#44 訓練
「はぁ!? 何だって俺が、貴族様を訓練しなきゃならないんだよ!」
ハインリヒさんを連れて僕は、できて間もない教練所を訪れる。そこではヨーナスが教官代理をしている。そこで僕は、ハインリヒさんのお願いを果たすことにする。
「お願いいたします! 私、一生懸命頑張りますので!」
「おい、フリッツよ。お前が直々に鍛えればいいだろうが。なんだって俺に丸投げなんだ!」
「いいじゃないか、この先教官として、貴族や騎士を相手にすることだってあるんだ。いい経験だと思うのだが」
「無茶苦茶言うなぁ、おい」
「これは命令だ。エーベルス少佐、貴官にハインリヒ・フォン・ロートシルト殿の訓練を命じる」
「うわぁ、その手で来たか、最低な司令官だなぁ……はっ! エーベルス少佐、貴族様の訓練に従事いたします!」
結局僕は、強権を発動してヨーナスにハインリヒさんの訓練を押し付け……いや、委託した。
が、半日ほどして、ヨーナスから連絡が入る。僕は教練所に向かう。
「ダメだよ、こいつは。体力がなさ過ぎる」
ぼやくヨーナスの脇に置かれた長椅子の上で、息を切らせるハインリヒさん。聞けばこの教練所の周辺を走っただけのようだが、半周ほどで走れなくなり、一周目でもう立てなくなったという。
「おいヨーナス、別に身体をそこまで鍛えなくったっていい。それよりもだ、人型重機を動かせるようにするとか、その人に合った訓練というのがあるだろう」
「何言ってるんだおい、重機乗りたるもの、身体を鍛えてなんぼだ。ひ弱な奴が操縦したって、強くなれねえって」
「だから、陸戦隊員にするわけじゃないんだ。そこまでこだわるな」
というやり取りの後、ヨーナスはハインリヒさんに人型重機の操縦を教えることになった。
「で、ハインリヒ殿は今、あの機械の動かし方を習っているのでありますか?」
「そうだよ」
「しかし、そんなことでガブリエーレとの間が良くなるとは思えませんが」
「何もしないよりはマシじゃないか。一応、戦闘訓練を受けてることにはなるんだし、軍公認という箔が付けば、ガブリエーレさんに向けたアピールにはなるんじゃないのかな」
「そうなのでしょうか?」
カタリーナはあまり納得していないようだが、ガブリエーレさんが力強さに憧れており、軍という存在が力強さの象徴である以上、軍から何らかの称号が与えられるなら、それは一種の「力」を表すものとなる。
ハインリヒさんにはこのまま一、二週間ほど訓練を受けてもらい、その実績をもって僕の名で「名誉パイロット」的な何か称号を贈れば、それでガブリエーレさんに認められて、二人の仲は修復どころかさらに深まって……というシナリオを、僕は描いた。そこまで上手くいくかどうかは分からないけど、これが僕のできる精一杯か。
が、それから一週間後のこと。
そんな僕の思惑は、大きく崩れることになる。
「はぁ……」
ため息を吐くヨーナスを前に、僕は恐る恐る尋ねる。
「そんなに……なのか?」
「ああ、想定外だ。あんなやつ、俺は未だかつて見たことがない」
この一週間、報告書を見てはいたが、ここまでヨーナスが愕然とするほどだとは思わなかった。
「あいつはヤバい。それはこの俺が保証する。なんせ俺自身が身をもって経験したからな」
予想外の展開に、僕はなんと返せばいいのか、その言葉が浮かばない。が、僕は意を決して、ヨーナスに尋ねる。
「それはつまり……お前自身を負かした、ということなのか?」
本人には実に不名誉な問いだが、こればかりはストレートに尋ねるしかない。
「一応、シミュレーター上での話だ。が、やつは異常だ。反応速度が速すぎる」
つまりだ、シミュレーター上とはいえ、たった一週間の訓練で、十年以上のキャリアを持つ経験豊富なヨーナスをも超えてしまったというのだ。あのひ弱な男爵の息子が、である。
「ここ一週間は、シミュレーター訓練ばかりをさせてたんだよ。ところがあの貴族、すっかりハマっちまって、気がつけばうちの隊員を相手に次々と連覇しやがった。それじゃあ示しがつかねえって今日、俺が挑んだのだが、あっさりとやられちまった」
「それは本当なのか? いくらなんでも、たった一週間でそこまでは……」
「いや、この宇宙には稀にいるらしいぜ、そういう天才が。今から百年ほど前の連合側のある星でも、たった一機で十七隻の駆逐艦を航行不能にしたという伝説の重機パイロットが存在したらしいが、そいつはシミュレーター訓練で頭角を現し、その後実戦でも無敵だったと言うぜ。まさにその伝説のパイロットの再来だよ」
僕の思惑は大きく外れた。適当に実績だけ作って、名誉称号を手渡しておしまい。しかし、こうなってしまってはもう、名誉称号では済まされない。
「おいフリッツ、いやアルトマイヤー提督! 俺、いや小官にハインリヒ殿をしばらく預けさせてはもらえないか!?」
当然、こうなる。どうしたものか。ロートシルト家にも了解をとっているわけではないから、このまま重機パイロットにするわけにはいかない。が、こんな逸材、軍だってあきらめたくはない。それは僕もヨーナスも同じだ。
で、教練所の窓の外を見る。ちょうど重機が二体、向かい合って模擬戦闘訓練を始めるところだ。昨日からハインリヒさんは実機訓練に入っており、今日は隊員との模擬戦を行うことになったという。
「あいつは反応速度が速く、しかも背中に目がついてるんじゃないかと思うほど勘が鋭い。だが、やつの強さの理由はそれだけじゃねえ」
「なんだ、それ以外にもあるのか?」
「まあ、この模擬戦を見れば分かる」
ヨーナスがそう言いながら、窓の外を指差す。僕は窓際に行き、並ぶ二体の重機を見る。
セッティングを終え、両者が向かい合う。指導官が開始の合図である赤い旗を振る。
ハインリヒ機は、右肩に青い印がついている方だ。そのハインリヒ機がまず動く。確かに速い。ガシンガシンと足音を立てて接近し、相手機の懐に飛び込んだ。が、さすがに相手はそれをかわす。赤い印をつけた相手機は大きくジャンプし、訓練場の端に着地をする。
今度はその相手機が、ハインリヒ機に接近する。その動きを比較する限りでは、先ほどのハインリヒ機と動きにさほど違いはない。そんな相手機の接近にもかかわらず、ハインリヒ機はまったく動かず、構えすらしない。
どうしたのか、まさか故障か? 相手機がもう目の前まで接近している。この模擬戦は、右腕に取り付けた模造刀を使い、相手にその模造刀で斬りつけるとつく黄色のペイントを塗り付けた方が勝ちだ。で、相手機が抜刀し、まさにその刀で斬りつけようとしたその時だ。
一瞬で、ハインリヒ機の姿が消える。と思ったら、いつの間にか背後に回っている。しかし相手機はそれを予測していたようで、抜いた刀を返し、背後へと向けて突き立てる。
が、それすらもかわすハインリヒ機。一瞬で相手機の左側面へと回り込み、ガツンと鈍い音を立てる。
そこで指導官が、旗を上げる。終了の合図だ。
相手機が立ち上がり、振り向く。その相手機の左側面には黄色いペイントがべったりとつけられていた。
「何が起きたか、分かったか?」
「いや、分からん」
「だろうな。が、最初の斬り付け時と二度目とでは、動きが違うことは分かったか?」
「ああ、それはなんとなくな」
「そうだ。やつの第三の強さの秘密、それはパラメータ設定を自在に変えちまうってことだ」
と、ヨーナスのやつがそう僕に説くが、何を言っているのかさっぱりだ。
「なんだその、パラメータ設定を自在にってのは?」
「なんだお前、人型重機の動かし方を知らねえのか?」
「知るわけがない。僕は元々駆逐艦乗りだ。操艦ならわかるが、人型重機の動かし方なんて触れたこともない」
「しょうがねえやつだなぁ。まあいいや、教えてやる」
といって、ヨーナスはモニターに何かを映す。
「なんだこりゃ?」
「重機のパラメータ設定画面だよ。全部で十八項目。これを武装や戦場に合わせて調整して、重機の動きを決めるんだよ」
「そうなのか。で、これがどうしたというのか?」
「これだけの項目だ。普通はこれから向かう先の戦場や武装を加味して事前にこれらを決める。ある程度のテンプレはあるが、テンプレそのままを使うやつはいない。大抵は自身の勘と経験で、その数値を決めるんだ」
「なんだ、それなら何か最適な一つの値に定めておけばいいんじゃないのか?」
「そうはいかない。例えば腕の動き一つとってもいろいろだ。素早く動けるようにすれば力は出ない。重たい武装や爆装なんかをするときは、動きより力重視の値に変える。腕だけじゃない、脚やスラスター、メインエンジンなど、各部で状況やパイロットの癖によって最適な値が変わる。その設定をいかにドンピシャに合わせるかが、重機パイロットの腕の見せ所というわけだ」
「なるほど、そういうものがあるのか。で、ハインリヒさんの場合は何が違うんだ?」
「やつはこれを、動きながら変えやがるんだよ」
「動きながらって……まさか」
「そうだ、さっきの模擬戦で言えば、相手の機体自身にが襲い掛かってくるあの短時間の内に、相手に合わせてパラメータを変更しやがったんだ」
「それは……すごいことなのか?」
「お前、今このモニターに映っている十八個のアナログ的な数値を、操縦しながら変えられると思うか? 重機に乗り慣れた俺にだってできねえ。つまり、それだけやつが異常だってことだ」
言われてみれば、模擬戦の途中でハインリヒ機の動きが変わった。それはそういうことだったのか。ヨーナスが異常だと言っていたが、まさしくその通りなのだろう。
「もっとも、やつはひ弱だ。もし何らかの故障で、重機の慣性制御がとんじまったら、身体にかかる強烈な加速度であっという間に失神しちまう。まあでも、その辺は長い時間をかけて鍛えてやれば多少はマシになるだろう。だがあの異常な才能だけは、訓練でどうにかなるもんじゃねえ」
もう配属されることを前提に話を進めているが、どうするんだ、ほんとに。ハインリヒさんの家が武闘系の家柄ならばよかったが、財務担当だと聞くから、どちらかと言えば官僚派だ。とても人型重機パイロットになることなど、認めてくれそうにない。
「えっ? ハインリヒ殿が、そのような才を発揮されたと言われるのです?」
「そうなんだ。それでヨーナスが、陸戦隊員として迎え入れたいと息巻いている」
「砲兵隊を司る私のアンドラーシ伯爵家ならばともかく、財務肌のロートシルト男爵家に、そのような武道を貴ぶような家柄ではございませんわ」
とはいえ、僕の安易な考えの元、ハインリヒさんを教練所に連れて行ってこういう事態を引き起こしてしまった。このままやり過ごすわけにはいかないからと、僕とカタリーナはロートシルト男爵家の屋敷へと出向くことにした。
で、そこでロートシルト家のご当主であるコンラーディン殿に会って、ここ最近のハインリヒさんのことを話した。ガブリエーレさんとのこと、そしてここ一週間の訓練のことを、だ。
「左様でございますか、アルトマイヤー将軍殿」
「ええ、そうなのです。まさかそんな結果になるなどとは思いもよらず、申し訳ありません」
ところが、このご当主様からの返事は意外なものだった。
「いや、なんと素晴らしいことでしょう!」
「は?」
「我がロートシルト家の男は、揃いも揃って代々皆、軟弱者だらけ。武勲とは縁もなく、ただその財務における才能を帝国に認めていただき貴族として名を連ねてきた家柄。ですが、叶うならばいずれは我が家から英雄をと、そう願っておりました」
この話ぶりから察するに、どうやらコンラーディン殿は財務担当にとどまっていることを不本意に感じていたようだ。そんな家に、人型重機パイロットとしての才能に花開かせた者が現れた。長年あきらめていた武勲を手にするチャンスを、あの武骨な機械とひ弱な息子が手にした。思ってもみなかった朗報に、この男爵家当主は高揚していた。
「アルトマイヤー将軍殿、ぜひ我が息子を、鉄騎兵の騎士として活躍の機会を与えてください」
「は、はぁ……」
「コンラーディン様、長年砲兵を指揮してきたアンドラーシ家の者である私としても、帝国の新たなる英雄の芽を育ててまいりたいと思いますわ」
「おお、カタリーナ殿にもそのようにおっしゃっていただけるとは、我がロートシルト家代々の当主に成り代わり、お礼申し上げる」
ということで、ハインリヒさんは正式に陸戦隊に所属することとなってしまった。所属はヨーナスが率いる旗艦の重機隊で、その翌日をもって、ハインリヒさんは上等兵待遇で僕の艦隊の一員として加わることとなる。名誉パイロットではなく、本物のパイロットとして。
「おう、よかったな、お坊ちゃまよ」
「はい、皆様のおかげです」
「何言ってるんだ、この変態野郎。お前、婚約者に振り向いてもらいたくて頑張ったんだろうが」
若干、品のない会話が飛び交う教練所の食堂風景。ヨーナスの部隊員らが、正式に陸戦隊員として入隊を決めたハインリヒ上等兵を囲んで盛り上がっている。
「お前にあれを押し付けられた時はムカついてたが、今となりゃあ感謝しかねえな」
「感謝されるようなことなんて、あるのか?」
「そりゃあ、二重の意味であるぜ。一つは、あれだけの才能の持ち主を見つけてくれたこと。隊長としてはありがたい限りだ。そしてもう一つ、貴族様を隊員にできたことだ。この星じゃ、俺たちのような陸戦隊員に良いイメージを持ってるやつらは少ないからな。そこに男爵家の次期当主が入ったとなりゃあ、そのイメージが大きく変わるってもんだぜ」
なるほど、そういう考え方もあるか。こいつもいろいろと考えてはいるんだな。僕は少し、ヨーナスを見直した。
「あれだけの才能だ、あの強襲艦隊相手でも、対等に渡り合えるかもしれねえぜ」
「それは大げさだろう。こっちはせいぜい六千機の重機隊で、あちらは一万だ。一人の天才を入れたくらいでひっくり返せるほど、甘くはない」
「何言ってやがる。艦隊戦でも、二割を叩けば潰走に追い込むことができたじゃねえか。てことは重機隊だって、敵の二千機をぶっ倒せば勝てるんだよ。一人とはいえ、その影響は小さかねえ」
いやあ、一万が二千になったところであまり変わらないだろう。どのみち、優秀な一人が付いたくらいでたいして意味はない。
それにしても、今度の一件はハインリヒさんを陸戦隊員にするためではなくて、ガブリエーレさんとの関係をよくするために仕掛けたことだ。それが今、まったく想定外の方向に動き出している。逸材を見いだせたことは幸いとしても、ハインリヒさんが婚約者とよりを戻すことができるかどうかは、まだ不透明のままだ。
◇◇◇
「へぇ、順調なんだ」
「順調というわけではない。が、今のところは特に問題なくやれている」
「それを順調っていうのよ。そうなのねぇ、あなたが英雄ねぇ……」
なんだその目は。なぜそこで口をゆがませる? 私が英雄呼ばわりされていることが、そんなに可笑しいのか? 英雄という言葉に違和感を覚えているのは、私自身も同じだ。だから、あまり茶化すな。
すでに一週間以上も私は、有力者との接触を繰り返している。会う人すべてが、今のところ我々を支持してくれている。気味が悪いほど順調だ。
もう少し障害があるものだと思っていたが、ここまで順風満帆というのも拍子抜けする。軍人としてはもう少し抵抗があった方がやりがいを感じてしまう。贅沢な話ではあるがな。
軍務を終えて、司令部を出る。ここからが、私のもう一つの活動時間となる。あと一時間後に私は、商工会の会長と会う約束を取り付けている。もちろん、カナーエフ准将も一緒だ。
「にしても、つまんないなぁ」
司令部を出て街へと向かう途中、エカチェリーナがぼやき始める。
「なにがだ」
「何がって、決まってるでしょ。あなた最近、ずっとあの准将とデートじゃない」
「人聞きの悪い言い方だな。あれをデートとは言わないだろう」
「そうかしら? 楽しそうに二人で並んで歩いて、一つの目的に突き進む。そういうのって普通、デートって言うじゃない」
何を私とあの准将との関係に嫉妬しているんだ。別に私はあの男に好意など持っていないし、この活動が終われば以前のようにあまり関わりない者同士に戻るだけだ。
「こんなことはさっさと終わらせて、早く普通の生活に戻りたいものだな」
私がエカチェリーナにそう告げると、彼女は笑みを浮かべて言う。
「そうね。だから頑張ってね、英雄さん」
もう嫌味にしか聞こえないな。少なくとも私には、英雄という自覚はない。どちらかというと、客引き用の宣伝マスコットとして使われている気分だな。私の性格上、あまり気分のいい扱いではない。
ということで、エカチェリーナと別れて、私は約束の場所へと向かう。そこには、カナーエフ准将が立っていた。私を見つけると、手を挙げている。急ぎ足で私はそこへ向かう。
こんな日があと何日続くのだろうか? そろそろ何か、動きがあってほしいところだ。世間でも連盟批判が続き、その機運は盛り上がりつつある。が、カナーエフ准将が言っていた通り、どうにも盛り上がりに欠けるようにも思う。その波を拡大するために、私と他の四人の将官はそれぞれに動いている。
こんな地味な戦いが、もうしばらく続くものだと思っていた。
が、それから数日後に、事態は大きく動く。




