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第1章祝福という名の鎖

ミステリーまでお気をたしかにしてくださいませ。

エミリー・ダッチェス、彼女を社交界の紳士淑女は微笑みながらこう呼んでいた。

ーーセミラミス。


それは賞賛であり、同時に畏怖でもあった。

美しく、聡明で、決して誰にも媚びない。

そして一度牙を剥けば、誰よりも冷静に相手を追い詰める。


まるで、王を失っても帝国を統べた女王のように。


だが彼女は知らない。

本当に失うことを恐れているのは、名誉でも地位でもなくーー


たった一人の男だということを。




婚約の挨拶の日。


彼は窓辺に立っていた。

冬光を背にした横顔は、静かな刃物のように美しい。


「よろしく頼む」


それだけ。


感情は見えない。


(顔が、タイプすぎる……)


心の中でだけ崩れる。


父は満足げだった。


「アーロッソ家との縁は誇りだ」


エミリーは父の功績を心から誇らしく思った。


(よくやった、お父様)


でもそれ以上に――


(あの人と結婚できる)


それが、幼い日に父から誕生日のお祝いで送られた宝石箱を開けたときの胸の高鳴りと重なった。


小さな手で蓋を開けた瞬間、きらりと光る宝石たちに胸が跳ねた。

――こんなにも美しいものが、私のものになるの?


その記憶は、カルロス・アーロッソとの婚約を告げられた日、鮮明に蘇った。


カルロスは冷ややかで、淡白で、誰にも心を見せない男だと噂されている。


だが窓辺に立つその横顔を見た瞬間、そんな評判はどうでもよくなった。


彫刻のように整った輪郭。

光を吸い込むような静かな瞳。


――こんなにも美しい人が、私の夫になる。


その事実だけで、胸が焼けるほど熱かった。


白百合と銀のリボンで飾られた大聖堂は、祝福の光に満ちていた。


高窓から降り注ぐ陽光が、長いバージンロードを淡く照らす。


その中央を、エミリーはゆっくりと歩いた。


視線は感じる。


羨望、賞賛、嫉妬。


――セミラミス。


背後で囁かれる異名すら、今日ばかりは遠い。


本来ならば。


誰もがこう思うはずだ。


「なんて美しい花嫁だ」と。


だが。


祭壇の前に立つ男を見た瞬間、

エミリーの思考はすべて奪われた。


黒の礼装に身を包んだカルロスは、静謐そのものだった。


光を受けて艶めく黒髪。

真っ直ぐに伸びた背筋。

誰よりも冷ややかで、誰よりも高貴。


(ずるいじゃない……)


心の奥で呟く。


あれでは、どちらが主役かわからない。


神父の声が遠くなる。


誓いの言葉が響いているはずなのに、

耳に届くのは、自分の鼓動ばかり。


ドクッドクッドクッ


カルロスは一度も動じない。


花嫁に見とれる様子もなく、

ただ儀式を淡々と進めている。


(見なさいよ、少しくらい)


視線を送りながら、心の中で唇を尖らせる。


それでも彼は静かなままだ。


指輪を差し出す指先さえ、揺らがない。


その横顔の美しさに、エミリーの方が見とれてしまう。


(本当に、宝石みたいな人……)


悔しいほど美しい。


けれど、負けたくはない。


指輪をはめられた瞬間、エミリーは微笑んだ。


社交界を震わせる、完璧な微笑みで。


(いいわ。今日はあなたの勝ち)


でも――


(そのうち必ず、私に見とれさせてみせる)


祝福の拍手が響く中、

彼女だけが静かに闘志を燃やしていた。


新郎に見とれる花嫁。


だがその胸の奥では、すでに戦いが始まっている。


父と必要最低限の言葉を交わし、形式的に礼を取るだけ。

そこに甘さはなく、期待もない。


(……結構じゃない)


むしろ好都合だった。


振り向かせる価値のない男など、最初から興味はない。

だがこの男は違う。


冷たい瞳の奥に、まだ誰にも触れさせていない何かがある。


(私を見ないなら――)


見せてあげる。


(私に振り向かせてやる)


セミラミスと呼ばれる女が、

たった一人の男を手に入れられないはずがない。






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