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プリンセス・ジョッキー ~優駿の姫騎手~  作者: 草野猫彦
五章 若駒たち

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第87話 実りの季節へ

 いよいよ北海道での開催が終わる。

 その最終週において優姫は、札幌2歳ステークスをしっかりと勝っていた。

 この時期の重賞勝ち馬は、来年のクラシックも期待できる。

 もっとも中には、早熟すぎて早枯れする馬もいるのだが。

 あまり仕上げすぎると、今度は走る気をなくす。

 サラブレッドとは本当に面白い生き物である。


 栗東への帰還は、そのまま秋競馬の開催をも意味する。

 ここからクラシック最後の一冠へ、そして古馬の秋戦線へ。

 また優姫の場合ソウルハンターのダート三冠もかかっていた。

 フォーエバーヤングという例外中の例外が存在するため、もう3歳でケンタッキーダービーに勝つぐらいしないと、やりすぎとは言われない世の中ではある。

 それでも国内のダート路線が整っているというのは、芝で走れなかった馬が地方で活躍するのには、いいことなのである。


 ダートは二軍と言われる。

 だがここでの血統の多様性がなければ、サラブレッドに未来はない。

 フランスなどでも形は違うが、ある程度の血統を維持している。

 またアメリカも日本とは違うが、裾野の巨大な二重構造で、血統の多様性はある程度担保している。

 世界で一番飽和しているのは、オーストラリアだそうな。

 だが血統を見てみると意外と、日本ではマイナーなスプリンターが多く存在する。

 デインヒルが濃すぎる、などとは言われるが。


 オーストラリアはシャトル種牡馬で、日米欧の地域から種牡馬を連れていける。

 それだけに逆に、種牡馬が固定されるのだとか。

 種牡馬リーディングの上位10頭の半分以上がデインヒル系。

 そんな時代もあったらしいが、日本もサンデーサイレンス系が多かったのだから、そこはあまり馬鹿にできない。

「うちも新馬2頭が勝ち上がったし、いい夏だった」

 その千草の言葉通り、鳴神厩舎の2歳馬は、北海道開催で2頭が1勝クラスとなっている。


 秋口にもう一つ、どこかのレースを使う。

 1勝していたら2歳なら、おおよそ重賞に出られることが多い。

 重賞でなくともおおよそはオープン競走。

 そこも勝てば年末には、朝日杯かホープフルSを狙っていけるというわけだ。

 だが2歳GⅠは、あまり重要なものではない。

 重要なのは3歳のクラシックに、いかに出走させるかということである。




 優姫も千草の大変さが分かってきた。

 秋天にヴァリアントロアを出走させる、その決断も。

 厩舎にGⅠ馬が1頭いれば、それだけで充分な稼ぎにはなる。

 ただ重要なのは、GⅠ馬をどう使っていくかだ。

 優姫の知識にあるのは、ジョッキーのものと生産者のもの。

 調教師としての経営は、その範囲にはない。


 新しく馬主との縁を開拓していく。

 巨大なオーナーとつながっていない調教師は、それが重要であるのだ。

 現在の調教師は馬の調教ではなく、管理が仕事。

 何人もの調教師が、五代やそれに対抗する、クラブ法人の馬を預かっている。

 もっとも五代にしても、グループなのであって、五代勇作が全権を握っているというわけではない。


 五代の馬以外に、五代の経営しているクラブの馬もいる。

 むしろ五代は一口馬主のクラブを運営していることで、安定した収入を得ているのだ。

 だが庭先に含めて、セリに期待馬を出していないわけではない。

 ここのところのGⅠは、多くが五代系列の馬が勝っている。

 その中でシュガーホワイトにモーダショー、ヴァリアントロアと五代以外の馬でGⅠを勝っている、優姫の異常性が際立つ。


 どんな天才でも名手でも、いい馬に乗らないと勝てない。

 いい馬に乗っても、運が悪ければ勝てない。

 その中で優姫の残している実績は、間違いなく異常なものだ。

 優姫が乗ると馬が変わる。

 少なくとも条件馬にとっては、乗っている重さが変わることは間違いないが。


 走る馬が分かる、相馬眼を持っている。

 だからといってその馬に乗れるか、はまた別のものである。

 とりあえず重要なのは、結果を出すことだ。

 それによって初めて、オーナーも調教師も乗せてみようか、という話になる。

 シュガーホワイトをずっと、優姫に任せてくれた白雪。

 そしてモーダショーを任せてくれた三ツ木のおかげで、今の待遇になったと言っていい。


 もっともこの2頭が、優姫以外でちゃんと走ったか。

 それは怪しいものであり、ヴァリアントロアも優姫だからこそ、乗りこなせているという部分は大きい。

 ソウルハンターは勝っているからこそ、ずっと乗れている。

 ダート三冠は日本が独自に作ったもの。

 もっとも昔から、ご当地の三冠レースというのは、それぞれの地方競馬にあったものなのだ。


 日本のダートは砂の、パワー系のダート。

 それだけに海外のダートに、フィットするとは限らない。

 だがネットによって日本各地の馬券が買える現状。

 ダート馬の需要は間違いなく高まっている。

 これはフォーエバーヤングの功績が大きなものである。




 優姫は来年のクラシックに向けて、優駿を1頭手に入れた。

 また勝ち上がった鳴神厩舎の1頭も、オープンは狙える素材だと思う。

 だがとりあえず秋は、残るクラシックと古馬路線。

 菊花賞に向けてはこのまま、ワカフリートに乗っていける。

 しかし牝馬の方は、ミニョンフルールが復活していることはない。

 秋華賞やエリザベス女王杯に向けて、騎乗馬を確保する。

 それは城崎の仕事である。


 スプリンターズSやマイルCSについても、乗れる馬を確保しないといけない。

「ところでロアの秋なんだが」

「秋天からジャパンカップ」

「……2400を走れるようになったと思うのかい?」

「秋天の内容で分かる」

 あの気性難の牡馬は、頭が悪いというわけではないのだ。

 ただ反抗的な部分は多いのであるが。


 秋天からジャパンカップ。

 どちらか片方を取れたら、ほぼ年度代表馬は決定であろう。

「秋古馬三冠かい」

「有馬記念に関しては、かなり運が左右すると思うけど」

 マイラーでもそれなりに走れる、と言われているのが有馬記念。

 それはコーナーの数が多いため、上手く息を入れていく必要があるからだ、とも言われる。


 血統だけを見ればヴァリアントロアは、むしろダートでこそ輝きそうなものなのだ。

 だが体型は芝を走りそうでいて、それに加えてまだ成長中。

「ジャパンカップでリンクと当てるのか」

「3歳チャンピオンと、地方の怪物の初対決としては、いい舞台だと思う」

「どこまで画策しているんだか……」

 そう千草は呆れるが、いくら絵を描いても、それに相応しい馬がいなければ、まさに絵に描いた餅なのである。


 優姫が考えたのではない。

 アシュレイリンクがいるからこそ、こんなことを考えるのだ。

 オグリキャップという伝説が、自然とこんな形を形成した。

 作られたヒーローなど、今の時代には退屈なだけだ。

「それにしてもあの移籍条件に関してはなあ」

「JRAはレースが公正であることにはこだわるけど、同時に営利団体でもある」

 日本の競馬は日本のものであるにもかかわらず、色々とルールが変わっているのだ。

 保守的な日本としては、かなり柔軟なものなのである。

 オグリキャップ条項然り、アンカツルール然り。

 地方交流というものに加えて、外国馬の挑戦も普通に行われる。


 不正がなく、そして馬券が売れるなら、ちゃんとルールを変えるのがJRAだ。

 だが優姫の絵図面は、それぞれの努力次第によるところが大きい。

 誰かが一人抜けただけでも、完成しないものである。

 奇跡のような展開の連続。

 それを実際にやってしまったのが、オグリキャップなのである。

 あの馬はむしろ、逆境だったからこそ輝いた、とも言える。


 神はいると思った。

 しかし人間の努力というものが、否定されるはずもない。

 むしろその努力があって初めて、奇跡が起こるのではないか。

「今の時代に、奇跡が起こるかねえ」

「起こらないと、サラブレッドの世界は崩壊する」

 いちいち大袈裟な優姫なのだが、その言葉に重みを感じるのが、千草の感性であったのだ。




 ミニョンフルールで破った馬の、騎乗依頼が入ってきた。

 牝馬クラシックの最終、秋華賞を狙っていくというものである。

 またダービーに引き続きワカフリートでの、トライアルから菊花賞も決まった。

 マイルCSなども加わって、去年よりもさらにGⅠへの騎乗依頼は増えた。

 だがまだスプリンターズSの騎乗は、依頼されていない。

 前日の土曜日に阪神で重賞に乗るため、あっても苦しいのだが。


 秋のクラシックと重賞戦線、まずはローズステークスである。

 ここで3着以内に入れば、優先出走権が取れる。

 騎乗馬はクワノシャクティ。

 関東馬であるがどのみち、本番も関西なのだ。

 そのためローズSを選んだわけだが、優姫はこのために関東まで、調教に乗りにいった。


 今年の牝馬クラシックは、ファムダンサントの桜花賞で、ほぼ決まったようなものである。

 あそこからNHKマイルCを勝って、3歳牝馬のチャンピオンにほぼ決まっている。

 秋はステップレースを使わず、そのままマイルCSへの参戦を表明。

 マイルで圧倒的に強いが、スプリント戦は使わない方針らしい。

 確かにスプリンターの体型でないのは確かだ。


 安田記念はヴァリアントロアが勝ち、ファムダンサントは2着であった。

 マイルCSを勝利すれば、最優秀マイラーにも選ばれるだろう。 

 香港にまでは連れて行かないが、それはファムダンサントが牝馬だからだ。

 牡馬なら種牡馬価値を高めるため、挑戦させてもおかしくはない。

 だが牝馬で既に、GⅠを三つも取っている。

 これ以上は上げようがない、というのも確かである。


 クラブ馬であるので、簡単に引退させることは出来ない。

 契約では5歳までは走らせることになっているはずだ。

 そもそも牝馬は牡馬に比べて、最高金額でもそこまで大きな差はない。

 繁殖としての価値は、近い血統で代替できる。

 名繁殖と呼ばれる牝馬も、結果からそう呼ばれるだけで、この時点ではまだいい血統を持った競走能力の高い牝馬でしかないのだ。


 傍系ながら名血の範囲にはいる。

 むしろ父の血をほどほどに入れるために、運ばれてきた牝馬。

 このあたり海外から繁殖を持ってくる、大規模牧場は本当に強い。

 ただ日本の中小牧場も、あの大不況期を乗り越えた、家族経営はあるのだ。

 代々の牝系に、上手く種牡馬を配合してきた結果。

 モーダショーなどはかなり、そういう分類に当てはまる。

 スプラッシュヒットが入る前は、四代も父内国産馬を付けてきたのだから。

 今年はシュガーホワイトを配合したので、モーダショーの半弟か半妹は、五代に遡って父内国産馬となる。




 ジョッキーが興味があるのは、結局走るか走らないか、ということだ。

 確かに血統によって、ある程度の傾向は見えてくるだろう。

 優姫のこれは趣味と言うか、将来に備えたものである。

 サラブレッドはどうしても種牡馬の選択は少なくなる。

 そのためどれだけ牝系を重視するか、が販売の上では問題になってくる。


 ただ名血ばかりにこだわって、ずらりと知っている種牡馬が並ぶ、血統表もまずいのだ。

 血統ではなく競争成績で、選んでおく必要もある。

 でなければどの馬も、結局は血統構成が似通ってくる。

 そのあたり日本は、大牧場の名血と、中小牧場の繁殖で、少しは区別出来ている。

 だが馬産が北海道に集中しているのは、やはり問題があるのだ。


 優姫は今日もしっかりと、調教をつけていく。

 ローズSの次には、神戸新聞杯が待っている。

 ただ今年はどうしても、古馬路線を中心に走るだろう。

 路線は古馬でも、走るのは3歳のヴァリアントロアなのだが。


 秋天の面子が、過去に例がないほど、豪華なものとなってきている。

 4歳からはフォーリアナイトとボーンクラッシャー。

 純粋な長距離ならともかく、中長距離ならモーダショー以上とも言えるこの2頭。

 そして3歳からはまず、ダービー馬のマジックマイスター。

 他にヴァリアントロアに2000mで勝っているパワーズスターや、アトランティックもステップレースの結果次第で、秋天への出走を表明している。


 そんな状況だからこそ、今年はまた菊花賞を勝てるのでは、と優姫は思っている。

 ダービーの上位3頭がいなくなれば、4着であったワカフリートが、期待されてもおかしくはない。

 皐月賞を連覇し、菊花賞も連覇したとしたら。

 優姫はいわゆる「ダービーには縁がない騎手」の仲間入りするかもしれない。

 もっともまだ三年目で、ダービーを勝ててないのは当たり前なのだが。


 三冠競争の中でも、別格扱いされているのがダービー。

 実際に優姫としても、ダービー馬を作ることは、一つの目標である。

 ただ現代はサイアーラインをつなぐことと、競走馬成績の間に、ある程度の乖離が存在している。

 もっとも日本はまだしも、その点は大丈夫。

 またアメリカも中心が2000mなので、そこは問題ない。

 ヨーロッパが一番、困ったことになっている。


 完全に血脈が衰え、キングジョージや凱旋門賞が無価値になる前に、さっさと勝ってしまいたい。

 日本競馬の持っている、ヨーロッパへの憧れとも言える幻想。

 さっさとそんなものは打ち砕いて、本当の強さが評価されるようになるべきだ。

(ヨーロッパはもう、障害だけ飛んでいればいい)

 平地のレースに関しては、日本の方がもう、全体的なレベルは高い。

 優姫の認識としては、既にそうなっているのだ。




 冬場の道営は、レースなど行わない。

 その間の馬や騎手は、他の地方に移動して、そこでレースをするのが基本である。

 もちろん馬も騎手も、勝てないならば需要はないが。

「大井競馬場ですか」

「うん、お前とリンクを一緒に、預かってもらうようにしたからな」

 一年目の下っ端騎手など、本来は厩舎に残して、1歳馬の馴致などに協力させてもいい。

 しかしアシュレイリンクに関しては、天音に任せるのが一番なのは間違いない。


 秋から冬にかけて、多くのダートレースが行われる。

 とりあえずさしあたっての目標は、ジャパンダートクラシックである。

 3歳のダート三冠競走、最後のレース。

 今年は優姫のソウルハンターに、三冠の期待がかかっている。

「ダートなんですね」

「芝でも行けないことはないと思うが、それは結果がどうなるかだ」

 ダートならばそこで勝てば、JBCクラシックか、チャンピオンズカップのどちらか、あるいは両方ということになるだろう。

 そして年末には、東京大賞典が待っている。


 だがアシュレイリンクは、有馬記念を走らせる予定だ。

 4歳になれば中央に移籍。

 富田林から、馬主は変更されることとなる。

 これでアシュレイリンクは、海外にも遠征する体制が整った。

 もちろん中央に移籍した時点で、天音の手からも離れることになる。


 より大きな舞台で走らせたい。

 アシュレイリンクへの期待を聞くほど、天音にも理解されていくのだ。

「それでお前、英語は話せるんだったよな?」

「え、ええ、話せますけど」

「養成センター時代の教科書も、まだ持ってるか?」

「時々使いますから」

「……元は海外の大会にも、よく出てたんだもんなあ」

 そんな天音が今では、砂にまみれて馬に乗っている。

「じゃあしっかり勉強しとけよ。今からならなんとか再来年に間に合うから」

「再来年に?」

「中央への騎手編入試験だ。無茶苦茶難しいけど、お前は座学の成績抜群だったらしいし、なんとか行けるだろ」

「中央……」

「リンクが5歳になった時に、また乗れるってことだ」

 ひどく狭い、中央への道。

 だがそれは確かに、存在する道であるのだ。

 そして天音はどんな時でも、諦めないことは得意なのであった。


  五章 若駒たち 了

  六章 地方から来た怪物  へ続く

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