#46 遭遇
「艦影多数! 約一千隻、急速接近中!」
「くそっ、あんなところに潜んでいたとはな。全艦、全速離脱!」
総司令部の命令を受けて我々を追跡してきたと思われる味方の艦隊が、急接近しつつある。
そしてその艦隊は我々に、警告する。
「前方の艦隊より入電!」
「読み上げろ」
「はっ! 『強襲艦隊に告ぐ、直ちに反転し、速やかに地球三一五へ帰投せよ。この先の航行は、軍規違反とみなす。発、遠征艦隊司令官、プラートフ中将』、以上です!」
そういえば、遠征艦隊三千隻の中艦隊司令官を、あのプラートフ中将が担っているんだった。そういえば以前、我が強襲艦隊の補充に難色を示したことのある指揮官だ。戻れば確実に、この艦隊はその指揮官の元で解体されることだろう。
そのことは当然、強襲艦隊の全員が知っている。あの中将のおかげでその後の出撃で満足に数をそろえられないまま戦う羽目になったことも、多くが知っている。この名を聞いてしまった以上、ますます引き返すわけにはいかなくなる。
「このまま黙殺でもいいが、やはり返信はするべきだろうな」
「そうですね、なんと返答しましょう」
「うーん……」
私は少し考える。そういえばある映画で、良いセリフがあったな。面白い、あれに倣うとしよう。
「プラートフ艦隊に次のように返信せよ、『バカめ』、と!」
一瞬、通信士は私の言葉を聞いて凍り付く。
「あの、今、なんと……」
「『バカめ』だ!」
もはや理性のかけらもないこの言葉の意味を、通信士も理解したようだ。私の言葉を復唱する。
「了解しました。プラートフ艦隊に次の電文を返信します、『バカめ』!」
それを復唱しつつ送信する通信士の背中を見つつ、私はこう告げる。
「さて、すぐに鬼ごっこが始まるぞ。我々の逃げ足の速さを、味方に知らしめてやろうじゃないか」
私のこの言葉に、なぜか艦橋内で拍手が沸き起こる。意外にも顔をしかめるのは、参謀のアレクサシェンコ中将だ。
「おい、スクリャロフ少将、いくら何でも侮辱しすぎではないのか?」
「アレクサシェンコ中将閣下、丁寧語で返答したところで結果は変わりません。ここは明確に、我々の意思をはっきりと伝えるべきでしょう」
「それはそうだが……」
「プラートフ艦隊、急速前進! こちらに向かってきます、距離百二十万キロ!」
「そらきた。プラートフ中将の怒り狂った顔が目に浮かぶ。よし全艦、全速前進! ワームホール帯に向けて進め!」
「アイアイサー! では全艦、全速前進を指示します!」
ドルジエフ大佐もノリノリだ。考えてみれば我が強襲艦隊は、は、この手の修羅場をすでに何度も潜り抜けてきた艦隊だ。アルトマイヤー少将の機動艦隊に比べたら、プラートフ中将など敵ではない。
機関音が高鳴る。私以外の三人の将官の顔色は、あまりすぐれない。が、その程度の覚悟なく、この先を進むなど不可能だろう。どのみち、味方からの追撃はあると踏んでいた。その時は逃げると、先ほどドルジエフ大佐とも話をしたばかりだ。
この先の暗黒星雲までたどり着き、そこで星間物質内に飛び込んで、やつらをまく。鬼ごっこはまだ、始まったばかりだ。
◇◇◇
「まもなく、ワームホール帯に到達します」
中性子星域を進み、連盟側の領域に入り込んでいた。が、今のところまったく連盟軍の艦艇に遭遇しない。気味が悪い。
もしやと思い、強襲艦隊が潜んでいると疑うも、その気配すらない。もし強襲艦隊が狙うとすれば、もっと手前の段階で攻撃を仕掛けてくるはずだ。ここを抜ければ、もうほとんど後がない。
「ヒンメル中佐、この先の宙域についての情報を知りたい」
「はっ。このワームホール帯の先は、暗黒星雲が広がる宙域です」
「暗黒星雲?」
「哨戒艦からの情報ですが、こんな光景だそうです」
ヒンメル中佐はモニターに、その星雲の画像を映し出す。といっても、本当に真っ暗だ。数万年後にはこの宙域のどこかで濃縮された星間物質が核融合反応を起こして原始星が誕生するのかもしれないが、今はまだ何の光も発していない。
「この星域を抜けた先が、目的地になるのか?」
「はい、そうです。八光年離れた地球三一五という連盟側の星につながるワームホール帯が、この星域内にはあるとの報告です」
ということは、いよいよ敵の本拠地が目前に迫ってきたことになる。あの強襲艦隊も、おそらくはその地球三一五の出身だろうと考えられる。となればいよいよ、あの艦隊と再び戦うことになるかもしれない。
「全艦に伝達。この先の暗黒星雲にワープアウト後、砲撃準備と共に、直ちにシールドを展開せよ」
「はっ。ですが、何のためにですか?」
「強襲艦隊が待ち伏せていたら、すぐに重機隊による攻撃を受けるかもしれない。そのための備えだ」
「了解です。では全艦に、その旨を伝達いたします」
ヒンメル中佐は、極めて実直にその任務をこなす。昨日のあの場で下ネタ話のネタにされてしまったとはとても思えない人物だ。だが、彼は知るまい。我々の中ですでにヒンメル中佐という人物が、意外に奥さんに甘い人物だということが周知されている、ということを。いや、そんなことはどうでもいいか。
「まもなく、ワームホール帯に突入! 超空間ドライブ、作動!」
「カウントダウン! 三……二……一……今! ワームホール帯突入!」
そうこうしているうちに、我が旗艦はワームホール帯に突入する。しばしの間、星の見えない真っ暗な空間を潜り抜ける。ものの数秒でその暗闇のワープ空間を抜けて、再び通常空間へと戻る。
だがそこは暗黒星雲の横たわる宙域。ワープ空間ほどではないが、星が光をも吸収する星間物質のおかげで、星の大半が覆い隠されている場所。先ほどと同じ宇宙とは思えないほどの漆黒の闇に包まれる。
「シールド展開!」
奇襲に備えて、この艦もシールドを展開する。が、そこに思わぬものが飛び込んでくる。
「前方に高エネルギー反応! 距離百二十万キロ、ビーム光多数!」
なんだって? いきなり駆逐艦からの攻撃を受けたのか? だが、その相手は百二十万キロ先だという。射程距離をはるかに超えているから、届くはずもない。それに撃っている方向すらも違う。
「なんだ? やつらはどこから撃ってるんだ。ビーム光の発生源を捉えよ」
「はっ! 艦影多数、数およそ一千。単横陣形にて展開し、砲撃を加えている模様」
「光学観測、艦色識別、赤褐色。連盟艦隊です」
これらをまとめると、百二十万キロ先で連盟艦隊一千隻が、砲撃を加えている。そういうことになる。
だが、何に攻撃を加えているのかが判然としない。レーダーにはその一千隻しか映し出されていないからだ。
「へんだな、この宙域には我々以外の連合艦艇はいないはずだ。もしや、砲撃訓練に遭遇したのか?」
「いえ、それならば何らかの標的があるはずですが、そんなものは捉えられていません。しかもあの艦隊は、緩やかに前進しつつあります」
「変な話だな、目標もなしに砲撃をしているというのか?」
奇妙な艦隊に出くわした。しかもあちらは砲撃に夢中で、こちらにまだ気づいていない様子だ。それほど夢中になって、何を撃っているのか。まるで状況が呑み込めない。
「ともかく、全艦を一旦集結させる。その上であの艦隊の動きを見極めるとしよう」
「はっ!」
あれがこっちに迫ってきたら、すぐに逃げればいい。あの不可解な動きが気になる。ともかく、ようやく連盟艦隊に出会えた。変な言い方になるが、少しホッとする。何も見つからなければ我々は、さらに深入りして敵を探すところだった。
多分だが、あれは何らかの訓練かテストなんだろうな。何もない空間を撃つなどありえないから、きっと砲撃そのものに理由がありそうだ。移動砲撃の訓練でもしているのかもしれない。僕はそう考えた。
「おうおう、派手にやっとるのう。しかし人間どもというのは、なんと醜い存在よ」
と、そこにふわふわとショッピングモールで配られる風船のようなやつが現れた。なにやら妙なことを口走っていやがる。
「なんだ魔王よ、今は忙しいんだ。頼むから、あとにしてくれないか」
「何を言っておる。そなたら、あの先に誰がいるのか知っておるのか?」
「誰って……そりゃあ敵である連盟艦隊だ」
「その敵とやらが、互いに争っておるところなんじゃよ」
なんだって、敵同士が争い? いや、そんなはずがないだろう。あれはどう見ても、駆逐艦が一方的に撃っているだけだろうが。
「我々の見立てでは、あれは砲撃訓練をしていると考えられる。現にその先には、艦艇などは見当たらないぞ」
「そんなはずはなかろう。そなたらが見落としているだけじゃろうが」
軍事に関しては素人のくせして、言ってくれるものだ。しかし、今の言葉を聞いて僕は一つ、気がかりなことを思い出す。
普通のレーダーには映らない艦艇というものは、確かにある。つい今までその艦艇からの襲撃を警戒していたところだ。そう思った僕は、直ちに命じる。
「指向性レーダー、照射だ。場所はあのビーム光の先、三十万キロの地点だ」
それを聞いたヒンメル中佐は僕に尋ねてくる。
「提督、あの場所に何かあるとお考えで?」
「そうだ。いくら訓練であっても、目標もなしに砲撃をするなんて不自然すぎる。そこに何かがあると考えられる。直ちに照射を」
「はっ! 指向性レーダー、照射いたします!」
通常のレーダーでは見逃すような微細なものでも、指向性レーダーは捉えることができる。あの攻撃目標の先に、何があるのか? 魔王に言われたからではないが、調べてみる価値はありそうだと思った。
が、それはまさしく大当たりだ。レーダー士が、何かを捉えた。
「レーダーに感! 距離百二十万、艦影多数、数およそ五百!」
魔王の言う通りだった。そこには確かに、艦艇がいた。
「光学観測!」
「はっ! 光学観測にて艦影視認! 艦色は赤褐色、艦種は強襲艦!」
僕は瞬時に解釈する。つまりあれは連盟の強襲艦で、それが五百隻。まさにあの強襲艦隊じゃないか。その五百隻の強襲艦隊がシールドを展開して後退しつつ、あの駆逐艦隊からの砲撃に耐えているところのようだ。
だが、強襲艦隊は彼らにとって切り札ともいえる存在。それをどうして、味方の艦隊が砲撃しているんだ?
「なんだ……まったく状況が呑み込めないぞ。何が起きている。どうして連盟艦艇が、味方である連盟艦艇を攻撃しているんだ?」
状況はつかめたが、解釈が追い付かない。未だかつて見たことのない光景だ。同じ艦色の艦隊を攻撃する艦隊なんて、常識的には考えられない。
今目の前で起きていることを素直に解釈するなら、あれは内戦か仲間割れだ。しかしあの様子を見る限りでは、駆逐艦側が一方的に攻撃している。強襲艦隊もその気になれば攻撃可能だと思うが、まったく攻撃する気がないように見える。
しかし僕はあの強襲艦隊とは、何度もやり合っている。これほど消極的な行動に出る艦隊でないことは承知しているから、あれはわざと防御に徹しているとみて間違いないだろう。
「どうするつもりじゃ? まさか、高みの見物というわけでもあるまい」
魔王がなにやら、僕をそそのかそうとしている。
「高みの見物をするしかないだろう。あれはいずれも敵であり、どちら側にも肩入れする義務も理由もない」
「そうかのう。あの撃たれている側を助けた方が、後々良いと思うぞ」
変なことを言い出す魔王だな。撃たれてる方とはすなわち、強襲艦隊だ。だがあれはまさしく我が艦隊にとって宿敵ともいえる存在。どちらを助けるかと言われれば、まだ駆逐艦隊の方だろう。
「戦闘というものは、理由もなく仕掛けるわけにはいかない。我々の任務は敵の動きを把握し、それを司令部に持ち帰って報告すること。それだけだ」
「あの連中が同胞同士で、なぜ撃ち合っとるのを知らずに帰ることが、把握したことになるというんか?」
「それは……」
この魔王、妙に痛いところを突いてくるな。確かに、どうして連盟軍同士が敵対しているのかを把握せずに帰るのは忍びない。だが、それを知る方法がない以上、どうしようもないだろう。
「仕方あるまい。妾がひと肌脱ぐとするか」
ところがこの魔王は、こんなことを言い出した。
「おい、何をしでかすつもりだ?」
「簡単じゃよ。あっちに行って、話をつけてくる」
「話をつけるって、どうやって?」
「そなたの妻にもやったことがあるじゃろう。あれをやるんじゃよ」
あれって、まさか憑依のことか? しかしあれは、僕と直接かかわった者にしか憑依できないと言ってなかったか? 僕は連盟のやつとは出会ったことすらない。なのにどうやって憑依なんて……
「そんじゃ、ちょっと待っておれ」
「あ、おい!」
魔王アザトースはそう言い残すと。そのまま近くの椅子に座る。そして、まるで眠るように動かなくなった。
なんだ、散々大口をたたいたくせに、まさか寝ているんじゃないだろうな? でもこの魔王は確か、人間と違って寝る必要はないと言っていたな。まさか本当に今、憑依しているのか?




