに……っ」
「オレに聞かれても分かんないっスよ、オレもセキモトに言われただけっスもん!」
「アキカゼさーん、実行係がケンカしてまーす」
二人の口論を止める気のないカズヒサの報告に、待合場に座るマツカゼが溜め息混じりだが陽気な声で応える。
「平和なケンカしてるわねぇ。ナッちゃんがアキちゃんの親戚だっていうデータは入所審査の時に私が調べたものだけど、一度転生した魂の分析は核を傷付ける絶対的な禁忌。今となっては調べようもないんだし、どっちでもいいと思わない? 今、『そこ』に『居る』のは確かに『ナッちゃん』なんだから」
副班長の立派な説得に、確かに、とカズヒサは頷き、言い争っていた二人は口籠もる。先にアキチカが苦笑し、再びナツメの赤い頭を撫で回した。
「……まぁ間違い無く、可愛い『後輩』のままだな」
「可愛い、は余計っスよ!」
「いやぁ、あの一件からすっかり反抗的になっちゃったなぁ」
笑うアキチカに釣られるように、むくれていたナツメも吹き出す。皆が微笑んだ時、ふと班室のドアが開いた。
入ってきたのはトシユキだ。
「どうでした?」
カズヒサが問う。
「……ワシは……」
トシユキは俯いたまま黙り込む。皆が息を飲んだ時、彼が手を挙げて声を上げた。
「遂に神格化してきゃっしたーっ!」
「おおーっ!」
皆が一斉に立ち上がり、歓声を挙げ、拍手を贈る。書類の積み上げられた待合場のソファからマツカゼが歩み寄ると、喜ぶ彼を引き寄せるように抱き締め、その背を軽く叩いた。
「良かったわね、トシちゃん。審査も無事に通ったみたいだし」
「姐さん、ほんまにありがとうございます! 姐さんが推薦状書いてくれたお陰ですわ!」
「……でも、本当に後悔しない? あなたの転生が、また少し伸びちゃったのよ」
「所長は、転生したなったらいつでも解いたるけん来い言うてくれました」
空間移動の禁止だけではなく、回収作業に使用する『道具』、至ってはアキチカにすら触れてはならないと事務班で宣告を受けたトシユキは、送還所に残るためには、神格化という枷で魂の安定を図るしか方法は無いと言われていた。
『外』での手伝いは勿論、所内でも仲間や『道具』にすら触れられないとあっては、機器の新開発や研究にも携われなくなる。回収班の役に立つため、皆の仲間でいるために、反対されつつも、彼は敢えて業の道を行く事を選んだ。
「まぁ元々、『外』には行けいでも雑用くらいやったら出来る思とりましたけんな。班がこんな中途半端やのに、辞めりゃせえへんですって!」
何ら後悔は無い。そう笑う部下の言葉に、マツカゼも微笑む。
「……そうね。こうなったら、もう少し頑張ってもらわなきゃ!」
彼女の後ろで聞いていた三人も混ざり、皆で彼の残留を喜ぶ。その時、書き上げた書類を束にして、班長室からヨシナガが出てきた。
「おい、うっせぇぞ。もっと静かに仕事しろ」
「あらヨシナガ。トシちゃん帰ってきたわよ、神格化してきたって」
「マジかよ、転生すりゃ良いのに。仮出所怖がってる囚人じゃねぇんだから」
「班がこんな状態なんに、ワシだけええ思いする訳にゃいかんじゃろがい。終いまで付き合いますで、班長!」
心強いトシユキの眼差し。加えて愛しい部下達の笑顔に、ヨシナガは溜め息を吐いた。
「……あーあ、鬼少尉と呼ばれた俺も、数十年後にゃモテモテかよ」
「班長、今日は勿論お祝いするっしょ? 独立決定と、皆の回復祝いに」
「オレ焼肉が良いっス!」
「ワシ焼酎!」
「僕はビビンバで!」
「ケーキ、ケーキがいい!」
「うっせぇなぁ、飲みに行きてぇなら仕事しろテメェ等!」
「いぇーーーい!」
全員は両手を挙げて気の抜けた返事をする。直ぐ様各々の持ち場に着く班員達を見て、ヨシナガは人知れず笑みを浮かべた。
「……まったく、これだから回収班は……ってか?」
ここは、冥府公認遺留者送還所。
光を見出された亡者達が、己の罪を濯ぐために存在する監獄。
生から逃げてきた者達が、本当の極楽とは何かを見つけるための監獄。
本当に大切なものは何か、本当に護るべきものは何か。
それを見つける事こそが、我々が天国と呼ぶ場所の規則であり掟である。
今日もまた、彼等は本当の『極楽』へ行くために世の理の一部となる。
「おい実行係、明日から回収任務復帰だからな」
「へーい」
「了解っス!」
END




